中国経済にとっても「オリパラ」は「鬼門」となるか?

~景気は踊り場状態の上、不透明要因も山積のなか、「ゼロ・コロナ」戦略や環境対策の影響にも懸念~

西濵 徹

要旨
  • 中国では来年2~3月に冬季オリパラが開催される。昨年来の中国は新型コロナ禍により未曾有の景気減速に陥るも、強力な感染対策や政策支援を追い風に急回復した。ただし、年明け以降は散発的な感染確認にも拘らず強力な感染対策が講じられ、景気の足を引っ張っている。また、新型コロナ禍を経て格差問題が注目されるなか、不動産大手のデフォルト懸念を機に金融市場は混乱して足下の景気は踊り場状態にある。
  • 不動産大手のデフォルト問題は一旦収束の兆しをみせるも、過剰債務を抱えるなかで問題はくすぶる。また、不動産市況が頭打ちするなか、当局は市況安定を目指す姿勢をみせる一方で「共同富裕」実現へ不動産税導入に動いており、市況の調整を招くリスクもある。当局が共同富裕を強力に推す背景には、来秋の共産党大会での習近平指導部の円滑な継続があり、若年層を中心に溜まる不満の「ガス抜き」といった側面もある。
  • 他方、冬季オリパラは国威発揚の舞台装置である上、その成功は共産党大会での習近平指導部継続の前哨戦ともなり得る。そのためにも観客動員による開催は不可欠であり、「ゼロ・コロナ」戦略の旗を降ろせないと考えられる。冬季オリパラ開催に向けては工場の操業停止なども予想され、足下で踊り場状態にある上、不透明要因が山積する中国経済にとっての本当の意味での「峠」は冬季オリパラの開催にあると言えよう。

中国では来年2月から3月にかけて首都北京市と隣接する河北省張家口市を会場とする冬季オリンピック及びパラリンピックの開催が予定されており、足下ではオリンピックの開幕まで100日を切るなど目前に迫っている。他方、中国では一昨年末に中部の湖北省武漢市で発見された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が全土に広がり、感染対策を理由とする都市封鎖(ロックダウン)の実施などを理由に深刻な景気減速に見舞われたほか、その後のパンデミック(世界的大流行)で世界経済も未曾有の景気減速に直面するとともに、国際金融市場も大きく動揺する事態に発展した。ただし、中国当局による強硬策が奏功する形で比較的早期に事態収束が図られて経済活動の正常化が進むとともに、財政及び金融政策の総動員による景気下支えの動きも重なり、昨年は多くの国で軒並みマイナス成長を余儀なくされたにも拘らず、中国の通年の経済成長率は+2.3%とプラスを維持することが出来た(注1)。さらに、年明け以降は欧米など主要国においてワクチン接種の進展も追い風に経済活動の正常化が進んでおり、未曾有の景気減速に見舞われた世界経済の底入れが進むなど、中国経済にとっては外需の押し上げに繋がる動きがみられた。他方、当局による強力な感染対策を追い風に中国国内においては感染封じ込めが図られたものの、年明け以降も散発的に市中感染が確認されたため、当局は1年で最も人の移動が活発化する春節(旧正月)連休の人の移動を抑制するとともに、数人の新規感染者の確認に対して数万人を対象に強制的な検査実施のほか、局所的な都市封鎖の再開など行動制限の再強化に動くなど『ゼロ・コロナ』を前提とする感染対策を採ってきた。その後の感染動向は再び落ち着きを取り戻したものの、7月には東部の江蘇省南京市において感染力の強い変異株の市中感染が確認され、その後は旅行者を通じて全国的に感染が再び拡大したため、当局は人の移動が活発化する夏季休暇の時期にも拘らず、人の移動を再び抑制せざるを得ない事態となった。また、当局は実体経済の回復という特殊事情も影響して昨年は財政及び金融政策の総動員による景気下支えを図ったものの、近年の中国においては社会経済格差の拡大が社会問題化するなか、新型コロナ禍を経て貧困層や低所得者層を取り巻く状況は厳しさを増す一方、金融緩和を背景とする『カネ余り』を受けて株式市場や不動産市場などを取り巻く状況は活発化するなど格差の拡大に繋がる動きがみられた。よって、当局は年明け以降、政策支援の度合いを後退させるとともに、カネ余りによる活況が懸念された不動産市場への資金流入の抑制を図るべく事実上の規制強化に動いてきた。さらに、そうした動きを後押しすべく習近平指導部は色々な場面で「共同富裕」というスローガンを強力に押し出しており、なかでも富裕層や企業に対して『自主的な』寄付行為などに基づく分配を事実上強制させることで、社会経済格差の埋め合わせを図る動きをみせてきた(注2)。ただし、いわゆる『リーマン・ショック』をきっかけとする世界金融危機後の中国においては過剰債務が『古くて新しい』問題となってきたなか、事実上の金融引き締めや規制強化を受けて不動産業界では業績が悪化するとともに、業界のなかでもレバレッジ比率が極めて高い不動産大手の恒大集団がデフォルト(債務不履行)に陥るリスクが意識され、社債市場や株式市場を中心に金融市場に混乱が波及する事態となった(注3)。年明け以降の中国経済を巡っては、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復が外需を押し上げる動きが続く一方、上述のように内需を取り巻く環境に様々な不透明感が強まる動きが出ており、頭打ちの動きを強める展開をみせているほか、7-9月の実質GDP成長率は前期比(季節調整値)+0.2%と『踊り場』状態となるなど、昨年の急回復から一転して勢いを失っている様子がうかがえる(注4)。

