習近平指導部が盛んに訴える「共同富裕」の向かう先とは

~社会経済格差の縮小を目指す意図は理解も、疑念を抱かざるを得ない内容も散見される~

西濵 徹

要旨
  • このところの世界経済にとっては変異株による新型コロナウイルスの感染再拡大の動きがリスク要因となるなか、中国も変異株の動向に加え、自然災害の頻発が経済活動を左右している。他方、このところ習近平指導部は今春の全人代で示された第14次5ヵ年計画や長期目標の実現に向け、盛んに「共同富裕」の考えを強調する姿勢をみせる。社会経済格差の縮小を目指す取り組みは理解出来るが、金融市場は当局による民間部門への過度な関与を懸念しており、中国の「異質性」を改めて警戒する向きが強まっていると言えよう。
  • 年明け以降の中国経済は、新型コロナ禍からの回復を目指した政策効果が一巡しており、外需を巡る不透明感も強まっている。さらに、感染再拡大に伴う当局の「ゼロ・コロナ作戦」に加え、洪水など自然災害の頻発も影響して8月の企業マインドは製造業、非製造業ともに悪化しており、なかでもサービス業で悪化が顕著になっている。企業は先行きの見通しについて比較的楽観的な見方を維持している模様だが、そのためには感染収束に加え、自然災害の影響克服が進むことが前提であるなど、不透明な状況にあると判断出来る。
  • 習近平指導部が盛んに共同富裕を訴える背景には、来年秋の共産党大会での政権3期目入りを企図していることがあるが、当面の政策運営についてはこれまで以上に慎重な対応が求められることは間違いない。

このところの世界経済を巡っては、欧米など先進国を中心にワクチン接種の進展などを追い風に経済活動の正常化が進んで景気回復の動きが続く一方、ワクチン接種が遅れている新興国や一部の先進国において感染力の強い変異株による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染再拡大の動きが広がり、行動制限が再強化されるなど好悪双方の材料が混在する展開が続いている。なお、当初における感染拡大の中心地となった中国では、その後に事実上の都市封鎖(ロックダウン)の実施や徹底した検査を通じた感染経路の特定といった取り組みが奏功して市中感染が抑えられるとともに、財政及び金融政策の総動員や世界経済の回復による外需の押し上げも相俟って景気の底入れが進んだ。なお、上述のように変異株による感染再拡大の動きが広がりをみせるなか、中国では中国製ワクチンの接種拡大を進める一方で市中感染が確認されると、数人の新規感染者の確認に対して1万人以上を対象に強制的に検査を実施するなど『ゼロ・コロナ作戦』を目指す対応をみせてきた。さらに、7月には同国東部の江蘇省南京市で変異株による市中感染が確認され、その後は旅行者などを通じて全国的に再び感染が拡大する動きがみられたため、当局は観光施設や集客施設の管理強化のほか、大規模イベントの開催中止に加え、部分的に都市封鎖の再開や行動制限の再強化を図る動きをみせている。年明け以降の中国景気を巡っては、新型コロナ禍からの景気回復を目指した政策支援の効果が一巡する動きがみられるなか、上述のように感染再拡大を懸念した行動制限の再強化の動きのほか、7月以降は内陸部の河南省における記録的大雨に伴い大洪水被害が発生するなど自然災害も幅広く経済活動に悪影響を与えることが懸念される。他方、今春に開催された全人代(第13期全国人民代表大会)においては今年から始まる第14次5ヵ年計画(十四五)と2035年までの長期目標が集中討議され、中長期を見据えて経済の安定を目指すことが示されるとともに、共産党が掲げる長期的な執政目標のひとつである「社会主義現代化の実現」に向けた一歩を着実に歩む方針が掲げられた。改革開放路線が採られて以降の中国においては、『先富論』により経済成長の実現を目指す姿勢が採られたものの、社会経済格差の拡大が社会問題化したことを受けて『和諧社会』を目指すなど修正が図られる一方、その後も社会経済格差は拡大の一途をたどる展開をみせている。さらに、昨年来の新型コロナ禍や当局による『ゼロ・コロナ』を目指した対応は貧困層や低所得者層など社会的弱者を直撃していることを受けて、習近平指導部はこのところ格差是正に向けてあらゆる場面で『共同富裕』というスローガンを全面に押し出す姿勢をみせている。なお、この『共同富裕』というスローガンそのものは毛沢東時代にも謳われたほか、1980年代半ば以降も当時の鄧小平指導部の下でも度々引用された概念であるなど必ずしも新しいものではない。ただし、当時は先富論により生じた社会経済格差の縮小を図るべく市場メカニズムの導入を積極化するといった文脈で用いられてきた。なお、習近平指導部が掲げる共同富裕は、自身が2017年に掲げた政治思想(習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想)の実現を図るべく、経済の『パイ』の拡大を実現しつつ市場メカニズムを通じた分配(第一次分配)に加え、社会保障や税制などを通じた分配(第二次分配)と『自主的な』寄付行為などに基づく分配(第三次分配)の強化を通じて経済成長の恩恵のすそ野を広げることを目指しているとしている。習近平指導部は第三次分配について、あくまで『自主的な』ものとした上で、富裕層に対する『懲罰』を意図したものではないとの考えをみせるものの、このところの中国ではIT関連企業に対する党及び政府の関与が強まるなか、企業が相次いで貧困層支援を表明するなど事実上の強制化を招いている。さらに、第二次分配のなかで掲げられた教育の非営利化などに伴う唐突な制度変更の動きを受けて株式市場は動揺する動きをみせるなか、習近平指導部は金融リスクの抑制を図るとの考えをみせているものの、当局による透明性の低い政策運営はその対象セクターを中心に株価の重石となる展開が続いている。今後も企業による当局への『忖度』の動きが広がることも予想されるなか、そうした状況が金融市場の混乱を招くとともに、そうした企業行動に『歪み』を与える動きは近年の中国の経済成長の原動力となってきた民間企業の意欲を削ぐ可能性もある。社会経済格差の縮小を目指す動きそのものは極めて望ましいものであるが、習近平指導部が『中国の独自性』を強調すればするほど、その異質性に金融市場が拒否感を示すリスクはこれまで以上に高まっていることを認識する必要があろう。

