時評『気候変動と紛争がもたらす世界物流の混乱』

寺本 秀雄

今年4月から日本では、いわゆる物流の24年問題に直面する。これは、トラックドライバーの時間外労働時間の上限が年960時間に制限されることにより、ドライバー不足や物流時間の延長などの諸問題の発生が懸念されていることである。本件については、関連法の整備も含めた様々な対策が導入されるが、国内経済に与える影響については今後注意深くみていく必要がある。こうした日本の物流問題の傍らで、実は世界貿易においても、物流コスト増加や効率低下につながる問題が昨年末から発生している。世界貿易の物流を支える大黒柱の海上輸送において、物流のチョークポイントであるパナマ運河とスエズ運河(紅海のみ通過も含め)で、昨年末以降、船舶航行に支障が生じているのだ。

まず、パナマ運河。ご存じのようにパナマ運河は、中米パナマに位置し、大西洋と太平洋を繋ぐ運河として年間13,000~14,000隻の船舶が航行し、世界の海上貿易量の3~5%程度を担っている。この重要インフラが、昨年11月以降、エルニーニョ現象等による干ばつにより水位が低下し、通行船舶の数量制限がなされている。パナマ運河庁は水位の状況に合わせ船舶運航数の制限をかけており、これにより通過時の周辺海域での渋滞も含め、物流効率の低下が発生し、IMFポートウォッチのデータによれば船舶数で昨年比44%の減少、重量数で同36%の減少が生じている(1月末)。今回の問題の直因は記録的な干ばつではあるものの、背後にはパナマの人口増加も影響した地域の慢性的な水不足の問題も存在しており、ダム湖や新たな水路の建設の必要性も議論されている。

一方、スエズ運河と紅海。ここではイスラエルとパレスチナの紛争に合わせてイエメンを拠点としたフーシ派による紅海航行船舶への攻撃が連続し、世界の主要海運会社が昨年末から今年初めにかけて、紅海・スエズ運河航路の利用を停止している。う回路はアフリカ南端の喜望峰周りの航路になるが、東アジアと欧州間では9,000キロを超える距離延長、日数にして10-14日の時間延長に繋がる。IMFポートウォッチのデータによれば、紅海の出口にあたるバベルマンデブ海峡を通過する船舶数は前年比55%の減少、重量ベースで65%の減少と深刻な状況にある(1月末)。

元々、スエズ運河を通れないケープサイズと言われる巨大船舶(主として16万トン以上のバラ積み船)や巨大タンカー、積載荷の重量ベースでは大きな占率をなすオセアニア→アジアの物流(石炭・鉄鉱石など地下資源系)には、この2大運河問題は影響しないが、世界海上物流の10数%を占める輸送に、時間とコストの追加をもたらし、供給サイドからの潜在的コストプッシュ要因が横たわる状態にある。現時点では、船舶運賃の各種指数(BDI:バルチックドライ指数、Harpex指数)や世界供給網への圧力を示すニューヨーク連銀のGSCPI(Global Supply Chain Pressure Index)で幸い年明け以降は顕著な変化は生じていない。

気候変動の影響は、氷に閉ざされ砕氷船などに限定されてきた北極海の航路としての利便性発生という新たな物流の可能性にもつながるが、なお技術的課題が存在することに加え、ロシアと米国を中心とした安全保障上のリスクも大きく、物流動脈としての期待には短期間ではつながらない状況にある。世界海上物流の抱えるリスクには、二大運河問題以外に、台湾・東南アジアのシーレーンに係わる中国の動きを含めた安全保障上のリスクも潜在的に存在しており、日本にとっては有事には大きなリスクとなる。新型コロナによる混乱を乗り越えた世界物流だが、気候変動、紛争拡大がもたらす広範囲な経済的影響には、今後も留意が必要である。

寺本 秀雄


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