インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

イラン情勢は「ドンロー主義」を促進、アジアで米国の影響力低下は必至

~ホルムズ海峡への関与低下は、米国への不信感を一段と増幅させるか~

西濵 徹

要旨
  • 米国とイスラエルは2月末、イランの脅威除去(核開発施設の破壊、核燃料奪取、テロ支援能力の排除)を目的とする軍事行動を開始した。最高指導者ハメネイ師の殺害など一定の成果を上げたものの、開始から1ヶ月が経過した現在も目標は未達成の状況が続く。さらに、イラン革命防衛隊は報復攻撃を継続するとともに、ホルムズ海峡を事実上封鎖しており、原油価格が上昇してアジアのみならず、世界的に経済活動への悪影響が深刻化している。

  • 報道では、米国とイランの双方と関係が深いパキスタン、トルコ、エジプトなどの仲介で水面下の協議が行われている模様である。しかし、双方は停戦に向けた要求を提案しており、米国とイランの間の認識の隔たりは大きい。一方、米国とイスラエル両国は「幕引き」を模索しており、背景には米国内での戦闘長期化への反発、中間選挙に向けた政治的懸念がある。

  • トランプ大統領は演説でイランの体制崩壊と勝利を主張、あと2〜3週間程度攻撃を継続し、イランとの協議も継続する方針を示した。しかし、最高指導者のモジタバ師は革命防衛隊など体制内強硬派との関係が深いうえ、革命防衛隊も姿勢を変えていない。そうしたなか、2〜3週間での事態打開は極めて不透明で、長期化するリスクは残る。

  • 中東のエネルギーに依存するアジア新興国への打撃は深刻であるものの、トランプ氏はホルムズ海峡の管理を各国の自己責任とする姿勢を示した。足元ではフーシ派の参戦もあり、アジア向け海上輸送路は一層混乱している。ホルムズ海峡ではイランによる通行料徴収計画や米国の関与縮小が見込まれる一方、中国の影響力拡大が現実味を帯びている。日本を含むアジア諸国にとって、エネルギー安全保障と外交対応の両面での対応が急務となっている。

トランプ米大統領は米国時間4月1日、国民に対してイラン情勢について説明する演説を行った。イスラエルと米国は2月末、自国に対する脅威の除去を目的に、イランに対する軍事行動を開始した。最初の攻撃ではイランの最高指導者であったハメネイ師をはじめとする政府要人を殺害するなど、一定の目的を達成した。一方、イラン革命防衛隊はイスラエルのほか、中東の米軍基地や関連施設、米国との関係が深い国々を標的とする報復攻撃を活発化させた。さらに、革命防衛隊はペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ海上輸送の要衝であり、ペルシャ湾岸産油国の原油輸出の大部分、世界の原油消費量の約2割が通過するホルムズ海峡を事実上封鎖している。結果、中東産原油の供給懸念を理由に原油価格は上昇しており、全世界的にエネルギー価格の上昇圧力が強まる事態となっている。また、一部のアジア新興国は原油備蓄が乏しく、枯渇が懸念されるなかで消費抑制の取り組みを強化しており、経済活動に悪影響が出る懸念も高まっている。トランプ氏は当初、攻撃期間が1~2週間、長くても3~4週間にとどまるとの見方を示していた。しかし、軍事行動の開始から1ヶ月経った現時点でも、当初の目的である脅威の除去(核開発施設の破壊、核燃料の奪取、テロ支援能力の排除)は達成されていない。そのうえ、イスラエルと米国はイランへの攻撃を継続し、イランも報復を展開するなど事態鎮静化に向けた道筋のみえない状況が続いている。

こうしたなか、報道によれば、双方と関係が深いパキスタン、トルコ、エジプトなどが仲介役となる形で米国とイランが水面下で協議を行っているとの情報が示されてきた。しかし、一連の非公式協議では、米国が15項目の停戦案を提示する一方、イランも5項目の停戦条件を逆提示したとされるなど、認識の隔たりの大きさがうかがえた。トランプ氏は、今後2~3週間以内にイランに対する軍事行動を終了する可能性があるとしたうえで、その条件としてイランと米国の合意を前提としないとの認識を示した。その後も、トランプ氏がイランによるホルムズ海峡の事実上封鎖の解除を条件としない形での軍事行動の終了を示唆する旨の報道が出るなど、早期の事態収束を模索する姿勢を強めている様子がうかがえる。イスラエル軍もイランに対する大規模攻撃を完了したと表明するなど、米国とイスラエルがともに事態の「幕引き」を図る動きをみせた。背景には、米国内で戦闘長期化に対する反発が広がっているうえ、原油価格の上昇の影響も顕在化しており、11月に予定される中間選挙に向けて逆風が強まることを警戒したと考えられる。