図表
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なお、上述のように年明け以降の中国経済を巡っては、新型コロナ禍からの回復を目指した政策効果が一巡しているほか、ここ数年に亘り中国経済の不透明要因となってきた米国をはじめとする主要国との関係悪化の動きなどが重石となる動きがみられた。さらに、足下ではアジアをはじめとする新興国で変異株による感染再拡大の動きが経済活動の足かせとなるなど、サプライチェーンを通じて中国にも影響が及ぶ可能性が高まっている上、同国内でも市中感染が確認されているほか、相次ぐ自然災害の発生も景気の重石となることが懸念されている。事実、31日に政府(国家統計局及び物流購買連合会)が公表した8月の製造業PMI(購買担当者景況感)は50.1と18ヶ月連続で好不況の分かれ目となる水準を上回っているものの、前月(50.4)から▲0.3ptと5ヶ月連続で低下するなど頭打ちの動きを強めている。足下の生産動向を示す「生産(50.9)」は前月比▲0.1pt低下するなど減産の動きを一段と強めているほか、先行きの生産に影響を与える「新規受注(49.6)」は同▲1.3pt低下して18ヶ月ぶりに50を下回る水準となっているほか、「輸出向け新規受注(46.7)」も同▲1.0pt低下して4ヶ月連続で50を下回る水準に留まるなど、内・外需双方で下押し圧力が強まっている様子がうかがえる。このところの中国では、世界経済の回復を受けた原油をはじめとする国際商品市況の上昇が企業部門における物価上昇圧力を招いているものの、当局は製品価格への転嫁を事実上制限する動きをみせており、企業部門にとって業績の圧迫要因となる展開が続くなか、足下では原油価格の調整を受けて「購買価格(61.3)」は前月比▲1.6pt低下している。一方、原材料価格の低下に加え、家計部門の財布の紐の固さを反映して価格競争が激化していることを受けて「出荷価格(53.4)」も前月比▲0.4pt低下しており、当局による事実上の規制の動きも相俟って価格転嫁は難しい状況が続いている。さらに、足下において減産圧力が強まる動きがみられるほか、内・外需双方で受注に下押し圧力が掛かるなど減産の動きが進むと見込まれることを反映して「購買量(50.3)」は前月比▲0.5pt低下して18ヶ月ぶりの低水準となるなど、中国への輸出依存度が高い国々に影響が波及する動きもみられる。なお、減産の動きが広がっているにも拘らず「雇用(49.6)」は前月比±0.0ptと横這いで推移しているものの、引き続き50を下回る水準に留まるなど調整圧力がくすぶるとともに、家計消費など内需の重石となる可能性がある。企業規模別では、「大企業(50.3)」や「中堅企業(51.2)」に底堅さがみられる一方で「中小企業(48.2)」の弱さが際立つなど対照的な動きがみられるなか、先行きに対する見通しは比較的楽観的な見方を示しているものの、その行方は感染動向や自然災害の影響如何の状況にあると判断出来る。

