インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシアで再び政権交代を前に「怪しい」動きが表面化

~経済的な魅力は高いが、民主主義国家・法治国家として危うい国と如何に対峙するかが課題になる~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは10月にプラボウォ次期政権が発足する。現職のジョコ大統領は退任後も政治的影響力を残すべく、次期副大統領に長男のギブラン氏を据えることに成功した。足下においては次期政権の発足に向けて予算や人事面での移行の動きも進められており、円滑な政権移行を目指しているとみられる。
  • 他方、11月の統一地方選を前に様々な陣営が動きを活発化させている。ジョコ氏の次男のカエサン氏は政界進出を目指しているが、現行の選挙法では年齢がネックとなるなかでジョコ氏の支持者などが憲法裁に見直しを求める請願を行った。一方、ジャカルタ州知事選への出馬が期待される前職のアニス氏を巡っては、選挙法の規定で小規模政党が候補者を指名できないことがネックとなるなか、同氏の支持者などが憲法裁に当該規定の無効を求める請願を行った。憲法裁は年齢規定を有効とする一方、候補者指名に関する要件を緩和し、アニス氏は出馬可能となる一方、カエサン氏は出馬不可能とする判断を行った。
  • 憲法裁の判断を受けて国会では改正選挙法が上程され、年齢規定の緩和でカエサン氏が出馬可能に、小規模政党の候補者擁立が困難になりでアニス氏が出馬不可能となる内容が盛り込まれており、その内容を巡ってデモが活発化している。ここ数年は民主主義や法治国家の在り様に疑義が生じる法改正の動きが顕在化しており、今回の改正選挙法を巡ってもそうした動きの一端と捉えることができる。
  • 経済面では人口規模が多く、中長期的にも経済成長が期待されるほか、プラボウォ次期大統領も経済成長を志向する考えをみせるなど魅力的であることは間違いない。他方、民主主義国家や法治国家として危うい動きが顕在化しており、世界的な存在感を高めていることは世界経済の在り様にも影響を与える。わが国としても今のうちからそうした国と如何に対峙するかの戦略をきちんと立てておくことが肝要であろう。

インドネシアでは10月にプラボウォ次期政権が発足する。現職のジョコ大統領は2期10年の任期を満了して退任するが、プラボウォ次期政権ではジョコ氏の長男であるギブラン氏が副大統領に就任するため、大統領退任後も政治的影響力を残すとの見方が強まっている。2月に実施された大統領選では、ジョコ氏は自身が所属する最大与党・闘争民主党(PDI-P)の擁立候補(ガンジャル氏)を推さず、ギブラン氏とタッグを組んだプラボウォ氏を支援した。結果、プラボウォ陣営による若年層を強く意識した選挙戦略に加えて、国民からの人気が依然として高いジョコ氏による支援も追い風にプラボウォ氏は『三度目の正直』となる当選を果たした(注1)。しかし、こうした経緯から、大統領選と同時に実施された議会下院(国民議会)総選挙では闘争民主党が第1党となるも、選挙後は与野党の構図が変化を余儀なくされる動きがみられる。なお、プラボウォ氏が党首を務めるグリンドラ党は第3党に留まっているものの、大統領選で陣営(先進インドネシア)に参画した政党などと大連立を組むことで合意しており、次期政権は強固な政権基盤を背景に船出を迎える見通しである(注2)。さらに、足下ではジョコ政権の任期はわずかとなるなか、大統領選を巡る論功行賞人事のほか、闘争民主党所属議員が担った閣僚をプラボウォ氏の側近に交代させる内閣改造を実施するなど、次期政権への円滑な移行を目指す動きをみせている。そして、今月16日に政府は現政権と次期政権の経済チームが共同で作成した来年度予算案を公表しており、現政権の目玉政策である首都機能移転を次期政権も継続する方針に加え、次期政権が目玉政策に掲げる教育・社会福祉関連や貧困支援関連を重視した予算配分の動きが明確になっている。よって、足下のインドネシア政界を巡っては、すでにプラボウォ次期政権への移行が着々と進行していると捉えられる。

