新興国に押し寄せる容赦ない試練の「コンボ」

~商品高、金融市場の環境変化、政情不安の懸念に加え、中国景気の失速懸念など悪材料が山積~

西濵 徹

要旨
  • 世界経済は主要国を中心にコロナ禍からの回復が続く一方、商品市況の上昇がインフレ懸念を招くなか、米FRBなどが正常化を進めるなど国際金融市場を巡る状況は変化してきた。さらに、ウクライナ情勢の悪化により幅広く商品市況が上振れしており、米FRBなどはタカ派姿勢を強めるなど経済のファンダメンタルズが脆弱な新興国では通貨安がインフレ昂進を招く悪循環がみられる。生活必需品を中心とする物価上昇は一部の新興国で政情不安を招いており、世界的に伝播するリスクも高まっている。他方、足下では米FRBのタカ派傾斜によるオーバーキルのほか、中国景気の失速懸念など世界経済の行方に不透明感が高まっている。商品市況が一変すれば国際金融市場に動揺が広がることが懸念され、世界経済の減速局面が重なれば動揺の圧力が新興国に集中するなど、新興国経済を取り巻く状況は大きな岐路に立たされている。

このところの世界経済を巡っては、欧米など主要国を中心にワクチン接種が進んでいることを受けて経済活動の正常化を図る動きが広がり、こうした流れを追い風にコロナ禍からの回復の動きが着実に進んでいる。こうした状況は、経済構造の面で輸出依存度が相対的に高い新興国にとってコロナ禍で疲弊した経済の立て直しに向けた追い風になることが期待される。他方、一昨年来のコロナ禍による世界経済の減速を受けて国際原油価格は大きく調整したため、主要産油国であるOPECプラスは過去最大の協調減産に動いたものの、その後の世界経済の回復を受けて協調減産を段階的に縮小させてきた。ただし、OPECプラスは協調減産の縮小を小幅に進める一方、世界経済の回復による需要底入れの動きが進むなかで需給ひっ迫が意識されるなど、国際原油価格は上昇の動きを強めてきた。結果、国際原油価格の上昇は全世界的なインフレ圧力となるなか、欧米など主要国においては上述のように経済活動の正常化が進んでいることも追い風にインフレが昂進する事態を招いている。国際金融市場においてはコロナ禍後の全世界的な金融緩和を追い風に『カネ余り』の様相が強まったものの、インフレ昂進を理由に米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀は一転して正常化を進めるなど、カネ余りの手仕舞いが進められてきた。こうした動きは、全世界的なカネ余りや金利低下を受けて一部のマネーが新興国に回帰してきた流れに影響を与えており、国際原油価格の上昇によるインフレ圧力に加え、資金流出に伴う通貨安は輸入物価を通じてインフレ圧力を増幅させることが懸念される。なお、新興国のなかにはコロナ禍からの回復が進むなかでインフレが顕在化しており、主要国中銀に先立って金融政策の正常化を進める国もあり、インフレの昂進は金融引き締めを招くことで物価高と金利高の共存が内需の足かせとなるなど景気に冷や水を浴びせることも懸念された。こうしたなか、欧米諸国などはロシアのウクライナ侵攻を理由に、ロシアに対する経済制裁を強化するなどロシアを世界経済から切り離す動きを強めており、国際商品市況の動きに大きな影響を与えている。ロシアは原油や天然ガス、石炭などエネルギー資源の主要生産国である上、ロシアとウクライナは小麦や大麦、とうもろこしなど穀物の主要生産国でもあり、両国を併せると世界の穀物輸出の3分の1を占めるため、ウクライナ情勢の悪化が長期化するなかでこれらの供給が細ることを警戒して市況は上振れしている。これらを輸入に依存する新興国においては、商品市況の上振れに伴う輸入の押し上げが対外収支を悪化させるとともに、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレの動きは家計消費に占める生活必需品の割合が相対的に高い新興国経済に色濃く影響を与えるなど、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化に繋がりやすい(注1)。さらに、インフレ昂進を理由にその後の米FRBなど主要国中銀はタカ派姿勢を強めており、経済のファンダメンタルズが脆弱な新興国においては資金流出の動きが集中しやすく、結果的に通貨安がインフレ圧力を増幅させるなど経済のファンダメンタルズの悪化を招く悪循環に陥ることが懸念される。こうしたなか、生活必需品を中心とするインフレが反政府デモの動きに火を点ける流れが出ており、スリランカやパキスタンなど南アジアのほか、ペルーなど中南米において政情不安が顕在化しているほか、今後はロシアからの穀物輸入への依存度が高い中東及び北アフリカ地域にも『飛び火』する可能性も警戒される(注2)。他方、上述のように足下の世界経済は欧米など主要国を中心に拡大が続いているものの、米FRBがタカ派姿勢を強めるなかで先行きの米国景気に冷や水を浴びせる懸念が高まりつつある。また、コロナ禍からの世界経済の回復を巡っては、当初は中国がその『フロントランナー』となってきたものの、足下では当局が『ゼロ・コロナ』戦略に拘泥するなかで幅広い経済活動や中国を中心とするサプライチェーンが混乱するなど悪影響が顕在化しており、中国景気そのものの失速が懸念される状況にある(注3)。仮に、世界1位の経済規模を有する米国と、2位の中国の双方で景気に下押し圧力が掛かる事態となれば、底堅い動きが続いた世界貿易は下振れすることが避けられず、世界経済の回復の恩恵を受けてきた新興国経済にとって逆風となることが懸念される。また、世界経済の減速は上振れしてきた国際商品市況の調整に繋がるとみられ、商品高の恩恵を受ける形で資金流入が期待された資源国を取り巻く状況は一変することも予想されるなど、国際金融市場に動揺が広がることも考えられる。世界経済の拡大局面においては国際金融市場の動揺は比較的短期に収束する傾向があるものの、世界経済の減速と重なれば事態収束に相当の時間を要することが懸念されるほか、その圧力は新興国に集中することは避けられない。その意味では、当面の新興国及び資源国を取り巻く状況を巡っては難しい局面に至るか否かの岐路に立たされる状況にあると判断出来る。

図 世界貿易量(前年同月比)の推移
図 世界貿易量(前年同月比)の推移

以 上


西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