南アフリカ、新型コロナ禍の最中に政界混乱という新たなリスク

~ズマ前大統領を巡り与党ANCが分裂するリスクも、政界混乱に発展する可能性にも要注意~

西濵 徹

要旨
  • 南アフリカ経済を巡っては、主要国を中心とする世界経済の回復が追い風になると期待される一方、変異株による新型コロナウイルスの感染再拡大の動きが懸念要因となっている。ワクチン接種の遅れも重なり感染動向は急速に悪化しており、政府は行動制限の再強化に動くとともにその延長に追い込まれている。年明け以降の同国経済は底堅い動きをみせてきたが、一転して調整圧力を強める可能性が急速に高まっている。
  • 足下ではズマ前大統領を巡る動きが新たなリスク要因となりつつある。ズマ氏は在職中の汚職容疑で起訴されたが、憲法裁の調査を拒否したため先月末に法廷侮辱罪で実刑判決を受けた。ズマ氏は憲法裁の決定に従い警察に出頭したが、同氏の支持者を中心に反発が強まり一部が暴徒化する事態に発展している。ズマ氏は与党ANCに影響力を有する一方、ラマポーザ現大統領との間で派閥闘争が激化しており、今後は党の分裂や政界再編に発展する可能性も出ており、政界を巻き込む動きに繋がるか否かが注目される。

南アフリカ経済を巡っては、足下の世界経済が欧米や中国など主要国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大が一服したほか、ワクチン接種も追い風に経済活動の正常化が進むなど景気の回復感を強めている。こうした状況を受けて国際商品市況も底入れの動きを強め景気の追い風になることが期待される。他方、新興国を中心に感染力の強い変異株による感染再拡大の動きが広がりをみせるなか、先月には南アフリカにも変異株の流入が確認されるとともに(注1)、その後は1日当たりの新規陽性者数が拡大ペースを強める『第3波』が顕在化しており、新規陽性者数のピークは過去の波に比べて高くなっている。さらに、こうした状況を受けて医療インフラへの圧力が強まるなか、足下では死亡者数が再び拡大ペースを強めるなど感染動向は急速に悪化している。上述のように主要国ではワクチン接種の広がりが経済活動の再開を後押しする動きがみられる一方、世界的にワクチンの需給がひっ迫する状況が続くなかで多くの新興国はワクチン不足に直面しており、南アフリカでは今月11日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は2.29%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は6.38%とともに世界平均(それぞれ12.13%、25.21%)を大きく下回るなどワクチン接種は大きく遅れている。こうした状況も変異株による感染再拡大を招く一因になったとみられるなか、同国政府は先月末に事実上の都市封鎖(ロックダウン)など行動制限の再強化に動いたものの、その後も感染動向が一段と悪化するなかで制限の延長に追い込まれるなど難しい舵取りを迫られている。年明け以降の同国経済は、主要国を中心とする世界経済の回復が外需の追い風になるとともに、同国内での感染動向が落ち着いたことで人の移動が底入れの動きを強めてきたことも相俟って堅調な景気が続いたものの、行動制限の再強化により幅広い経済活動に悪影響が出るとともに長期化も懸念されるなど、景気を巡る状況は一変しつつある。

図表
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こうしたなか、足下の同国ではズマ前大統領を取り巻く状況が新たなリスク要因となりつつある。ズマ前大統領を巡っては、大統領就任以前から様々なスキャンダルが取り沙汰されるとともに、就任以降も様々な汚職疑惑が噴出する事態となり、与党・アフリカ民族会議(ANC)内の派閥争いが激化した結果、2018年に任期満了を前に辞任に追い込まれた経緯がある(注2)。その後は検察による捜査を経てズマ前大統領は16の罪状で起訴されたものの、昨年初めに実施が予定されていた公判前の事前審理に自身の病気に伴う海外療養を理由に出廷しなかったため、憲法裁判所はズマ前大統領に対する逮捕状を発布するなど審理は混乱してきた(逮捕状の執行自体は保留されてきた)。その後も憲法裁判所は、ズマ前大統領に対して在任中の汚職疑惑に関する調査委員会への出頭を命じたものの、ズマ氏は容疑を否認する一方で調査委員会への協力を拒否する姿勢を示してきたため、今年2月に同調査委員会は憲法裁判所に対してズマ氏の収監を求めるとともに、法廷侮辱罪での有罪判決を下すよう求める動きをみせた。憲法裁判所での審理を経て先月末にはズマ前大統領に対して法廷侮辱罪を理由に禁錮15ヶ月の有罪判決を下すとともに、5日以内の警察への出頭を求めたため、今月初めにズマ前大統領は警察に出頭する事態となった。ズマ前大統領の警察への出頭を巡っては、多数の同氏の支持者が逮捕を阻止すべく私邸前に集まる動きがみられたため、混乱に発展することが懸念されたものの、最終的にズマ氏は争うことなく出頭に応じたことも事態収束に向かうかにみられた。しかし、その後はズマ前大統領の支持者を中心にズマ氏の収監に反発する動きが活発化しているほか、最大都市ヨハネスブルクなどでは抗議の動きが過激化して暴動に発展しており、上述のように変異株による新型コロナウイルスの感染再拡大の動きが顕在化するなかで事態が一段と悪化する可能性が懸念される。先月半ば以降の通貨ランド相場を巡っては、米FRB(連邦準備制度理事会)による量的緩和政策の変更検討の動きを反映して米ドル高圧力が強まるなか、新型コロナウイルスの感染再拡大による景気減速懸念も影響して調整の動きを強めてきたが、ズマ前大統領の収監をきっかけにした暴動の動きは不透明感を強める可能性がある。ズマ前大統領については、上述のように与党ANC内の派閥争いが最終的に大統領の座からの陥落に繋がったものの、同氏は国内最大の民族であるズールー出身である上、依然として党内左派を中心に隠然たる影響力を有しており、黒人の貧困層などを中心に根強い人気がある。一方、派閥争いの結果として大統領の座に就任したラマポーザ現大統領は少数民族(ベンダ)出身ながら、マンデラ元大統領の腹心として反アパルトヘイト(人種隔離)政策を支えるとともに、実業界に転じた後に政界に復帰する異色の経歴を有するなど都市部や経済界から支持を集める。ただし、ラマポーザ氏を巡っては『反ズマ』を掲げてANC議長に就任するなど派閥闘争を主導してきたほか(注3)、足下では与党内で汚職疑惑の噴出した幹部を追放して党内権力基盤を強化させており、その対象となってきた党内の『ズマ派』は反発を強める動きをみせている。他方、与党ANC内のゴタゴタや政界を巡る汚職疑惑の噴出も影響して、2019年の前回総選挙では過激な主張を繰り広げる左派・EEF(経済的開放の闘志)が存在感を示したが(注4)、ズマ前大統領はEEFと関係が近いとされるなか、今後は与党ANCの分裂や政界再編の動きに発展するリスクもある。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は全世界的に貧困層や低所得者層などへの経済的圧力を招いており、同国は元々失業率が非常に高いなどの問題を抱えるなか、ズマ前大統領を支持する黒人の貧困層などはラマポーザ現政権への反発を強めており、今後は政界を巻き込む動きに発展する可能性に注意が必要と言える。

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以 上

注1 6月11日付レポート「底堅い景気が確認された南アフリカに新型コロナ禍再燃の兆候

注2 2018年2月15日付レポート「南ア・ズマ大統領がついに「陥落」

注3 2017年12月19日付レポート「南ア、与党ANC議長にラマポーザ副大統領

注4 2019年5月10日付レポート「南ア総選挙、与党ANC過半数を死守も逆風は変わらず

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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