韓国中銀、新総裁も当面は物価安定重視の「タカ派」姿勢を堅持

~ウォン安圧力がくすぶる一方、物価高と金利高が景気の重石となるなかで政策対応は困難が続く~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では今月、尹錫悦新政権が発足した。尹新政権は、文前政権の社会実験的な経済政策やコロナ禍で疲弊した経済の立て直しを目指す一方、中国経済の減速懸念や北朝鮮の地政学リスクは懸念要因となる。国際金融市場を取り巻く環境が変化するなか、同国ではコロナ禍対応の金融緩和が不動産市況の高騰など副作用を招いており、昨年後半以降中銀は断続的な利上げに動くなど金融引き締めを進めてきた。
  • こうした対応にも拘らず、金融市場環境も影響して通貨ウォン相場は一時コロナ禍後最安値をうかがうなど難しい状況が続く。よって、中銀は26日の定例会合でコロナ禍後5回目の利上げを決定した。外需に不透明感が高まっているが、当面は物価安定に注力する姿勢を強調するなど一段の金融引き締めを示唆する。当面は物価高と金利高の共存が内需の重石となる展開が続くことは避けられないと予想される。

韓国では今月、3月に実施された大統領選で勝利した保守政党の国民の力から出馬した尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が大統領に就任した。同国経済を巡っては、文在寅(ムン・ジェイン)前政権の下で『所得主導成長論』に基づく社会実験的な経済政策が実施されて経済の足かせになったほか、一昨年以降はコロナ禍も景気に冷や水を浴びせる事態に見舞われた。尹政権は文前政権の『失敗』を教訓に経済成長を重視する経済政策への巻き戻しを主張するなど、疲弊した同国経済の立て直しを重視する姿勢をみせている。他方、足下の同国を巡っては、最大の輸出相手である中国が当局による『ゼロ・コロナ』戦略が足かせとなる形で景気減速懸念が高まるなど外需の不透明感が高まっているほか、隣国北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)の試射を繰り返す『挑発』を強めるなど地政学リスクが懸念される動きもみられる。こうしたなか、国際金融市場においては欧米など主要国を中心に世界経済の回復が続く一方、ウクライナ情勢の悪化を契機とする供給懸念も重なり幅広い商品市況が上振れするなかで世界的なインフレが警戒されており、米FRB(連邦準備制度理事会)を中心に主要国中銀はタカ派傾斜を強めている。こうした事態を受けて経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国では資金流出に直面する動きがみられるなか、韓国については足下の経常収支は黒字幅が拡大している上、外貨準備高もIMF(国際通貨基金)が示す国際金融市場の動揺に対する耐性を示す『適正水準』を維持するなど対外収支は堅牢と判断出来る。他方、韓国では一昨年来のコロナ禍対応を目的に財政及び金融政策の総動員による景気下支えが図られたが、その後は金融市場の『カネ余り』や低金利環境を受けて首都ソウルを中心に不動産市場への資金流入が活発化して市況のバブル化が懸念された。さらに、不動産市況が活況を呈する背後で家計部門の債務残高は膨張の度合いを強めて過剰感が増すなど金融市場のリスク要因となる懸念が高まるとともに、不動産価格の高騰は政治問題化して文前政権や当時の与党である左派の共に民主党にとって逆風となる事態に発展した。こうした問題に対応すべく、中銀は昨年8月に2年9ヶ月ぶりの利上げ実施に動いたほか(注1)、その後の景気は一進一退の動きをみせたにも拘らず昨年11月(注2)、今年1月(注3)と立て続けに利上げ実施に動いてきた。なお、中銀総裁人事を巡っては3月末に李柱烈(イ・ジュヨル)前総裁が任期満了を迎えて4月1日から空位となっていたものの、文前政権は後任総裁にIMFのアジア太平洋局長であった李昌鏞(イ・チャンヨン)氏を指名した。ただし、新総裁の就任前に開催された4月の定例会合でも中銀は追加利上げを決定するとともに、政策委員はタカ派姿勢への傾斜を強めることで物価抑制を強める姿勢を示した(注4)。

こうした状況にも拘らず、国際金融市場においては同国の通貨ウォン相場は調整の動きを強めて一時コロナ禍後の最安値をうかがう水準となるなど、商品市況の上振れがインフレを招くなかで輸入物価の押し上げがインフレ昂進に繋がることが懸念された(注5)。よって、中銀は26日に開催した新総裁就任後初の定例会合において政策金利を25bp引き上げて1.75%とするコロナ禍以降で5度目となる利上げ実施を決定した。会合後に公表された声明文では「インフレ圧力は極めて高止まりしている」ほか、「韓国経済は回復が続いているが、輸出は弱含む可能性が高まっている」との認識を示した。また、「家計債務はわずかに拡大が続くなかで不動産価格は安定している」としつつ、政策運営を巡って「景気と物価の動向、金融不均衡の動向、地政学リスクを注視する必要はあるが、しばらくは物価安定に注力することは当然」との見方が示された。そして、会合後に記者会見に臨んだ李新総裁は今回の決定について「全会一致」とした上で、「向こう数ヶ月は物価安定に注力すべき」との見方を示す一方、「世界需要の鈍化は輸出の重石になるが、設備投資需要の拡大や家計消費の改善は景気の上振れリスクになる」との認識を示した。その上で「インフレ率は早晩5%を上回るが、年後半にはピークアウトする」との見通しを示した。足下ではウォン安の一因となってきた『米ドル高』の動きに一服感が出ていることでウォン安圧力は後退する動きがみられるものの、幅広く国際商品市況の上振れが続くなかで主要国中銀のタカ派傾斜は続く可能性はくすぶっているほか、北朝鮮を巡る地政学リスクも警戒されるなかでウォン安傾向が続くことは考えられる。さらに、昨年後半以降の金融引き締めを受けて市中金利は上昇の動きを強めており、当面は一段の金融引き締めに動く可能性を示唆していることを勘案すれば、金利が上振れして家計消費や企業部門による設備投資意欲を削ぐことも考えられる。中銀は足下のインフレ加速を反映して今年のインフレ見通しを+4.5%と従来見通し(+3.1%)から上方修正する一方、経済成長率見通しを+2.7%と従来見通し(+3.0%)から下方修正した。当研究所は最新の経済見通しにおいて今年の経済成長率を+2.7%と中銀見通しと同じ水準に留まるとみており(注6)、当面の景気は力強さを欠く展開が続くと予想する。

図 1 ウォン相場(対ドル)の推移
図 1 ウォン相場(対ドル)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

図 3 3年債利回りの推移
図 3 3年債利回りの推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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