図表
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なお、中国金融市場の動揺の『引き金』となった恒大集団によるデフォルト懸念を巡っては、支払いが遅れた米ドル建社債の利払いが実施されるなど落ち着きを取り戻す動きをみせているほか、資金繰り懸念を理由に事業が中断していたプロジェクトで建設が再開されるなどの動きがみられる。ただし、同社は今後も巨額の利払いが予定されているほか、年明け以降は元本償還も始まるなど資金繰りを巡る懸念は引き続きくすぶるとともに、資産売却による資金調達を目論んでいたとみられるものの、交渉は円滑に進んでいないとの報道もみられるなど、今後も同社のデフォルトが意識されやすい環境が続くことも懸念される。他方、上述のように年明け以降の中国金融市場は事実上の引き締め状態となってきたほか、規制強化の動きも重なり足下の不動産価格は中古物件を中心に下落する動きが広がっているほか、新築住宅も頭打ちの様相を強めており、不動産を担保とする形で融資を活発化させてきた銀行セクターに悪影響が出ることが懸念される。こうした事態を受けて、当局は一部の大手銀行を対象に今年10-12月の住宅ローンの承認加速を認める姿勢をみせている模様であるが、足下においては地方部を中心に不動産市況が値崩れにも近い動きをみせているなかで効果を上げられるかは不透明である。さらに、当局は『共同富裕』の一環として一部の都市を対象に5年間の時限措置として試験的に土地(使用権)と建物を対象とする不動産税の導入を決定しており、複数の住宅を保有する富裕層などを『狙い撃ち』にした形により、税収増による財政強化に加えて分配機能の強化による格差是正を狙ったものと捉えられる。また、不動産税の導入以外にも、高額所得者を対象に『妥当な形での調節』を目指した税制改革の強化に取り組むほか、貧困層や低所得者層の所得引き上げを目指すべく『パイを分ける』形での社会保障制度の拡充を目指す方針を明らかにしており、共同富裕のなかで謳われる『第二次分配(社会保障制度や税制を通じた分配)』に向けた動きも前進させる模様である。ただし、仮に不動産税の試験的導入の対象地域が想定以上に広く設定されれば、独自財源の乏しさが財政圧迫に繋がる地方政府にとって『打ち出の小槌』となることが期待される一方、急激な需要低下を招くことで不動産市況が圧迫される事態となり、価格上昇を前提に事業を展開してきた不動産セクターの事業モデルが完全に崩れることが予想される。さらに、ここ数年の中国においては企業部門を中心に過剰債務が意識されてきたものの、足下では家計部門においても債務規模が急拡大する動きがみられるなか、その背後で不動産をはじめとする資産投資が活発化してきたことを勘案すれば、市況の低迷はバランスシート調整を通じて財布の紐を固くするリスクも考えられる。このように当局が性急な形で改革の動きを前進させている背景には、来年秋に開催予定の共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会:二十大)において習近平指導部は異例の3期目入りを目指すなか、近年の社会経済格差の拡大に加え、新型コロナ禍を経て最も圧力が掛かっている若年層で当局に対する不満が高まっていることの『ガス抜き』を目指しているとも捉えられる。

図表
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他方、年明け直後に開催予定の冬季オリンピック及びパラリンピックは、当局にとって国威発揚を図る最大の舞台装置であるとともに、その成功は来秋の共産党大会における習近平指導部の任期延長を目指す上でも絶対条件になっていると考えられる。こうしたことは、年明け以降における散発的な新型コロナウイルスの感染拡大に対して、当局が『やり過ぎ』ともみえる感染対策を繰り出すなど『ゼロ・コロナ』戦略の旗を降ろすことが出来ない一因になっているとみられる(注5)。なお、足下においては再び変異株による散発的な市中感染が確認されるなか、当局は地方政府を通じて監視強化の動きを強める要請を出しているほか、国民に対して省をまたいだ移動を控えるよう呼びかけるなど緩やかに行動制限を強化させる動きもみられる。現時点において、冬季オリンピック及びパラリンピックには中国本土に居住する人に限り観客を受け入れる方針が示されており、この実現に向けては如何なる手段を通じても新型コロナウイルスを『封じ込めた』という実績を国内外に示すことにより、新型コロナ禍を経て世界的に疑問が増幅されつつある統治手段及び方法の『正当性』を誇示する狙いもうかがえる。その意味では、来秋の共産党大会に向けた習近平指導部の正当性を誇示する『前哨戦』として、冬季オリンピック及びパラリンピックを観客を入れる形で開催することは必須条件となっていると考えられる。さらに、冬季オリンピック及びパラリンピックは多数の外国メディアによる報道が予定されるなか、近年の中国においてはPM2.5(微笑粒子状物質)をはじめとする大気汚染問題がクローズアップされてきたが、大舞台の実現に向けてこうした問題をクリアにする必要性が高まることも予想される。よって、開催直前にかけて今後は北京周辺において多数の工場が操業停止に追い込まれることも考えられるほか、そうした動きは鉱工業生産をはじめとする経済活動の重石になるとともに、サプライチェーンを通じて世界経済にも少なからず悪影響を与えることも懸念される。その意味では、上述のように足下の中国景気は踊り場状態にある上、不動産市場を巡る不透明感など景気の重石となる材料も山積するなか、当面の中国経済にとっての本当の意味での『峠』はオリパラ開催にあると判断出来よう。ただし、冬季オリンピック及びパラリンピックの開催による実体経済面での効果の大半は開催前の段階において創出されていることを勘案すれば、その後は頭打ちの様相を一段と強めることも考えられよう。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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