ロシア、なりふり構わぬ形で政権基盤を維持も、景気の雲行きに怪しさ

~表面的には政治的な安定維持も、その背後では政府への国民の不満のマグマは溜まっている模様~

西濵 徹

要旨
  • 昨年のロシア経済は新型コロナウイルスのパンデミックの余波を受ける一方、政治の季節が近づくなかで政府は様々な国威発揚を図ってきた。さらに、野党指導者の逮捕・拘束や活動制限に動く一方、政権支持率が低下するなかで財政出動を通じて「票集め」にまい進するなど、政権維持になりふり構わぬ動きをみせた。
  • 連邦議会下院総選挙ではプーチン政権を支える与党・統一ロシアが議席数を減らすも、絶対安定多数を維持した模様である。比例での得票率は大きく減らすも、野党候補の立候補禁止などにより小選挙区で議席を確保した。結果、政権基盤は安定が図られる一方、国民の間に不満がくすぶる動きもみられ、今後は締め付けを強めると見込まれるほか、プーチン氏は2024年の次期大統領選出馬への足固めを強めるであろう。
  • 昨年後半以降のロシア経済は外需を取り巻く環境が改善しており、年明け以降は感染一服も追い風に内需も底入れしている。4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+14.57%と4四半期連続のプラス成長となったが、インフレの加速を受けて中銀は金融引き締めの度合いを強めているほか、感染再拡大による影響も顕在化するなど、足下では幅広く企業マインドが下押しされるなど景気の雲行きは急速に怪しくなっている。
  • 感染動向の悪化が続く背景には、同国はワクチン開発国ながら国民の間に疑念がくすぶるなかでワクチン接種が進んでいないことがある。プーチン大統領は国民にワクチン接種を呼び掛けるほか、事実上の接種義務化などの動きもみられるが、政府の旗振りにも国民が踊らない実情がうかがえる。総選挙で与党は政権基盤を維持出来たが、国民の間には着実に政府に対する不満のマグマは溜まっていると判断出来よう。

昨年来のロシア経済を巡っては、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)により輸出の4割強を占めるEU(欧州連合)経済が深刻な景気減速に見舞われたほか、主力の輸出財である原油及び天然ガスをはじめとする国際商品市況の調整も景気の足かせとなる事態に直面した。さらに、同国内においても感染拡大の動きが広がったため、政府は感染対策を目的に感染拡大の中心地となった主要都市において外出禁止措置が採られるとともに、罰則導入による規制強化が図られるなど幅広い経済活動に悪影響が出た。結果、昨年はプーチン大統領の再選から丸8年となるとともに、今年には総選挙が開催されるなど『政治の季節』が近付いているにも拘らず、政権支持率は依然高水準ながら過去最低を更新するなどプーチン政権は厳しい環境に直面してきた(注1)。こうしたことから、政府は昨年後半以降に感染収束にほど遠い状況ながら感染抑制から経済再開に舵を切った上で、軍事パレードの実施や憲法改正に向けた国民投票の実施など『国威発揚』に繋がるイベントを相次いで実施(注2)、憲法改正を通じてプーチン氏は2024年の次期大統領選への出馬が可能となる事実上の『永世大統領』化に道を拓くことで政治の季節を前に政治基盤の盤石化を目指す動きをみせた(注3)。さらに、政府は総選挙で『台風の目』となることが懸念された野党指導者のナワリヌイ氏の身柄を拘束するとともに、同氏の支持者を多数拘束するなど強硬姿勢をみせるとともに(注4)、その後もナワリヌイ陣営による政治活動を違法と認定した上で関係者の総選挙への立候補を禁止したほか、政権に批判的なメディアや非政府組織(NGO)などの活動も制限するなど締め付けの動きを強めた。また、財政健全化を目的に2018年に実施された年金改革(支給年齢の引き上げなど)が政権支持率の低下の一因となるなか、足下では世界経済の回復に伴う国際原油価格の上昇などによりインフレが顕在化しており、中銀は物価抑制に向けて利上げを余儀なくされていることを受けて、政府は総選挙を前に年金受給者や軍関係者を対象に『物価対策』を名目に一時金の支給実施を決定したほか、子育て世代に対する支援拡充、医療インフラや地方の生活インフラの近代化など財政出動を通じて景気下支えを図るなど『票集め』にまい進する姿勢をみせた(注5)。このように、プーチン政権及び政権を支える与党・統一ロシアは総選挙での党勢維持を図るべくなりふり構わぬ姿勢をみせてきた。