トランプ氏は演説のなかで、これまでの攻撃により圧倒的な勝利を収めているとし、中核的な戦略目標の達成に近づいているとの認識を示した。そして、目標達成に向けてあと2~3週間にわたって「極めて厳しい攻撃」が必要である一方、その間もイランとの協議を継続するとの考えを示した。そのうえで、イランでは体制転換が起きており、事実上崩壊してすでに脅威ではないとする一方、イランが合意に応じなければ発電所や原油関連施設を対象とする攻撃を行うとするなど、発言に矛盾がみられた。しかし、トランプ氏が示した「2~3週間」で事態打開が進むかは極めて不透明である。トランプ氏はイランの体制転換が起きたとしたものの、ハメネイ師の後任には同師の次男であるモジタバ・ハメネイ師が就いている(注1)。モジタバ師は革命防衛隊など体制内における強硬派との関係が深いとされるうえ、革命防衛隊は報復の手を緩めておらず、米国との協議を否定していることを勘案すれば、状況は変わっていない可能性が高い。こうしたなかで、2~3週間のうちに目標達成が実現するとは見通しにくく、事態が一段と長期化するリスクは小さくない。

イラン情勢を巡っては、原油などエネルギー資源を中東からの輸入に強く依存するアジア新興国に色濃く悪影響が出ており(注2)、革命防衛隊によるホルムズ海峡の事実上封鎖の行方がカギを握る。こうしたなか、トランプ氏は演説で同海峡を通過する原油について、米国にとって必要ないとしたうえで、米国は協力するが、輸入に依存する国が自ら航路を管理せねばならず、主導権を取るべきと述べた。軍事行動の前には、同海峡を通過するエネルギー資源を何の問題もなく輸入することが可能であったアジア新興国にとって、トランプ氏の発言は「無責任」と取られても仕方ない状況にある。トランプ氏は、戦闘が終結すれば直ちに同海峡が解放され、原油価格も下落するとの見方を示したが、前述のように事態が長期化するリスクは残る。さらに、足元ではイエメンの親イラン武装組織フーシ派がイスラエルへの攻撃を開始し、紅海とアデン湾をつなぐ海上輸送の要衝であるバブ・エル・マンデブ海峡の行方も見通しにくくなっている。中東からアジア向けの海上輸送路はいずれも大幅な迂回を余儀なくされるなど、アジア新興国への悪影響は増大している。

こうしたなか、イラン議会がホルムズ海峡を通過する船舶から通行料を徴収する計画を承認し、イランに経済制裁を課す国に関連する船舶は通過できなくなるとされる。さらに、戦闘が終結した後について、米国がホルムズ海峡に積極的に関与しない考えを示していることを勘案すれば、海峡通過に関してどのような取り決めが行われるかも見通しが立たない。その意味では、アジア新興国の間で米国に対する不信感が高まることは避けられない。その一方、イランと友好関係を有する中国の船舶が同海峡を通過できているとの報道もあり、今後は中国の存在感が一段と高まるとともに、その意向が反映されやすくなることも考えられる。アジア新興国のなかには、領有権などを巡って中国と対立する国が少なくないものの、ホルムズ海峡への影響力拡大によりエネルギー資源を通じて生殺与奪の権を握られることも考えられる。トランプ米政権を巡っては、国家安全保障政策(NSS)の重点地域に西半球を掲げるなど、いわゆる「ドンロー主義(トランプ流モンロー主義)」を志向しているとされるが、イラン情勢は図らずもその流れを後押しする可能性が高まっている。他方、アジア新興国同様にエネルギー資源を中東からの輸入に依存する日本にとっては、これまで以上に外交的な対応のあり方が問われる事態に直面することになろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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