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一方、製造業に対して非製造業は比較的堅調な動きをみせてきたものの、8月の非製造業PMIは47.5と前月(53.3)から▲5.8ptと大幅に低下して18ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる50を下回る水準となるなど、急速に企業マインドが悪化している様子がうかがえる。足下の経済活動に大きく下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、先行きの経済活動に影響を与える「新規受注(42.2)」は3ヶ月連続で好不況の分かれ目となる50を下回る水準に留まるとともに前月比▲7.5ptと大幅に低下している上、「輸出向け新規受注(43.9)」も5ヶ月連続で50を下回るとともに同▲3.8ptとともに大きく低下しており、製造業と同様に内・外需双方で受注動向が急速に悪化している。足下において国際商品市況が調整していることを反映して「購買価格(51.3)」は前月比▲2.2pt低下しており、企業部門の業績圧迫に繋がってきた動きは後退しているものの、「出荷価格(49.3)」は同▲2.0pt低下するなど価格競争の激化の動きを受けて製品価格に下押し圧力が掛かる動きもみられるなど、業績面では厳しい状況が続いていると捉えられる。なお、業種別では「建設業(60.5)」は前月比+5.0pt上昇するなど堅調な動きをみせており、当局による規制強化の動きにも拘らず、大都市部などを中心に住宅需要が旺盛な動きをみせていることが影響している可能性がある。その一方、「サービス業(45.2)」は前月比▲6.3pt大幅に低下して50を下回る水準となるなど対照的な動きをみせており、上述のように変異株の流入による感染再拡大の動きが広がるなか、当局が『ゼロ・コロナ作戦』を展開していることが影響して運輸関連、観光関連、飲食関連、文化・スポーツ・娯楽関連といった接触型サービス業で総じてマインドが大きく悪化している。ただし、新型コロナ禍を経て需要が拡大している通信関連、放送関連などは堅調な動きをみせており、新型コロナ禍の影響が再び顕在化している様子がうかがえる。特に、8月は夏季休暇の時期が重なったにも拘らず多くの地域で行動制限が強化されたこともあり、過去数ヶ月については行動制限の緩和を受けた国内旅行の活発化などが追い風になる動きがみられたにも拘らず、感染動向の悪化や自然災害の頻発によって状況が一変したと捉えられる。こうした状況を反映して「雇用(47.0)」は引き続き好不況の分かれ目となる50を下回る水準で推移している上、前月比▲1.2pt低下するなど調整圧力が一段と強まるなど、家計消費など内需の重石となることは避けられない。なお、サービス業では夏季休暇が『期待外れ』の結果となったことを受けて、来月末以降の中秋節及び再来月初めの国慶節に向けた連休に期待する向きもみられる一方、そうした期待が具現化出来るか否かは感染動向に掛かっていることは間違いない。

図表
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上述のように、習近平指導部が盛んに様々な形で共同富裕を強調している背景には、中長期的な安定成長の実現という目標に加え、来年秋に控える共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会:二十大)において習近平政権の異例となる3期目入りを盤石なものとすることを目指した布石と捉えることが出来る。他方、足下の中国経済を取り巻く状況に不透明要因が山積するなか、当局による民間部門への過度な関与によって経済成長の原動力が弱まる事態となれば、指導部の思惑が大きく外れることも懸念されるだけに、当面の政策運営にはこれまで以上に慎重さが求められることになろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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