インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

再び活況を呈するインド金融市場に「死角」はないか

~米国との二国間協議の進展や金融緩和期待が後押しも、地政学リスクを巡る動きには要注意~

西濵 徹

要旨
  • 米トランプ政権の関税政策に拠る不透明感は世界経済や金融市場の動揺を招いている。なかでも米国経済への悪影響を懸念して米国株、債券、米ドルに売り圧力が掛かる「米国離れ」がみられる。多くの新興国もトランプ関税の悪影響を受ける懸念があるなか、インドでは貿易協議の進展を追い風に、株式、債券、ルピーが上昇するなど米国と対照的な動きをみせる。しかし、インドは関税や非関税障壁を巡って様々な譲歩を迫られる可能性があり、現状の活況は期待先行の面が大きいと捉えられる。
  • さらに、インドではここ数年インフレの常態化や米ドル高に伴うルピー安を受けて中銀は金融引き締めを迫られ、景気は頭打ちの様相をみせてきた。しかし、足元ではインフレが頭打ちの動きを強めるとともに、中銀は金融緩和に舵を切っており、株式の底入れを促す一助になっているとみられる。今年はモンスーン(雨季)の雨量が例年を上回る見通しであるなど、食料価格の安定が期待されることも金融緩和を支える上、足元のルピー高も一段の緩和を後押しする可能性がある。
  • しかし、カシミールを巡るインドとパキスタンの緊張の高まりによる地政学リスクは、好調なインド市場に冷や水を浴びせる可能性がある。両国の対立激化は市場に悪影響を与える可能性があり、今後の動向に注意が必要である。グローバルサウスとしてのインドの立場は世界の在り様にも影響を与えると考えられる。

このところの世界経済や国際金融市場は、米トランプ政権の関税政策を巡る不透明感に揺さぶられている。こうしたなか、トランプ関税が世界経済のみならず、米国経済に深刻な悪影響を与えるとの懸念を反映して、金融市場では『米国離れ』とも呼べる動きが広がり、米国株や米国債、米ドルのすべてに売り圧力が掛かる事態に見舞われている。なお、ここ数年は米FRB(連邦準備制度理事会)による金融引き締めが米ドル高を招くとともに、多くの新興国通貨が調整圧力に晒されてきたことを勘案すれば、足元ではそうした状況が大きく変化している。他方、トランプ関税は多くの新興国経済に悪影響を与えることが懸念されるなか、深刻な影響が懸念される国々を中心に通貨安圧力が掛かる展開がみられるなど、必ずしもすべての新興国にとって追い風になっているとは言えないと捉えられる。

こうしたなか、足元においてはインドの主要株式指数(SENSEX)、国債、通貨ルピーがいずれも上昇するなど、米国と対照的な動きをみせている。この背景には、国際金融市場において同国がトランプ関税による直接的な影響が限定的とみられている上、米国のバンス副大統領が訪印して同国のモディ首相と会談し、両国間の貿易協定締結に向けた交渉に関する大枠合意が発表されるなど、二国間交渉が先行していることも影響している(注1)。なお、両国は2月に開催された首脳会談において、貿易協定の締結に向けた交渉開始で合意するも、米トランプ政権は同国を相互関税の上乗せ対象国に加えるなど、交渉の行方は不透明となった。しかし、その後の協議を経てインド側は米国からの輸入品の半分以上を対象に関税を引き下げることをはじめとする『譲歩』を迫られている模様である。他方、USTR(米通商代表部)はインドの輸入要件や品質管理を巡る独自規格の義務化、データプライバシー制度といった非関税障壁の高さを問題視しており、これらについても一定の譲歩を迫られる可能性は高い。さらに、インドは主要新興国のなかでも平均関税率が17.0%と突出しており、これは高関税を課すことで輸入品を抑制することにより国内産業を保護する政策が採られてきたことが影響しているが、今後はこうした政策の見直しは避けられないと見込まれる。その意味では、現状の活況は『期待先行』の域を出ていないと評することもできる。

図表
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他方、このところの主要株式指数が底入れの動きを強める背景には、中銀(インド準備銀行)によるスタンスの変化も影響している。ここ数年のインドでは、商品高やルピー安による輸入物価の押し上げに加え、天候不順による食料インフレの動きも重なる形でインフレが高止まりする展開が続いた。よって、中銀は物価抑制の観点からルピー相場の安定へ積極的な為替介入に動くとともに、金融引き締めを迫られた。その結果、経済成長のけん引役となってきた個人消費をはじめとする内需に下押し圧力が掛かり、足元の景気は頭打ちの様相を強めてきた。しかし、昨年末の中銀総裁の交代を受けて、マルホトラ体制下で初めて開催された2月の定例会合で同行は約5年ぶりの利下げに動いた(注2)。その後も、中銀はインフレが一段と鈍化したことを理由に先月の定例会合でも2会合連続の利下げに動くとともに、政策スタンスの緩和シフトを決定するなど政策転換が進んでいる(注3)。さらに、足元のインフレ率は一段と鈍化するなど落ち着いた動きをみせているほか、今年のモンスーン(雨季)の雨量は平年を上回るとの見通しが示されており、先行きもインフレは落ち着いた推移をみせる可能性が高まっている。そして、上述のように足元のルピー相場は底入れの動きを強めており、中銀にとって一段の金融緩和に二の足を踏む要因は後退している。こうした事情も足元のインド金融市場を取り巻く状況が大きく好転する要因になっていると捉えられる。

図表
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しかし、このようにインド金融市場は活況を呈する動きをみせているものの、地政学リスクを巡る動きがそうした状況に冷や水を浴びせる可能性はくすぶる。先月末に隣国パキスタンとの係争地であるカシミール地方のうち、インド政府が直轄地とするジャンムー・カシミールにおいて、パキスタンを拠点にインドからの同地域の独立を主張するイスラム過激派組織による発砲事件が発生し、これをきっかけに両国の緊張状態が急速に高まっている。インド政府は直後にパキスタンとの国境を閉鎖するとともに、パキスタンからインドに入国する旅行者に対するビザを無効とし、両国を流れる川の水資源配分に関する条約の効力停止を通告したほか、パキスタン側もインドとの貿易を停止させる報復措置に出るなど事態は深刻化の度合いを増している。その後もカシミールでは銃撃戦が展開されているほか、インドがパキスタンに対して軍事攻撃に出るとの報道が出るなど、核保有国である両国が正面衝突に至る最悪の事態も懸念される状況に発展している。こうしたなか、米国のルビオ国務長官はインドのジャイシャンカル外相、パキスタンのシャリフ首相と個別に電話会談を行い、両国の直接対話を呼び掛けるなど仲介に乗り出す動きをみせるも、米トランプ政権内では中国と近しい関係にあるパキスタンを非難する動きもみられ、仲介が機能するかは見通せない。仮にインドがパキスタンに対する軍事攻撃に動けば、国際社会からの非難は必至と見込まれる。一方、コロナ禍やウクライナ戦争を機に世界は欧米などと中ロとの間で分断の様相を強めており、インドをはじめグローバルサウスと称される新興国は両陣営から有利な条件を引き出そうとの動きを強めている。さらに、足元では米トランプ政権が内向き姿勢を強めるなかで欧米などの結束は揺らいでおり、そうした事情もインドが強硬姿勢に出る一因となっていると考えられる。とはいえ、『南アジアの火薬庫』とも称されるカシミールを巡って両国は過去3度にわたって戦争を展開しており、両国情勢は活況を呈するインド金融市場の動向に影響を与える可能性に注意する必要がある。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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