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2024.08.05
アジア経済
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ベトナム、ラム氏が最高指導者選任で反汚職・反腐敗運動継続へ
~表面上は政情安定を演出も派閥間の対立は水面下でくすぶる可能性、経済政策への悪影響も~
西濵 徹
- 要旨
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- ベトナム共産党は3日に臨時の中央委員会総会を開催して、ラム氏を最高指導者である党書記長に選任することを明らかにした。同国では先月にチョン前党書記長が逝去したが、その直前にラム国家主席が書記長代行となるなかで権力移譲を如何に進めるかが注目された。2年後に迫る次期党大会を前にラム新体制を強固にすることで政情安定を図ることを優先した格好である。ラム氏はチョン前体制下で進められた反腐敗・反汚職運動を実働部隊で仕切ってきたが、新体制下でも一段と前進させる考えをみせており、総会では新たに2名が事実上更迭されるなど経済政策面での悪影響は続くと見込まれる。今回の人事は党内の安定を一旦知らしめる意図がうかがえる一方、党内には派閥争いなどの懸念が残り、実体経済に悪影響を与える可能性もくすぶり、今後もラム新体制の一挙一動に注意を払う必要性は高いと見込まれる。
ベトナムでは先月、2011年の共産党大会(第13回ベトナム共産党全国大会)において最高指導者である党中央委員会書記長(党書記長)に就任するとともに、13年に亘って担ってきたグエン・フー・チョン氏が逝去した(注1)。なお、党書記長人事を巡っては、チョン氏の逝去が明らかになる前日に病気療養に専念する方針とともに、党内序列2位の国家主席であるトー・ラム氏が代行を務めることが示されていた(注2)。これはチョン氏が今年4月に80歳を迎えるなど高齢となっていることに加え、2019年に脳梗塞を発症したとされるとともに、その後は度々体調不安説が噂されてきたことに対応したものとみられた。しかし、予想外に早く事態が進行する動きがみられたことから、最高指導者の権力移譲が如何なる形で進むかが注目された。というのも、同国では2026年に次期共産党大会(第14回ベトナム共産党全国大会)の開催が予定されており、ラム氏がそこまでの『つなぎ役』を務めるのか、それとも自身が最高指導者となるのかについて見方が分かれていた。こうしたなか、3日に共産党は臨時の中央委員会総会を開催してラム氏を党書記長に選任することを明らかにしており、ラム氏が次期党大会まで党書記長と国家主席を兼任する方針が決定している。他方、同会においては党中央書記局員で副首相を務めるレ・ミン・カイ氏と、党中央委員で天然資源・環境相を務めるダン・クオック・カイン氏の両名の党職の辞任を明らかにしている。辞任の理由については党規則に違反したことを挙げているが、事実上の更迭とみられ、昨年からの1年半ほどの間に同党内では最高指導部である党政治局員のなかで計7人が辞任する異例の動きがみられるが(注3)、今後もそうした動きが続く可能性が高まっている。この背景には、前党書記長のチョン氏は党内において思想、理論畑を長らく歩むとともに、政治局員に昇格した後も党内の思想・文化・科学教育工作や理論工作を担当するなど『保守派』として社会主義理論に精通し、党書記長に就任後は党内の規律強化を目的に「反腐敗・反汚職」を旗印にした運動を展開してきた。ただし、反腐敗・反汚職運動の背後では党内で保守派が台頭する一方、急進派が放逐されるなど徐々に派閥争いが激化する動きがみられた。そして、その反腐敗・反汚職運動の実働部隊を率いてきたのが新たな党書記長に就任したラム氏であり、ラム氏自身は一貫して公安部において国内の治安維持を担当するとともに、2016年に政治局員、かつ公安相(ベトナム人民公安大将)に就任した後は反腐敗・反汚職運動を率いてきた。多くの党幹部が関連する贈収賄疑惑やスキャンダルを調査して失脚させるなど、党内に数多くの敵を作ってきたとされる一方、その働きぶりからチョン氏から厚い信任を受けてきたとされ、今年5月に党内序列2位の国家主席に就任した(注4)。こうした経緯から、ラム氏の下でも反腐敗・反汚職運動が一段と苛烈を迎えるものとみられたなか、党委員長に選任された後に記者会見に臨んだラム氏は「腐敗と断固として粘り強く闘う」「これまでの路線をしっかり継続する」と述べるなど、不可逆的に進む可能性は高まっていると判断できる。ただし、反腐敗・反汚職運動が激化する背後では、政府高官が新規事業への関与を躊躇する動きが広がるとともに、それに伴ってビジネス環境が悪化して事業が遅滞する例が散見されるほか、昨年には電力不足により国民生活に悪影響を及ぼすなど実害が顕在化する動きもみられる。今回の総会において事実上更迭されたカイ副首相は経済担当として経済政策を担ってきたため、そうした懸念が今後もくすぶることは避けられないであろう。こうした状況ながら、前任のチョン氏は反腐敗・反汚職を旗印に党内粛清を図るなど強面のイメージがある一方、質素な生活を好むなどその清廉さを理由に国民から高い人気を集めるなどカリスマ的な側面があったものの、能吏として党内で頭角を現したラム氏を巡っては目的のためには手段も厭わないといった強面のイメージのみが付きまとう。共産党内には経歴や出身地などを背景にした複数の派閥が存在しており、過去には度々派閥争いが激化してきたなかで各派閥のバランスに配慮する動きがみられたものの、チョン前体制下では派閥のバランスが大きく崩れてきた。足下ではラム氏をはじめとする公安部出身者が党政治局員人事の3分の1を占めており、今後も派閥争いを抑えるべく公安部出身者が党内の締め付けを強化する可能性が考えられる一方、そうした動きは党内の不満を増幅させることが懸念される。中央委員会総会ではラム氏の選出が全会一致で決定されたとしており、政情の安定を国内外に知らしめる意図が透けてみえるものの、上述のように党内における派閥のバランスが崩れるなかでラム新体制が如何なる舵取りを図るかに注目が集まっている。一部に党内抗争の収束を期待する向きがあるものの、過去の歴史に加え、ここ数年は党最高指導部を占める党書記長、国家主席、首相、国会議長の4人(四柱)のトロイカ体制のバランスも崩れてきたことを勘案すれば、次期党大会に向けて一波乱が起こる可能性にも留意する必要がある。足下の通貨ドン相場を巡っては、米ドル高の動きに一服感が出ていることを反映して年明け以降は調整の動きを強めてきた流れに変化の兆しがうかがえるものの、依然として数年来の安値圏で推移しているほか、足下のインフレ率は底入れに転じるなどドン安による輸入インフレが懸念される状況が続いている。その意味では、ラム新体制による一挙一動がとりわけ経済政策面にどのような影響を与えるかをこれまで以上に注視する必要が高まっている。


注1 7月22日付レポート「ベトナム・チョン党書記長が逝去、政治安定下で権力移譲が進むか」
注2 7月19日付レポート「ベトナム共産党・ラム氏が党書記長代行に、派閥争い激化の懸念も」
注3 6月24日付レポート「ベトナム共産党、1年半で政治局員の辞任が7人目の異例の事態」
注4 5月20日付レポート「ベトナム共産党、国家主席と国会議長人事で政治的不安の払しょくなるか」
西濵 徹
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- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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