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インドネシア、ジョコ政権を継ぐプラボウォ次期政権の向かう先は

~ジョコ氏は政治的影響力を維持、主張する「先進インドネシア」実現には金融市場への意識が不可欠~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは今月20日にジョコ大統領が退任する。同政権の下でインドネシア経済は年平均4%超の安定成長を実現し、経済規模も拡大した。ただし、1人当たりGDPは経済規模ほど拡大せず、若年層を中心に政治不信が強まる一因になっている。ジョコ氏は大統領就任の際には「庶民派」を売りにしたが、足下では次期政権の下でのキングメーカーを目指す姿勢を露わにしている。依然として支持率は極めて高いが、頭打ちするなど反発も強まっている。とはいえ、次期政権下でも政治的影響力を残す展開が続くであろう。
  • プラボウォ次期政権はジョコ路線の踏襲を謳うが、その財政運営には不透明感がくすぶる。他方、次期政権ではOECDやTPPの加盟交渉が本格化するなど、同氏が主張する「先進インドネシア」の真価が問われる。中銀はインフレ鈍化やルピア相場の底入れも追い風にコロナ禍後初の利下げに動いたが、足下ではルピア相場を取り巻く外部環境は一変している。次期政権には金融市場を意識した政策運営が求められる。

インドネシアでは、今月20日にジョコ・ウィドド現大統領が退任する。ジョコ現政権の10年間のインドネシア経済を巡っては、コロナ禍という不運にも拘らず期間中の平均成長率は4%を上回る水準を実現するとともに、その経済規模も就任時(8.9億ドル:2014年)から昨年には13.7億ドルと5割以上拡大しており、世界18位からオランダとトルコを追い越して16位となるなど世界経済における存在感も向上させてきた。ただし、1人当たりGDPでみると、大統領に就任した2014年時点においては3,532ドル、昨年時点においては4,940ドルと着実に上昇しているものの、その上昇率は4割弱に留まることを勘案すれば、経済規模の拡大については生産性の拡大以上に人口増加によってもたらされていることに留意する必要がある。こうした状況は、インドネシア経済が堅調な経済成長を実現しているにも拘らず、若年層を中心にフォーマルセクターにおける雇用機会の乏しい状況が続くなどその恩恵を受けにくい状況が続いている一方、政治腐敗は深刻化の度合いを増すとともに、民主化の後退が懸念される動きが広がるなかで政治に対する不満が高まる一因になっている。結果、そうした政治に対する不満の『受け皿』として宗教右派が支持を集めるとともに、様々な政策運営を巡って内向き姿勢を強めることに繋がってきた。なお、2月に実施された大統領選においては、プラボウォ国防相が3度目の大統領選への出馬での当選を確実にすべく、依然として国民人気が高いジョコ氏の長男のギブラン氏を副大統領候補としてタッグを組むとともに、ジョコ路線の継承を掲げる『抱き付き作戦』に出ることで勝利を収めた(注1)。ただし、ギブラン氏の副大統領選出馬を巡っては、選挙法の解釈変更を主導した当時の憲法裁長官(ジョコ氏の義弟)がその後に倫理違反を理由に免職に追い込まれるなど(注2)、大統領就任当初は『庶民派』を謳って当選したジョコ氏の変節ぶりが露わになる動きもみられた。ジョコ氏による変節を巡っては、長男のギブラン氏のみならず、次男のカエサン氏の政界進出を模索しているとされるが、現行の選挙法では今年11月に実施される統一地方首長選選挙法には年齢規定により出馬することができない。こうした事態を受けて、ジョコ氏の支持者などが憲法裁に対して当該規定の見直しを求める請願を行うなど、同様に年齢規定が問題視されたギブラン氏が解釈変更により副大統領選に出馬可能となった展開の『二番煎じ』を狙ったものと捉えられる。しかし、憲法裁は年齢規定を維持する判断を下してカエサン氏の出馬が不可能となったことを受けて、議会下院で大多数を占める与党連合が憲法裁の判断を覆す内容の改正選挙法案を提出し、強行採決も辞さない姿勢をみせたものの、こうした動きへの抗議が首都ジャカルタのみならず多くの都市で展開されるなど全土で反発の動きが広がった(注3)。最終的にデモの動きが激化したことを受けて、改正選挙法は取り下げを余儀なくされ、ジョコ氏が画策した大統領退任後の『キングメーカー』に向けた計画は一部頓挫した。さらに、今月初めに公表された最新の世論調査では、ジョコ大統領の支持率は75%と依然として高水準ではあるものの、7月に82%と過去最高水準を更新した状況から低下しており、上述したカエサン氏の政界進出に向けて『何でもあり』の姿勢をみせたことへの反発が影響したとみられる。とはいえ、依然として高い人気を誇るとともに、次期副大統領の父としてジョコ氏が政治的影響力を維持する可能性は高いと見込まれる。