他方、インドネシアでは11月に統一地方首長選挙が予定されており、上述のように中央政界において地盤を固めたプラボウォ次期政権が地方政界においても同様に地盤を固めることを目指している。さらに、ジョコ氏の周辺では長男のギブラン氏が副大統領に就任するほか、次男のカエサン氏が党首を務めるインドネシア連帯党(PSI)は地方議会選で躍進を果たすも総選挙で1議席も獲得できず、今回の統一地方首長選挙への出馬、当選をきっかけに政界の階段を上ることを目指しているとされる。ただし、カエサン氏は統一地方首長選の時点でも29歳であり、現行の選挙法では地方首長選の被選挙権が30歳以上と規定されるなかで出馬することができず、ジョコ氏の支持者などを中心に憲法裁判所にこの見直しを求める請願が提出された。この動きは、選挙法において副大統領選の被選挙権が40歳以上とされているにも拘らず、憲法裁が年齢規定を維持する一方で地方首長の経験を元にした除外規定を認める判断を行い、その結果として36歳のギブラン氏が副大統領選に出馬し、当選した経験をなぞったものとみられる。しかし、この憲法裁の判断を巡っては、直後にこの判断を下した当時の所長でジョコ氏の義弟であるアンワル氏に辞任命令が下されるなど(注3)、法治国家としての基盤が揺らぎかねない事態に発展した経緯があり、憲法裁の判断に注目が集まった。他方、首都のジャカルタ特別州知事選を巡っては、大統領選への出馬を理由に辞職するもプラボウォ氏に次点で敗れた前職のアニス氏の出馬が取り沙汰されてきた。しかし、現行の選挙法ではジャカルタ特別州議会で22議席以上を有する政党、および政党連合のみが候補者を擁立可能と規定されており、当選した前回選挙ではプラボウォ氏とタッグを組んだことで要件を満たしたものの、上述のように袂を分かつとともに、大統領選でアニス氏を推した勢力はこの要件を満たさないなど出馬が不可能となっていた。こうしたなか、アニス氏の支持者などを中心に憲法裁判所に当該規定の無効を訴える請願が提出された。これら以外にも憲法裁には統一地方首長選に関連する様々な請願がなされたなか、20日に憲法裁は一連の請願に対する判断を示し、地方首長選の候補指名に関する要件を大幅に緩和する一方、被選挙権の年齢を維持する方針を明らかにした。これによりアニス氏はジャカルタ特別州知事選への出馬が可能となる一方、カエサン氏は統一地方首長選への出馬は不可能となった。

この憲法裁の判断を受けて、国会では憲法裁の判断を覆す内容の改正選挙法案が提出されるなど『何でもあり』の様相をみせており、こうした動きに抗議するデモ活動が首都ジャカルタのみならず多くの都市に広がる事態となっている。国会に提出された改正選挙法案では、地方首長選の出馬要件が緩和されることでカエサン氏の出馬が可能となるほか、小規模政党による候補者擁立が困難になることでアニス氏は一転してジャカルタ特別州知事選への出馬が不可能となり、カエサン氏を推したいジョコ氏、自らに牙を向いたアニス氏を追い落としたいプラボウォ氏の思惑が一致した内容になっていると捉えられる。ジョコ氏は憲法裁の判決と国会での審議について一般的な「チェック・アンド・バランス」の一環であるとの見方を示すとともに、自身に向けられている批判を一蹴しているものの、同国内では憲法学者のみならず有識者を中心に政権に対する批判が強まる動きもみられる。国会内では闘争民主党以外のすべての政党が同法の成立に同意している模様であり、政府は22日に国会での改正選挙法案の可決・成立を目指していたが、出席議員数が足りないことを理由に承認が一旦延期された。しかし、上述のようにジョコ氏とプラボウォ氏の思惑が一致していることを勘案すれば、デモの動きを無視した強行採決に向かう可能性は高いと見込まれる。なお、政権末期におけるなし崩し的な法改正を巡っては、ジョコ政権の2期目入りの直前に行われた法改正により、汚職没滅委員会(KPK)に付与された捜査権、逮捕権、公訴権がはく奪され、『最強の捜査機関』として現職閣僚や国会議員、裁判官、高級官僚などの不正を暴いてきた同機関の事実上の弱体化を模索する動きがみられた(注4)。その際に先送りされた正副大統領や政府機関に対する侮辱行為への罰則強化など民主化に逆行する内容や、イスラム色の極めて強い内容のほか、企業犯罪に対する罰則強化といった議論がし尽されていないものが盛り込まれた改正刑法についても、コロナ禍の懸念や移動制限措置によりデモ活動が起こりにくくなっている環境を『悪用』して可決されるなど(注5)、ここ数年のインドネシアでは民主化に逆行する動きが顕在化している。今回の法改正の動きもそうした一端と捉えることができる。

経済面でみたインドネシアはASEAN最大の人口を擁する上、近年は家計消費を中心とする内需をけん引役に経済成長を実現しており、若年層比率が高いことから、中長期的にも人口増加が期待されるなど経済成長への期待は高い。さらに、プラボウォ次期大統領はここ数年平均して5%程度の経済成長を実現している状況を任期中に8%程度まで3pt押し上げるとの目標を掲げており、その実現のハードルは極めて高いものの、経済成長を志向していることは経済面では心強いところであろう。他方、上述したようにここ数年のインドネシアでは民主主義国家、法治国家として危うい動きが顕在化しており、世界的に分断の動きが広がるなかでこうした国が経済成長を追い風に着実に世界的な存在感を増していることは、世界経済の在り様にも影響を与えることは避けられそうにない。そうして点を見据えつつ、こうした国と対峙する方法を今のうちからきちんと構築していく必要性は高いと言える。また、中銀は先日の定例会合において10-12月の利下げの可能性に言及するとともに、ルピア相場が一段と上昇すれば前倒しする可能性に含みを持たせたものの(注6)、デモの活発化を嫌気して底入れしてきた勢いに陰りがみられる。金融市場は経済成長への期待以外の材料に特段意識を置いている訳ではないと捉えられるものの、こうした動きが中長期的な成長期待の見方に変化を与える事態となれば環境が一変する可能性も考えられる点に留意しておく必要がある。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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