チリ、オミクロン株対策として4回目のブースター接種を開始

~政府の役割とは「可能な選択肢を提示すること」であることは間違いない~

西濵 徹

要旨
  • 南米チリでは、先月の大統領選決選投票で自由貿易協定の見直しや大きな政府への経済政策の転換を主張した左派のボリッチ氏が勝利した。他方、同国は全方位外交を追い風にワクチン調達を積極化させるなど「優等生」と称されるとともに、昨年後半以降の感染動向は落ち着いた推移が続いた。しかし、オミクロン株による感染再拡大の兆候がみられるなか、政府は今月10日から免疫不全の人を対象に4回目の追加接種を開始した。短期間での追加接種には警鐘を鳴らす動きがみられる一方、残りの任期が2ヶ月程度となるなかでもピニェラ政権としては新型コロナ禍対応で「可能な選択肢を提示している」と捉えることが出来よう。
  • なお、3月にボリッチ次期政権が発足するが、その船出は安泰にはほど遠い状況にある。中南米では新型コロナ禍対応が一巡する一方で物価対応を迫られる動きがみられるが、チリ中銀も断続的な利上げ実施を迫られている。次期政権の政策運営を警戒した通貨ペソ安の進展も重なり、インフレ率は加速の動きを強めている。ボリッチ氏は選挙戦終盤で中道派を意識した動きをみせたが、政策運営については不透明感が残る。次期政権にとっては「やるべきことを着実にこなす」ことの必要性がこれまで以上に高まっていると言える。

南米のチリでは、先月実施された大統領選の決選投票において学生運動出身で左派政党の社会融合党から出馬したガブリエル・ボリッチ氏が勝利した(注1)。ボリッチ氏は昨年実施された制憲議会選挙において左派が大躍進を果たす『立役者』となったほか、大統領選を通じて教育や医療、年金など社会保障を全面的に充実させるなど『大きな政府』への転換のほか、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)をはじめとする自由貿易協定の見直しを主張した。同国は、ピノチェト元政権下で制定された現行憲法の下で『小さな政府』を志向する新自由主義的な経済政策に加え、自由貿易協定を前提とする『全方位外交』を国是としてきたが、中南米で広がる『左派ドミノ』の動きが同国にも及んだ格好である。他方、同国では一昨年以降の新型コロナ禍に際して、全方位外交を背景にワクチン確保を積極化させた結果、比較的早い段階で国民の大宗がワクチンへのアクセスを確保するなどワクチン接種の『優等生』となってきた。結果、同国では昨年前半にかけて新規陽性者数が再拡大する動きがみられたものの、後半以降は比較的落ち着いた推移が続いたほか、昨年9月末に非常事態宣言を終了させるなど経済活動の正常化に向けて舵が切られてきた(注2)。なお、今月11日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は86.64%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も90.56%と世界的にみても極めて高水準となっている。その一方、同国はワクチン接種が比較的早期に接種が開始されたことを受けて、昨年8月から3回目のブースター接種(追加接種)が開始されており、今月11日時点における追加接種率は60.55%に達するなど、ブースター接種も着実に進展してきた。他方、足下では昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)による感染拡大の動きが世界的に広がりをみせるなか、先月には同国でもオミクロン株の感染が確認されるとともに、新規陽性者数が再び拡大する兆しをみせている。こうしたことから、同国政府は今月10日から免疫不全の人を対象に4回目のブースター接種を開始しており、来月7日からは55歳以上の人に対象を広げるなど、ワクチン接種を通じた感染対策を強化する考えを示している。4回目のブースター接種が開始されるはイスラエルに次ぐ2ヶ国目であり、全方位外交を背景にワクチン調達を積極化させてきたことの証左と捉えられる。他方、EU(欧州連合)の欧州医薬品庁(EMA)は短期間で繰り返しブースター接種を行うことに対する悪影響に警鐘を鳴らす動きをみせており、その警鐘については一考する余地がある。その一方、チリ政府による対応はあくまで新型コロナ禍対応として「可能な選択肢を提示したもの」と捉えることが出来るなど、残りの任期が2ヶ月余りとなるなかでもピニェラ政権はやるべきことを着実にこなしていると言える。

図 1 チリ国内のワクチン接種率の推移
図 1 チリ国内のワクチン接種率の推移

図 2 チリ国内における感染動向の推移
図 2 チリ国内における感染動向の推移

上述の大統領選の結果を受けて、3月にボリッチ氏は正式に大統領に就任するとともに、同国史上最年少の大統領が誕生するが、その船出は決して安泰とは言いがたい状況が予想される。同国をはじめとする中南米諸国においては、昨年後半以降に新型コロナ禍対応が一服する動きがみられる一方、原油をはじめとする国際商品市況の上昇などを追い風とするインフレ懸念への対応が迫られる難しい状況に直面している(注3)。チリにおいても、ワクチン接種の進展を追い風とする経済活動の再開が進むとともにインフレ圧力が顕在化していることを受け、中銀は昨年7月に2019年1月以来となる利上げ実施を決定したほか、その後も9月、10月、12月と断続的に利上げ実施に動くとともに、10月及び12月については利上げ幅を125bpとするなど引き締め姿勢を強めている。こうした状況にも拘らず、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)の『タカ派』傾斜による米ドル高の動きが重石となるとともに、大統領選でのボリッチ氏勝利により次期政権の下で政策転換がなされるとの懸念が嫌気される形で通貨ペソ相場に下押し圧力が掛かり、輸入物価が押し上げられる形でインフレ率は加速の動きを強めている。足下においては、オミクロン株が世界的に感染拡大の動きを強めている一方、欧米など主要国を中心に『ウィズ・コロナ』戦略を維持するなど世界経済の回復が期待されるなかで国際商品市況は堅調な推移をみせており、ペソ相場を巡っては主力の輸出財である銅価格の動向に連動しやすいなかで底打ちする動きがみられる。また、ボリッチ氏は大統領選の決選投票に向けて『中道派』の票を取り込むべく、自由貿易協定に対する一方的な変更はしないと主張のトーンを弱めたほか、財政規律を維持する一方で富裕層や鉱山企業を対象とする増税策についても微修正を行うなど、中南米において『左派ドミノ』とともに広がる『資源ナショナリズム』に対する警戒感に一定の配慮を示した格好である。ただし、次期政権が発足した後については、依然として如何なる政策運営が行われるかは不透明な状況にある上、周辺国では左派政権が現実主義的な対応に舵を切った後に内部闘争が激化する動きがみられることを勘案すれば、現時点において過度な楽観は禁物と捉えられる。さらに、足下では感染再拡大の兆しが出るなかで底入れを強めてきた人の移動に下押し圧力が掛かる動きがみられるなど、景気を取り巻く状況が一変する兆候もみられる。その意味では、3月に誕生するボリッチ次期政権にとっては「やるべきことを着実に実現する」ことの必要性がこれまで以上に高まっていると言えよう。

図 3 インフレ率とペソ相場(対ドル)の推移
図 3 インフレ率とペソ相場(対ドル)の推移

図 4 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図 4 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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