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プラボウォ次期大統領は20日に正式に就任し、ジョコ路線の踏襲を謳うなかでジョコ氏肝煎りの新首都(ヌサンタラ)移転事業のほか、学校給食の無償化、公務員給与の引き上げ、低所得者層を対象とする現金給付や住宅建設といった様々な財政拡張策を公約に掲げている。さらに、次期政権の期間中に経済成長率の水準を平均8%程度と、ジョコ現政権時代から大幅に引き上げる方針を掲げるとともに、その実現に向けた財政出動も辞さない考えを示す。よって、財政運営を巡っては、ジョコ現政権においてはスリ・ムルヤニ財務相の手腕により比較的穏当な姿勢が維持されてきた状況から一変することが懸念されている。こうした背景には、ジョコ政権においては国防費を巡ってスリ・ムルヤニ氏とプラボウォ氏の間で度々見解の隔たりがみられたほか、プラボウォ氏が掲げる選挙公約の実現性についても疑念を呈する考えをみせており、次期政権においてスリ・ムルヤニ氏が続投する可能性が低いとみられていることも影響している。その一方、プラボウォ次期政権の下では、ジョコ現政権の下で5月に加盟審査が正式に始まったOECD(経済開発協力機構)のほか、先月に正式に加盟申請を行ったTPP(環太平洋連携協定)に関する協議も行われる予定であり、プラボウォ氏が掲げた『先進インドネシア』の実現に向けた重要な取り組みに直面することとなる(注4)。大統領選と同時に実施された議会下院(国民議会)総選挙を経て、プラボウォ次期政権の与党となる政党連合の獲得議席数は7割以上を占める見通しであり、議会運営を円滑に進めることは可能と見込まれるほか、比較的安定した政治基盤の下で政権運営を行うことができる環境にあると捉えられる。他方、足下のインフレ率は商品高の一巡や、前年にインフレが加速する動きをみせた反動も影響する形で一段と頭打ちの動きを強めている。さらに、中銀にとっては国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ルピア安が輸入インフレを招くことを警戒する展開が続いたものの、米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げ実施を受けて米ドル安が進んでおり、ルピア相場も一転して底入れしていることも追い風に、中銀は先月の定例会合でコロナ禍後初の利下げに動いている(注5)。しかし、足下では米国経済の堅調さが確認されるなかで米FRBの利下げシナリオに変化が生じるなど米ドル相場を取り巻く環境に変化が生じているほか、中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けた国際原油価格の急騰も重なり、ルピア相場は一転して調整の動きを強めており、中銀もルピア相場の安定を目的とする為替介入に動く事態に追い込まれるなど外部環境は大きく変化している。中銀は先月の定例会合で追加利下げに含みを持たせる考えをみせたものの、早くも転換を余儀なくされる可能性も考えられるほか、プラボウォ次期政権には財政運営を巡って金融市場の信認向上に取り組む必要性が高まっていることは間違いないと捉えられる。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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