今月17~19日の日程で実施されたロシア連邦議会下院(国家院:定数450)総選挙においては、議席数は改選前(343議席)から減少するも、与党・統一ロシアによるなりふり構わぬ選挙戦略も影響して、最新の現地報道では議会運営を単独で支配状態に置ける『絶対安定多数』である議会の3分の2(300議席)を上回る324議席を獲得した模様である。なお、直前に行われた世論調査においては、長期政権や欧米などによる経済制裁の影響も相俟って景気低迷が長期化していることへの不満に加え、上述の年金改革なども影響して与党・統一ロシアの支持率は20%台と過去に例をみない水準に低下するなど苦戦が予想されたものの、盤石な政治基盤は維持された。総選挙においては比例代表と小選挙区でそれぞれ225議席が選ばれる上、比例代表分については5%以上の得票をした政党に配分されるなか、開票率99.8%段階において与党・統一ロシアの得票率は49.82%と2016年の前回総選挙時(54.20%)を下回った模様である。ただし、小選挙区においては上述のようにナワリヌイ氏の支持者及び野党関係者の立候補が事実上禁止されるなど締め付けが図られた結果、大半の選挙区で統一ロシアの候補が勝利を収めた模様である。なお、統一ロシア以外の政党では、共産党と左派系の公正ロシアはともに議席数を積み増す見通しの一方、極右政党である自由民主党は議席数を大きく減らす見通しであるが、いずれの党も主要政策ではプーチン政権の方針に追随する傾向があることを勘案すれば、議会の趨勢が大きく変わる状況にはない。他方、今回の総選挙に初挑戦した中道右派の新党(新しい人々)は13議席を獲得する見通しであるが、実態としてプーチン政権を支持するなどリベラル派の『票割れ』を目的とする政党と見做されており、その意味でも改選後においても議会内の状況が大きく変わる可能性は低いと見込まれる。このように表面的には圧倒的多数がプーチン体制を支持する構造が維持されているものの、与党・統一ロシアの得票率は低下するなど与党及び政権に対する不満は着実に溜まりつつある様子がうかがえるなど、今後も政権は政策を通じて『ガス抜き』を図る一方で、政府に対する反発への『締め付け』を一段と強めることが予想される。さらに、与党は議席数を減らすも政権基盤の維持が図られたこともあり、プーチン氏は今後2024年の次期大統領選での出馬に向けた足固めを強めていくと考えられる。

図 1 国家院の党派別獲得議席数(見通し)
図 1 国家院の党派別獲得議席数(見通し)

なお、昨年後半以降の世界経済は欧米や中国など主要国を中心に回復の動きを強めているほか、原油や天然ガスをはじめとする国際商品市況も上昇するなど、ロシア経済にとっては景気回復の追い風となり得る動きがみられた。他方、昨年末にかけては同国においても感染力の強い変異株による感染が再拡大する『第2波』が顕在化する事態となったものの、年明け以降は新規陽性者数が鈍化するなど感染動向が改善したことを受けて、経済活動の正常化が図られるなど景気の底入れが促される動きに繋がってきた。事実、4-6月の実質GDP成長率は前年比+10.47%と昨年の新型コロナ禍を受けた下振れの反動も影響して5四半期ぶりのプラス成長となっている上、プラス幅も大幅に上振れしているほか、前期比年率ベースでも+14.57%と4四半期連続のプラス成長となり、前期(同+3.95%)から伸びが加速するなど底入れの動きを強めている。さらに、実質GDPの水準も新型コロナ禍の影響が及ぶ直前の一昨年10-12月と比較して+3.1%程度上回るなど、マクロ面では新型コロナ禍の影響を完全に克服したと捉えられる。他方、景気は底入れの動きを強める背後でインフレが顕在化していることを受けて、中銀は3月に2年強ぶりとなる利上げ実施に動き、新型コロナ禍を経て緩和の動きを強めたスタンスも「中立的」にシフトさせるなど金融政策の正常化に舵を切っているほか(注6)、今月の定例会合においても5会合連続の利上げ実施に動くなど金融引き締めの度合いを強めている。ただし、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回る水準で推移している上、加速の度合いを強める展開が続いており、中銀は定例会合における利上げ実施後も追加利上げの検討を進めるとともに、大幅利上げも辞さない考えをみせるなど正常化の加速化を模索する考えをみせている。このようにインフレの加速化による実質購買力への下押し圧力が懸念される上、中銀による金融引き締めの加速化の動きは家計消費や企業部門による設備投資など内需の重石となることは避けられないなか、6月以降は首都モスクワなど大都市部を中心に変異株の流入による感染再拡大の動きが広がり、事実上の都市封鎖(ロックダウン)をはじめとする行動制限が再強化されるなど、景気に冷や水を浴びせる可能性が高まっている。事実、年明け以降は感染動向の改善も追い風に底入れしてきた企業マインドは足下で一転頭打ちの動きを強めており、製造業、サービス業ともに好不況の分かれ目となる水準を下回るなど、景気減速が意識される状況となっている。なお、足下においては感染再拡大の『第3波』は頭打ちする動きをみせているものの、新規感染者数の水準は引き続き高水準で推移しているとともに、感染拡大の中心地となっている首都モスクワなど大都市部では引き続き人の移動に下押し圧力が掛かる動きが続くなど、景気への悪影響が懸念される展開となっている。

