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2025.05.09
アジア経済
米中関係
中国経済
国際的課題・国際問題
トランプ関税
金融市場の期待通り、米中協議は関係改善の一歩目となるか
~中国は事態長期化を見据えている可能性も、日本は対米協議と自由貿易維持に努めることが肝要~
西濵 徹
- 要旨
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- 中国経済はトランプ関税をきっかけにした米中の貿易戦争に揺さぶられている。一方、米国は関税に伴う価格上昇を警戒し、一部の中国製品への関税適用を除外するなど政策に変化がみられる。一方、中国も米国からの輸入品の一部を報復関税の適用対象から外すなど、態度に変化の兆しがみられる。さらに、両国の政府高官がスイスで直接協議することが明らかになるなど、事態が変化する可能性も出ている。
- 他方、中国は関税による悪影響を抑えるべく、財政出動や金融緩和、輸出先の多様化を進めている。中国の4月輸出は米国向け輸出が大幅に減少する一方。カナダや中南米、ASEANなどへの輸出が拡大するなど影響の分散を図る動きが確認された。4月輸入全体では内需の弱さが重石となるも、米国から減少が続く一方、アフリカやアジアから資源や素材・部材の輸入を増やすなど事態の長期化を見据えた動きをみせる。
- 貿易黒字は縮小傾向にあるが、対米貿易黒字は依然として高水準を維持している。米トランプ政権は今後も対中圧力を強める可能性があり、中国も長期化を見据える動きをみせるなど、早期の事態収束は難しい。日本は米国との貿易協議を進めつつ、CPTPPの活用を含め自由貿易の維持に努めることが肝要である。
このところの中国経済は、米トランプ政権の関税政策に揺さぶられる展開が続く。米トランプ政権はすべての国に一律で10%の関税を、その上で一部の国を対象に非関税障壁に基づいて税率を上乗せする相互関税を課す方針を示した。先月には一律部分に加え、上乗せ分も一旦発動するも、直後に中国以外の国に対する上乗せ分の発動を90日間延期した。一方、中国はトランプ関税に対する報復関税の発動に動いたため、その後は米中双方が報復措置を応酬した結果、米国は145%、中国は125%と互いに高関税を課す貿易戦争に突入した。国際金融市場は貿易戦争を理由に混乱し、家計や企業のマインドは急速に悪化するなど、実体経済に悪影響を与える懸念が高まった。
その後、米国政府は関税による価格上昇を懸念して、中国から輸入するスマートフォンなどへの相互関税の適用を除外するなど、対中政策に『揺らぎ』が生じた。さらに、トランプ氏は中国に対する関税引き下げを示唆するとともに、中国との協議が進んでいると述べるなど対中姿勢に軟化の兆しをみせた。米トランプ政権内でも、ベッセント財務長官を中心に米中間の緊張緩和が不可欠との認識を示すなど、対中政策の変化をうかがわせる動きもみられた。他方、中国政府は両国の関係改善の前提として米国による関税取り下げを要求し、両国の協議は進展していないと表明するなど強硬姿勢を維持してきた。しかし、関税による経済への悪影響が懸念されるなか、中国政府も米国からの一部の輸入品に対する報復関税を適用除外とするなど、表面的な姿勢と異なり対応が変化する動きもみられた(注1)。
こうしたなか、米国政府はベッセント氏とグリアUSTR(米通商代表部)代表がスイスを訪問して中国の政府高官と会談することを明らかにし、中国政府も何立峰副総理(党中央財経委員会弁公室主任)がスイスを訪問してベッセント氏と会談することを明らかにした。この動きは、米中が直接協議を行う段階に入ったことで状況が一段と悪化する可能性は後退していると捉えられる。さらに、一部報道では米トランプ政権が対中関税を引き下げる可能性を検討しているとしたほか、トランプ氏も対中関税について「これ以上高くなることはない」とした上で「下がるのは確実」と述べるなど、将来的な税率の引き下げに含みを持たせているとみられる。ただし、その水準については様々な見方が示されているが、トランプ氏が昨年の大統領選に際して度々『最大60%』と言及したことを勘案すれば、報復合戦に至る直前の水準(追加関税20%+相互関税34%=54%)が基本線になると見込まれる。
なお、足元の金融市場では、米中による直接協議に加え、米国は個別に様々な国と貿易協議を進めるなか、英国との間で基本合意に至ったことも重なり、事態打開が進むとの見方を反映して楽観ムードが広がっている。しかし、英国との基本合意では10%の基本税率が維持されており、トランプ関税が「ゼロ」になる訳ではないなど、些か足元の市場のムードは楽観に振れ過ぎているとみられる。さらに、一部報道では米トランプ政権が南アジア諸国への相互関税を25%程度に引き下げられるとの観測も出ており、仮にそうなれば関税率が相対的に低く設定されたことで有利と見做されたインドへの見方が変化する可能性もある(注2、注3)。よって、足元の金融市場は期待先行で活況を呈するなか、現実を通じて期待の修正が必要になる可能性に引き続き留意する必要があることは変わりがない。

