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タイ、タクシン派が一転して急進民主派と離反して新政権樹立に動く

~総選挙での「民意」とは真逆の結果に、政権樹立の道筋が立つ一方で政局の行方には不透明感も~

西濵 徹

要旨
  • タイでは5月の総選挙で民主派が勝利し、第1党となった前進党を中心とする政権樹立を目指す動きが続いてきた。しかし、前進党のピタ党首が首相となる道は閉ざされたことを受け、前進党やタクシン派の貢献党などの連立の行方に注目された。他方、総選挙で敗北した親軍派や保守派の間には急進的な公約を掲げる前進党への拒否感が根強く、貢献党に対して前進党を外した形での連立模索を呼び掛けた模様である。結果、2日に貢献党は前進党との連立を解消し、セター氏を候補に掲げて首班候補選に臨むことを明らかにしており、親軍派や保守派と連立を組むと見込まれる。ただ、この結果は総選挙で示された民意と真逆の形となるなど、前進党やその支持者が反発を強めることは必至である。新政権樹立の目途は立つ一方、政局の行方には不透明感がくすぶるなか、その行方はバーツ相場に少なからず影響を与える可能性はある。

タイでは、今年5月に実施された議会下院(人民代表院)総選挙の後、新政権の樹立に向けた動きが進められてきた。総選挙においては、『反軍政』を掲げる民主派の前進党が第1党、いわゆる『タクシン派』政党のタイ貢献党が第2党となり、一方で選挙前に与党であった親軍政党は軒並み議席を大きく減らして少数派となるなど民主派が大勝利を収めた(注1)。さらに、総選挙後には前進党と貢献党が中心となる形で計8党が前進党のピタ党首を首班候補に一本化するとともに、新政権の樹立に向けて連立を組むことで合意した。しかし、8党を併せた議席数は312と議会下院(総議席数500)では多数派を占める一方、首班指名選挙は議会上院(元老院:総議席数250)を併せた総勢750人の投票により実施される上、上院議員は軍政の下で国軍が指名しており、親軍色、保守色が強い傾向がある。こうしたなか、前進党とピタ氏は総選挙において急進色の強い公約(不敬罪の緩和、徴兵制の廃止など)を掲げて躍進を遂げたものの、保守派の間にはこうした公約に対する拒否感が根強い。よって、先月13日に実施された首班指名選挙ではピタ氏が唯一の立候補者となるも、同氏の得票数は324票に留まったことで結果は持ち越されることとなった(注2)。その後も先月19日に出直しの首班指名選挙が予定されたものの、直前に憲法裁判所が選挙管理委員会による訴えに基づく形でピタ氏の議員資格を一時停止する決定を行ったほか、ピタ氏が唯一の立候補者となったことを受けて、議会内では保守派が議会運営規則(一事不再議の原則)に反すると主張して選挙そのものが中止された(注3)。さらに、議会はピタ氏に対して首班指名選挙への立候補資格を無効とする決定を行い、これに伴いピタ氏が首相となる可能性は事実上なくなる一方、前進党は一連の決定に対して見直しを求める申し立てを行った。その一方、ピタ氏は2度目の首班指名選挙で自身が選出されなかった場合、首班候補を貢献党に譲る考えを示すなど、8党連立の維持を前提に据える考えを示していた。よって、その後も8党は首班指名選挙に向けた調整を続ける姿勢をみせてきたものの、選挙日決定の権限を有する下院議長のワンムハマドノー氏は、上述のように議会の決定に対して前進党が見直しの申し立てを行っていることを理由に、先月27日に予定された3回目の投票を延期したため、政治の空白状態が一段と長期化することが懸念された(注4)。その後、貢献党の実質的なオーナーであるタクシン元首相が今月10日に帰国することが明らかにされたことで、貢献党を中心に首班候補の指名に向けた合従連衡の動きが活発化することが予想された。というのも、タクシン元首相は2006年の軍事クーデターを経て首相職を追われた後、首相在任中の汚職容疑で裁判を受けるも最高裁による実刑判決の言い渡しを前に逃亡して事実上の亡命生活を続けており、仮に帰国すれば収監されることになる。こうした状況にも拘らず、タクシン氏が帰国する意向が示されたことで、貢献党は前進党などとの連立合意後も度々親軍政党との連立を模索するとの見方が示されてきたなか、貢献党が親軍派や保守派との間で何らかの『手打ち』に至ったとの見方が強まった。こうしたなか、2日に貢献党は前進党との協議により協力関係を離脱した上で、予てより同党の首班候補としてきたセター・タビシン氏(大手不動産開発企業の元社長)による政権樹立を目指すことを明らかにし、8党連立は事実上瓦解した。上述のように、親軍派や保守派の間に前進党に対する拒否感が根強く、貢献党に対して前進党を外した形での連立構想を模索する『圧力』を掛けていたとみられるなか、最終的に押し切られた模様である。現地報道などに拠ると、貢献党は親軍政党で総選挙前には最大与党であった国民国家の力のほか、連立与党の一角を占めたタイの誇り党などと連立を組むと見込まれており、民主派が大勝利を収める形で示された総選挙での『民意』と真逆を向く形で新政権が誕生する可能性が高まっている。今後は首班指名選挙を通じて新政権が誕生する見通しが高まっているが、すでに前進党はこうした動きに対して反発を強めているほか、同党支持者なども反発を強めることは必至と見込まれる。国際金融市場においては、同国の政局を巡る混乱は『日常茶飯事』と見做されており、政治空白の長期化にも拘らず材料視されず、足下のインフレが鈍化して実質金利のプラス幅が拡大するなど投資妙味が拡大していることを材料に通貨バーツ相場は底堅い動きをみせてきた。しかし、中銀は2日の定例会合で7会合連続の利上げを決定する一方、利上げ局面の終了を示唆する動きをみせており(注5)、先行きは実質金利のプラス幅縮小が見込まれる上、政局の混乱を材料にバーツ相場を取り巻く環境が変化する可能性に留意する必要があろう。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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