インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイの政治空白は長期化必至、政局混乱が激化する可能性も

~景気に下押し圧力が掛かるなか、政治空白の長期化は政策対応を困難にする懸念も~

西濵 徹

要旨
  • タイでは、今年5月の総選挙を経て新政権樹立に向けた動きが進んでいるものの、今月実施された首班指名選挙は2度に亘って結果が持ち越された。27日には3度目の首班指名選挙の実施が予定されたが、2回目の投票に際して議会が前進党のピタ党首に対する立候補資格の無効を決定し、前進党が見直しを申し立てたことを理由に延期が決定された。政治空白の長期化が必至となるなか、来月にタクシン元首相が帰国することが明らかになるなど、政局を巡る動きが活発化するなど混乱が激化する懸念も高まっている。
  • 国際金融市場はタイの政局混乱を日常茶飯事と見做しており、足下ではインフレ鈍化による実質金利の上昇も重なりバーツ相場は底堅く推移している。足下の景気は観光関連を中心に底入れが続くも本調子にほど遠い上、財輸出は頭打ちするなど外需を取り巻く不透明感が高まっている。同国政府は成長率見通しを下方修正するなど景気下振れが懸念されるなか、政治空白の長期化は適時適切な政策運営を困難にする懸念がある。そうなれば堅調な動きが続くバーツ相場を取り巻く環境が一変する可能性に要注意と言える。

タイでは、今年5月に実施された議会下院(人民代表院)総選挙を経て、新政権の樹立に向けた動きが進められている。総選挙では、『反軍政』を掲げる民主派の前進党が第1党に、いわゆる『タクシン派』のタイ貢献党が第2党となる一方、選挙前の与党であった親軍政党は議席を大きく減らして少数派に転じており、民主派が大勝利を収めた(注1)。総選挙後には前進党と貢献党を含めた8党により、前進党のピタ党首を首班候補に一本化するとともに、新政権樹立に向けて連立を形成することで合意した。しかし、8党を併せた議席数は312と議会下院(総議席数500)においては多数派を形成する一方、首班指名選挙に際しては議会上院(元老院:総議席数250)を併せた総勢750人による投票が行われる上、上院議員は軍政下で国軍が指名した経緯から親軍色、保守色が強いとされる。また、前進党やピタ氏は選挙戦を通じて急進色の強い公約(不敬罪の緩和、徴兵制の廃止など)を掲げて躍進を遂げる一方、保守派の間にはこうした公約への拒否感が根強く残る。こうしたことから、今月13日に実施された首班指名選挙においては、ピタ氏が唯一の立候補者となったものの、同氏の得票数は324票に留まるなど半数を下回り、結果は持ち越されることとなった(注2)。その後、19日には2回目となる首班指名選挙が行われたものの、その直前に憲法裁判所が選挙管理委員会の訴えを受けてピタ氏の議員資格を一時停止する決定を行ったことに加え、2回目もピタ氏が唯一の立候補者となったことに対して議会内で保守派を中心に議会運営規則(一事不再議の原則)に反すると主張した上で選挙自体が中止された(注3)。議会はピタ氏の首班指名選挙への立候補資格を無効とする決定を行ったため、ピタ政権樹立の可能性は事実上なくなったものの、前進党は一連の決定に対する見直しを申し立てている。他方、ピタ氏は2度目の首班指名選挙を経ても自身が選出されなければ、首班候補を貢献党に譲る考えを示しており、連立合意している8党を前提に貢献党のセター・タビシン氏(大手不動産開発企業の元社長)を代わりの首班候補に据えるとの見方が強まった。ただし、保守派の間には前進党が連立政権入りすることそのものに対する反発が根強く、連立合意後も度々貢献党が8党連立を脱退して親軍政党との連立を模索するとの見方が示されるなど流動的な状況が続いてきた。こうしたなか、首班指名選挙の日程を決める権限を有する下院議長のワンムハマドノー氏は、27日に開催を予定していた3回目の首班指名選挙の実施を延期する決定を行い、その理由に議会の決定に対する前進党による見直し申し立てを挙げた。これにより首班指名選挙は長期に亘って行われない可能性が高まっている上、政治空白が長期化することは避けられなくなっている。他方、貢献党の幹部でタクシン元首相の次女であるペートンタン氏は26日、自身のSNSにタクシン氏が来月10日に帰国する旨の投稿を行い、上述のように貢献党が親軍政党との連立を模索するとの見方がくすぶるなかでその『布石』になる可能性が取り沙汰されるなど、政局を巡る新たな火種となる可能性も高まっている。その意味でも政治空白の長期化は必至とみられる。

他方、国際金融市場においては同国の政局混乱は『日常茶飯事』と見做されており、政治空白の長期化が避けられなくなっているにも拘らず、同国の通貨バーツ相場は米ドル高の動きが一服していることに加え、足下のインフレ鈍化に伴う実質金利のプラス幅拡大も追い風に堅調な動きをみせている。ただし、同国経済は財閥系企業を中心とする保守層により牛耳られる展開が続く一方、新興企業が育ちにくい土壌を抱えており、結果的にASEAN(東南アジア諸国連合)のなかでもユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)の数が少ないといった問題を抱えている。さらに、同国においては人口ボーナス期がすでに終えんを迎えるなど周辺国に比べて潜在成長率の低下が避けられなくなるなか、政治空白の長期化は中長期的にみた経済の競争力低下を招く可能性も高いと考えられる。なお、中銀は直近の金融政策委員会において、当面の景気は観光関連と家計消費をけん引役に回復が続くとの見方を示しており(注4)、昨年来の国境再開の動きに加え、昨年末以降の中国によるゼロコロナ終了も追い風に外国人観光客数は底入れの動きを強めている。ただし、足下の外国人観光客数の水準はコロナ禍前のピークに対して6割程度に留まるなど、依然として本調子にはほど遠い状況にあると捉えられるほか、中国景気の減速懸念が意識されるなかで先行きに対する不透明感が強まることも懸念される。さらに、足下の世界経済を巡っては、中国の景気減速懸念に加え、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国も物価高と金利高が長期化するなかで頭打ちの様相をみせており、ASEAN内では製造業の集積度合いが高い上、経済構造上も財輸出に対する依存度が高い同国経済の足かせとなることが懸念される。事実、足下の財輸出額は頭打ちの動きを強めており、こうした状況を勘案して政府(財務省)は今年通年の経済成長率見通しをわずかに下方修正しているほか(+3.6%→+3.5%)、商務省も今年通年の輸出目標を引き下げるなど(+1~2%→+1%)外需を取り巻く状況は厳しさを増していることは間違いない。こうした状況にも拘らず、政治空白が長期化することにより適時適切な政策対応が採られない状況が続けば景気が一段と下振れする懸念も高まり、結果的にバーツ相場に悪影響を与える可能性にも要注意と言える。

図 1 バーツ相場(対ドル)の推移
図 1 バーツ相場(対ドル)の推移

図 2 外国人来訪者数(季節調整値)の推移
図 2 外国人来訪者数(季節調整値)の推移

図 3 財輸出額(季節調整値)の推移
図 3 財輸出額(季節調整値)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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