また、中国政府はトランプ関税による景気への悪影響を警戒して、内需喚起に向けた財政出動に加え、金融緩和に動くなどの取り組みを進めている(注4)。さらに、対米輸出の下振れを警戒して、米国以外への輸出強化による外需下支えを模索する姿勢をみせてきたが、4月の貿易統計は早くもそうした効果が発現している様子がうかがえる。4月の輸出額は前年比+8.1%と前月(同+12.4%)から伸びが鈍化するも依然堅調な推移をみせており、前月比も2ヶ月ぶりの減少に転じたと試算されるも、中期的な基調は拡大傾向で推移するなど底堅い動きがみられる。国・地域別では、トランプ関税の影響を受ける形で米国向け(前年比▲21.0%)は大きく下振れする一方、米国との関係悪化が懸念されるカナダ向け(同+15.0%)は高い伸びをみせるとともに、メキシコを含む中南米向け(同+17.3%)も堅調な動きをみせる。これら以外も、中国同様にトランプ関税による苦境に直面するASEAN向け(前年比+20.8%)や台湾向け(同+15.5%)のほか、インド向け(同+21.7%)などアジアやアフリカ向け(同+25.3%)など新興国への影響力拡大を目指した動きもみられる。さらに、EU向け(前年比+8.3%)も輸出全体を上回る伸びをみせるなど、米国向けの減少を米国以外向けの輸出拡大によりカバーしていると捉えられる。財別でも、機械製品関連(前年比+10.1%)やハイテク製品(同+6.5%)は堅調な動きをみせるとともに、船舶(同+36.1%)が高い伸びをみせていることも輸出を下支えしている。他方、数量ベースでは鉄鋼製品(前年比+13.4%)や石油精製品(同+10.1%)などの伸びは堅調な動きをみせるなど、中国による『デフレの輸出』の動きが顕著になっている様子もうかがえる。

一方、4月の輸入額は前年比▲0.2%と、2ヶ月連続で前年を下回った。ただし前月(▲4.3%)に比べマイナス幅は縮小し、底入れの兆しも見られる。当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比も2ヶ月ぶりの拡大に転じるなど一進一退の動きをみせるも、中期的な基調は拡大傾向に転じるなど底入れの動きが確認され、輸出と対照的な動きをみせる。国・地域別では、報復関税の影響を反映して米国(前年比▲13.8%)が2ヶ月連続で前年を下回るとともに、前月(同▲9.5%)からマイナス幅も拡大するなど一段と下振れする動きが確認されている。一方、上述したように輸出は米国と関係が深いにもかかわらず、トランプ関税による関係悪化が懸念されるカナダやメキシコ向けが拡大する動きをみせるも、輸入についてはカナダ(前年比▲1.1%)、メキシコを含む中南米(同+0.2%)もともに力強さを欠く推移をみせるなど、中国の内需の弱さが足かせとなっている様子がうかがえる。さらに、EU(前年比▲16.5%)からの輸入も大きく下振れしていることも内需の弱さを反映している可能性がある。一方、アフリカ(前年比+22.8%)からの輸入は大きく底入れするなど資源需要が活発化しているほか、素材や部材などの輸入拡大を反映して香港(同+41.3%)や台湾(同+12.7%)、韓国(同+7.3%)、日本(同+2.5%)などからの輸入は全体を上回るなど、先行きの生産拡大を見据えている様子もうかがえる。こうした動きは、自動データ処理装置(前年比+47.7%)や工作機械(同+28.4%)のほか、半導体関連(同+11.1%)、ハイテク関連(同+9.4%)、機械製品関連(同+5.4%)などの輸入の伸びがいずれも堅調な推移をみせていることに現れている。さらに、これらの生産に不可欠な銅(前年比+48.9%)の輸入も高い伸びをみせており、米中摩擦の長期化を見据えている可能性もある。よって、米中協議において中国側が安易な妥協に動く可能性が低いと捉えられる。

米トランプ政権が関税を通じて縮小を目指す対米貿易黒字額については、上述したように対米輸出に大きく下押し圧力が掛かったことを反映して+204.58億ドルと前月(+275.80億ドル)から黒字幅が縮小している。足元では貿易黒字額全体に占める対米黒字額の割合は縮小するも、その水準は引き続き高止まりしており、今後も米トランプ政権は中国による対米貿易黒字の縮小を目指して圧力を強める可能性はくすぶる。その意味では、米中が直接協議に臨むなど最悪の状況を脱する兆しがみられることは望ましいものの、中国は長期戦を念頭にした動きをみせていることに鑑みれば、早々に事態打開が図られると捉えるのは早計である。そして、そうした間に世界的にみた米国の影響力低下が加速度的に進む一方、中国の影響力向上が進むなど、米トランプ政権が企図した「米国を再び偉大に」と真逆の結果を招く可能性に注意を払う必要がある。日本としても、そうした懸念を念頭に米国との協議を進める一方、世界的な自由貿易の必要性に留意してCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)も活用しつつ様々な協議を進めることが肝要であろう。
注1 4月25日付レポート「冷え切った米中関係は「雪解け」を迎えることができるか」
注2 4月21日付レポート「インドは本当にトランプ関税の「勝者」となれるのか?」
注3 5月2日付レポート「再び活況を呈するインド金融市場に「死角」はないか」
注4 5月7日付レポート「中国人民銀行が本格緩和、貿易協議を前に景気下支えを模索か」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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