時評『国際課税の二つの柱の合意』

可部 哲生

21世紀に入ってから、国際的な課税ルールの見直しは、急速な進展を見せています。

2008年のリーマン・ショックを受けた各国の財政悪化と税収確保に向けた努力の中で、とりわけ多国籍企業の国際的な租税回避行動に対して厳しい視線が向けられるようになりました。

このため、2012年にOECD租税委員会でBEPS(Base Erosion and Profit Shifting: 税源浸食と利益移転)プロジェクトが立ち上げられました。同プロジェクトでは、公平な競争条件を確保するために、多国籍企業が課税所得を人為的に操作し、課税逃れを行うことがないよう、国際課税ルール全体を見直し、世界経済及び企業行動の実態に即したものとするとともに、各国政府・グローバル企業の透明性を高める努力が進められてきました。

徴税は国家の基本的な機能の一つですので、従来、国際課税は主権国家間の課税権の衝突として扱われがちでしたが、2013年のG8サミットでは、議長を務めたキャメロン英国首相が、貿易(Trade)、透明性(Transparency)と並んで税制(Tax)を三つの柱(T)として位置付け、先進国首脳レベルの政治的サポートを受けて、国際課税の分野における政策協調は大きく進むことになりました。

第一に、課税当局間の情報交換ネットワークの強化が図られました。多国籍企業に関する国別報告事項(CbCR)の自動的情報交換が開始され、また、共通報告基準(CRS)に基づく非居住者の金融口座情報の自動的情報交換では、我が国の場合、令和4事務年度で95の外国税務当局から約257万件の情報を受領し、76の外国税務当局に約53万件の情報提供を行っています。

第二に、2015年にBEPS最終報告書がとりまとめられ、G20サミットにも報告されました。これを受けて、多国籍企業が軽課税国に形式的に利益を移転したり、二重非課税を濫用したりすることを防止するために、各国の税制の国際的調和が図られるとともに、多数の二国間租税条約を一挙に改正する多数国間のBEPS防止措置条約が発効しました。2016年には、京都において、BEPS合意事項を実施に移すための「BEPS包摂的枠組み」が立ち上げられ、参加国は約140カ国にまで大幅に拡大しています。

さらに、2021年10月には、経済のデジタル化等に対応するため、「BEPS包摂的枠組み」において国際課税に関する二つの柱の歴史的な合意が行われました。

経済のデジタル化に伴って、①市場国にPE(Permanent Establishment: 物理的拠点)を置かずにビジネスを行う企業が増加し、従来の国際課税原則(「PEなくして課税なし」)では、市場国で課税が行えないという問題が顕在化するとともに、➁低い法人税率や優遇税制によって外国企業を誘致する動きが広がり、企業間の公平な競争条件を阻害するようになってきています。

このため、①第一の柱(デジタル課税)は、巨大IT企業を念頭において、1920年代以来の課税権配分基準に変更を加え、新しい課税権を市場国に配分するものであり、昨年10月に多数国間条約の条文が公表されています。巨大IT企業を多数抱える米国の議会の動向等が条約発効のカギを握っていますが、仮に、発効しなければ、各国によるデジタル・サービス・タックス等の一方的な措置と米国による制裁関税の発動の応酬という対立の構図に後戻りしてしまいますので、国際的な協調を重視した対応が望まれます。

また、➁第二の柱(グローバル・ミニマム課税)は、法人税の実効税率が15%の最低税率に満たない場合、足りない部分を追加課税することによって、国家間の法人税率引下げ競争に歯止めをかけようとするものです。こちらは、各国の国内法で措置することとされており、我が国でも2023年度税制改正で国際最低課税額に対する法人税制度が導入され、2024年4月以後に開始する会計年度から適用されることになっています。

従来、「経済はグローバル、課税はローカル」とも言われてきましたが、経済活動のデジタル化・グローバル化に対応して、国際的な政策協調により、国際課税の潮流は大きな変革を遂げつつあります。

可部 哲生


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