図 2 実質 GDP 成長率の推移
図 2 実質 GDP 成長率の推移

図 3 インフレ率とインフレ目標の推移
図 3 インフレ率とインフレ目標の推移

図 4 製造業・サービス業 PMI の推移
図 4 製造業・サービス業 PMI の推移

ロシア国内における感染動向を巡っては、上述のように新規感染者数は高止まりしているほか、新規感染者数の高止まりを受けて医療インフラに対する圧力が強まる動きが続くなかで死亡者数も拡大の動きを強めるなど感染状況は厳しさを増す展開をみせている。足下における累計の感染者数は727万人強と世界で米国、インド、ブラジル、英国に次ぐ水準である上、累計の死亡者数は41万人弱と米国、ブラジル、インドに次ぐ水準となっており、感染者数に対する死亡者数の比率は他の国々と比較して相対的に高いなど厳しい状況にあると判断出来る。なお、ロシアは世界で初めて新型コロナウイルス向けワクチン(スプートニクV)の生産及び承認が行われるなど、ワクチン生産面では世界でも先行している国のひとつと捉えられるなか、世界的には主要国を中心にワクチン接種の進展が経済活動の正常化を後押ししており、同様の動きが広がることが期待された。しかし、現実にはロシア国内ではロシア製ワクチンのみが接種可能な状況にあるなか、国民の間にはワクチンの有効性に対する疑念がくすぶるなかでワクチン接種を躊躇う動きがくすぶっている。こうしたことから、今月19日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は28.05%、部分接種率(少なくとも1回は接種した人の割合)も32.08%であるなど、ともに世界平均(それぞれ31.76%、43.34%)を下回る水準に留まっている。こうしたことから、プーチン大統領はテレビ演説などを通じて広く国民に対してワクチン接種を呼び掛ける動きをみせているほか、首都モスクワなどでは飲食業やサービス業の従事者を対象に事実上の強制接種に加え、飲食店の利用をワクチン接種済の人に限定するとともに、自動車や住宅など景品の提供を通じた誘導も進められている。こうした取り組みにも拘らず広く国民の間にワクチン接種が進んでいない背景には、政府は様々な形でワクチン接種の加速化による早期の集団免疫獲得に向けた旗振りを図っているものの、このところの政権支持率の低下に現れているように多くの国民が政府を信頼していないことの証左とも捉えられる。こうした状況の一方、上述のように政権及び与党が総選挙で勝利を収めた背景には、過去の政権崩壊後の政治混乱に伴う経済の混乱を忌避する向きも影響しているとみられる一方、政権に対する支持を意味するものではないと捉えることも出来るなど、表面的には政治が安定しているとみえる背後で広く国民の間に不満のマグマは溜まっていると言えよう。

図 5 新型コロナの新規感染者数・累計死亡者数の推移
図 5 新型コロナの新規感染者数・累計死亡者数の推移

図 6 ワクチン接種率の推移
図 6 ワクチン接種率の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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