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2023.05.31
アジア経済
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タイ中銀、景気回復がインフレ圧力となることを警戒して追加利上げ
~政局を巡る不透明感が長引く懸念も含め、バーツ相場安定のかじ取りが困難になる可能性もくすぶる~
西濵 徹
- 要旨
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- 昨年のタイ経済は、中国の景気減速による外需下振れや物価高と金利高の共存が内需の足かせとなる事態に直面した。しかし、年明け以降は中国のゼロコロナ終了、インフレ鈍化も重なり景気は一転底入れしている。足下のインフレ率は中銀目標の域内に収束している上、バーツ相場も政局を巡る不透明感にも拘らず比較的安定した推移が続く。こうした状況ながら、中銀は31日の定例会合で6会合連続となる追加利上げを決定した。先行きの景気について観光関連と家計消費をけん引役に回復が続くと見込む一方、景気回復の動きがインフレ圧力に繋がることを警戒している模様である。金融市場は余り政局を材料視していないとみられるが、今月14日の総選挙後には第1党となった前進党など8党が連立を組むことで合意した。しかし、8党を併せても次期政権の樹立が確実視出来ない状況が続いている上、もう一波乱起こる可能性もくすぶる。次期政権の樹立に想定以上の時間を要すれば、政策の空白が景気の足かせとなるほか、バーツ相場の悪材料となることも予想されるなど、中銀にはバーツ相場の安定に難しいかじ取りを迫られよう。
昨年のタイ経済を巡っては、感染一服による経済活動の正常化に加え、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復も重なり、内・外需双方で景気回復が進むと期待されたものの、通年の経済成長率は+2.6%と周辺のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国が軒並み高成長を記録した状況と異なる動きをみせた(注1)。これは、同国経済は輸出がGDPの3分の2弱を占めるなど構造的に輸出依存度が比較的高く、財輸出の約15%、コロナ禍前においては外国人観光客の3割強を中国(含、香港・マカオ)が占めるなど中国経済への依存度が高いことで、ゼロコロナへの拘泥により中国経済が減速したことが景気の足を引っ張ったと捉えられる。また、昨年来の商品高の動きは生活必需品を中心とするインフレを招くなか、国際金融市場における米ドル高は多くの新興国において通貨安による輸入インフレに直面したが、同国ではコロナ禍を受けた外国人観光客の低迷を理由に経常収支が赤字基調に転じるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化も重なり通貨バーツの対ドル相場は一時16年ぶりの安値を更新する事態となった。こうした動きを反映してインフレ率は大幅に加速して14年ぶりの高水準となり、中銀は物価抑制を目的に昨年8月に利上げ実施に舵を切ったほか、その後も物価と為替の安定を目的に断続利上げを余儀なくされた。このように内・外需双方に下押し圧力が掛かったことを受け、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲4.16%(改定値)と5四半期ぶりのマイナス成長に転じるとともに、実質GDPの水準もコロナ禍前を再び下回るなど景気の頭打ちが確認された。しかし、商品高の動きが一巡したことに加え、昨年末以降の米ドル高一服も重なり、インフレ率は一転して頭打ちの動きを強めるとともに、足下では中銀の定めるインフレ目標の域内に収束するなど、家計部門にとっては実質購買力の押し上げに繋がる動きがみられる。さらに、昨年末以降の中国によるゼロコロナ終了を受けて、年明け以降の中国景気は底入れの動きが確認されるなど、上述のように中国経済への依存度が高い同国経済にとっては追い風が吹く動きがみられる。この結果、今年1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+7.82%と2四半期ぶりのプラス成長に転じるとともに、中期的な基調も伸びが加速するなど、足下の景気は底入れしている様子がうかがえる(注2)。さらに、ゼロコロナ終了を受けた中国景気の底入れや中国人観光客数の回復の動きも追い風に、ここ数年は赤字基調で推移した経常収支は足下で黒字基調に転じるなど、経済のファンダメンタルズを巡る状況も変化している。こうした環境変化も影響して、足下のバーツ相場は底堅い動きが続くなど輸入インフレ懸念も大きく後退している。このように物価を取り巻く状況は大きく変化しているものの、中銀は31日に開催した定例会合において6会合連続となる25bpの利上げを決定しており、これに伴い政策金利は2.00%と8年強ぶりの水準となる。会合後に公表した声明文では、同国経済について「観光関連と家計消費をけん引役に回復が続く」とした上で経済成長率見通しを「今年は+3.6%、来年は+3.8%」と3月の前回会合時点から据え置く一方、「財政政策に拠る上振れと外部環境に拠る下振れを警戒する必要がある」との見方を示した。一方、物価動向について「緩やかなペースでの鈍化が見込まれる」としてインフレ見通しを「今年は+2.5%、来年は+2.4%」と今年を3月の前回会合時点(+2.9%)から下方修正する一方、コアインフレについて「過去と比較して高水準で推移しており、今後は需給両面からの上昇圧力に留意する必要がある」との認識を示した。また、バーツ相場について「米FRB(連邦準備制度理事会)による政策運営、人民元安、国内政治を巡る不確実性などが影響する」との見方を示した上で、「金融市場を取り巻く状況を注視する必要がある」として安定を重視する姿勢を示している。先行きの政策運営については「物価安定と潜在力に沿う持続可能な景気拡大、金融安定を目指す」とした上で「着実な景気拡大が期待されるものの、インフレの上振れリスクを注視する必要があり、政策金利の段階的、且つ慎重な引き上げが必要」との認識を示すとともに、「景気と物価見通しに変化が生じればその規模とタイミングを調整する必要がある」との考えを改めて強調した。今月14日の議会下院総選挙では反軍・民主派の前進党が第1党に、タクシン派の貢献党が第2党となるとともに(注3)、両党を含む民主派政党の8党が次期政権の樹立に向けて連立を組むことで合意する動きもみられた。しかし、8党を併せた議席数は312議席に留まるなど、首班指名選挙は軍の影響力が強い議会上院(250議席)を併せた計750人による投票で行われることを勘案すれば、過半数(376議席)に届かないなど今後の行方に不透明感はくすぶる。さらに、8党は首班候補に前進党のピタ党首を据えることで合意したものの、下院議長をはじめとする要職ポストを巡って『すきま風』が吹く動きもみられるなど、次期政権の枠組についてもう一波乱が起こってもおかしくない状況にある。2019年の前回総選挙の後も政権発足には約4ヶ月を要したことを勘案すれば、主義主張の異なる8党による連立という事情を勘案すれば次期政権の樹立にはまだまだ紆余曲折が避けられないと予想される。金融市場においてはタイの政局混乱は『日常茶飯事』と見做されており、今回の混乱もバーツ相場を巡る大きな材料とはなっていないものの、仮にこう着状態が想定を超えて長期化すれば政策の空白が景気の足かせとなり得ることを含めてバーツ相場に悪影響を与える可能性はくすぶる。中銀にとっては自らが関与出来ない政局を巡る問題を理由にバーツ相場が混乱する懸念もあり、先行きにおいては相場安定に向けて難しいかじ取りを迫られる局面も予想される。


注1 2月17日付レポート「タイ、政治は政局モードの背後で実体経済は「逆戻り」の様相」
注2 5月15日付レポート「タイ景気は中国のゼロコロナ終了を追い風に底入れが確認される」
注3 5月15日付レポート「タイ総選挙は前進党が第1党に、民主派が大勝利も次期政権の行方は混とん」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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