ブラジル中銀、市場が抱く早期の利下げ期待には「塩対応」

~中銀は再利上げの可能性は排除の一方、コアインフレが高止まりするなかで慎重姿勢を維持~

西濵 徹

要旨
  • ここ数年のブラジルでは、大干ばつにより火力発電の再稼働を余儀なくされるとともに、商品高や米ドル高に伴うレアル安も重なりインフレが大きく上振れしてきた。中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされたが、昨年半ばを境にインフレ率は大きく鈍化している。中銀は昨年9月に1年半に及んだ利上げ局面の休止に動く一方、今年1月に発足したルラ政権は中銀に利下げを要求すべく外堀を埋める動きをみせる。他方、足下のインフレ率は鈍化する一方、コアインフレ率は高止まりしているほか、中銀の高金利政策が実質金利の上昇によりレアル相場を下支えするなか、仮に利下げに動けばレアル安が輸入インフレを再燃させる懸念もくすぶる。こうしたなか、中銀は20~21日の定例会合で政策金利を7会合連続で13.75%に据え置く決定を行った。再利上げの可能性を排除するなど幾分ハト派姿勢をみせる一方、金融市場で高まる早期の利下げ観測には明確な姿勢を示していない。当面の金融政策については経済指標や国際金融市場を取り巻く環境など、外部要因が左右する展開が続くことは避けられないと言える。

ここ数年のブラジルにおいては、歴史的な大干ばつが相次いだことで水不足に直面しており、電力供給の6割強を水力発電が占めるなかで火力発電の再稼働を余儀なくされてきた。他方、コロナ禍からの世界経済の回復を追い風とする原油など商品市況の底入れを受けて、エネルギー価格が大きく上振れしたため、中銀は一昨年3月に利上げ実施に動くなどコロナ禍対応を目的とする金融緩和からの正常化に舵を切った。その後も、昨年はウクライナ情勢の悪化を受けて幅広く商品市況が上振れするとともに、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨レアル安が輸入インフレを招いたため、中銀は物価と為替の安定を目的に断続的、且つ大幅な利上げに動いた。こうした物価高と金利高の共存は景気に冷や水を浴びせる懸念が高まったことを受けて、政府は様々な財政出動による景気下支えに動いたものの、そうした対応は反ってインフレ昂進を招いた。ただし、インフレ率は昨年半ばにかけて高止まりしたものの、ボルソナロ前政権がガソリン価格の引き下げを目的とする国営石油公社への人事介入など強硬策も辞さない動きをみせ(注1)、インフレ率は頭打ちの動きを強めている。これを受けて、中銀は昨年9月に1年半に及んだ利上げ局面の休止に動いたほか、その後は今年1月に発足したルラ政権の政策運営が物価に与える影響を注視する姿勢を維持してきた。さらに、その後もインフレ率は商品市況の上振れの動きが一巡しているほか、国際金融市場における米ドル高の一服も重なり頭打ちの動きを強めており、中銀が高金利政策を維持したことによる実質金利の高止まりを好感したレアル相場の上昇もインフレ圧力の後退を促している。一方、インフレ率が低下していることを受けて、ルラ政権からはルラ大統領を中心に中銀に対して利下げ実施を要求するなど『圧力』を強め中銀の独立性が危ぶまれる動きがみられた(注2)。なお、足下のインフレ率はインフレ目標(3.25±1.50%)の範囲内に収まる一方、コアインフレ率は頭打ちの動きを強めるも依然目標を上回る推移が続くなどインフレ収束にはほど遠い状況にあり、ブラジル中銀は伝統的に『タカ派』姿勢をみせるなかで政権と中銀の間で様々な対立が表面化している。先月に政府は中銀の金融政策担当理事として財務省の筆頭次官を務めたガブリエル・ガリポロ氏を指名しており、ルラ大統領やアダジ財務相の意向を反映した政策運営に舵を切るための『外堀を埋める』動きもみられる。こうしたなか、中銀は20~21日に開催した定例会合において政策金利(Selic)を7会合連続で13.75%に据え置いて利上げ局面の休止を維持する決定を行っている。会合後に公表した声明文では、同国経済について「想定通りの減速傾向が続く一方、物価動向は足下で低下しているが年後半には上昇が予想される」としつつ、インフレ見通しを「今年は+5.0%、来年は+3.4%」と先月時点(今年は+5.8%、来年は+3.6%)から下方修正している。その上で、先行きの物価動向に対するリスクは上下双方にあるとしつつ、「世界的なインフレ圧力の持続性、新財政規則案を巡る不確実性、インフレ期待の乖離とその持続性」に留意するとの考えを示した。一方、先行きの政策運営については、前回会合まで示してきた再利上げの可能性に関する文言を削除するなど幾分『ハト派』的な姿勢を示しつつ、「現在のシナリオでは金融政策の運営には忍耐と冷静さが求められ、今後の対応はインフレ動向次第」とした上で「ディスインフレプロセスが定着してインフレ期待が目標近傍で抑制されるまでは足下の戦略を維持する」との従来からの考えを改めて強調している。なお、金融市場においては足下のインフレ率が大きく鈍化していることを受けて、早ければ8月の次回会合で中銀が利下げに動くとの見方が出ているものの、今回の会合においては明確なシグナルを示さなかったと捉えられる。足下の同国景気は底打ちが確認されるも、その内容は本調子にほど遠い様子がうかがえるなど(注3)、ルラ政権にとっては景気下支えに向けた動きを強めたいとの思惑がくすぶる。他方、上述のようにコアインフレ率は高止まりしている上、仮に中銀が高金利政策を放棄すれば強含みするレアル相場に調整圧力が掛かり輸入インフレを招く懸念が高まる可能性があり、中銀が慎重姿勢を崩さない一因となっているとみられる。足下の企業マインドはサービス業に底堅さがみられる一方、世界経済の減速懸念を受けて製造業で弱含む推移が続くなど対照的な動きがみられるなか、当面は経済指標の動向や国際金融市場を取り巻く環境など外部要因が左右する展開が続くと予想される。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 レアル相場(対ドル)の推移
図 2 レアル相場(対ドル)の推移

図 3 製造業・サービス業 PMI の推移
図 3 製造業・サービス業 PMI の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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