ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

ライフデザイン経営が促す主体的・自律的なキャリアとライフ

~CSR経営から人的資本経営までの経営モデルを振り返る~

鄭 美沙

目次

1. ライフデザイン経営の登場

2025年8月、経済産業省は「ライフデザイン経営」のウェブサイトを開設し、その定義や取り組み事例を公表した。同省によると、ライフデザイン経営とは「社員がキャリアとライフを両立し、充実したライフデザインを実現できる環境を提供することで、人材の能力を最大限引き出し、企業価値向上につなげる経営のあり方」とされる。当研究所が行った調査では、ライフデザインを設計している人ほど生活満足度が高い傾向がみられており(鄭、2025)、その設計・実現を企業が支援することは、個人のウェルビーイングと企業の持続的成長の双方に意義があると考えられる。

一方で、ライフデザイン経営の定義にある「キャリアとライフの両立」は、ワークライフバランスとして長年進められてきたことである。また、その本質は「ステークホルダーへの責任や社会的価値の創出も重視し、その結果として企業価値や持続的成長にもつながる」ということであるが、そうした経営モデル自体には目新しさはない。図表1は、これまで提唱された代表的な経営モデルを整理している。

図表
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既にこうした様々な経営モデルが提唱されてきたなか、なぜさらにライフデザイン経営が打ち出されたのだろうか。経産省が提唱するライフデザイン経営の具体像について、あきらかになっている点はまだ多くない。今後、取り組みの本格化が見込まれることから、本稿ではこれまで提唱されてきた各種の経営モデルを踏まえ、ライフデザイン経営の意義と必要性を考察するとともに、ライフデザイン経営への期待を整理する。

2. 2000年代以前:企業の社会的責任に関する議論が本格化

図表1に基づき、各経営が普及した時代背景や内容をみていく。1990年代は、欧米では人権問題や企業の不正が顕在化した。日本でも環境問題への関心が高まったほか、バブル崩壊後の不正会計など企業倫理の問題が相次いだ。こうした背景から、2000年前後より企業の社会的責任について本格的な議論が進み、「CSR経営」という概念が普及し始めた。

CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)経営とは、経済・社会・環境の3要素を重視する「トリプル・ボトム・ライン」の考えを採用する経営手法である。この時期、企業経営の主軸に積極的に据えられ、大企業を中心にCSR室の設置や社会貢献活動が進められた。一方で課題もあり、経済同友会の「価値創造型CSRによる社会変革(2008年)」によると、「会社としてCSRのメリットを見出せていない」「社員の理解が進まない。当事者意識が低い」「企業本位の取組みであり、社会からの理解を得られにくい」といったことが指摘されるなど、2000年代後半には取組みの停滞や形骸化も生じていた。

3. 2010年代前半:イノベーションを創出する経営モデルの拡大

2010年代前半は、CSR経営に代わりCSV経営が注目されるようになった。CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)経営とは、社会的課題の解決と経済的価値の創造を両立させる経営手法である。関心が高まるきっかけの一つは、リーマン・ショックによる景気後退である。CSR経営の課題であった「会社としてCSRのメリットを見出せていない」状態では、不況期には取組みが縮小される。こうした状況を受けて、CSV経営として、社会課題の解決を本業の枠組みで展開し、持続的に取り組むとともに、そこに新たな事業機会を見出し、社会価値と経済価値の双方を創出することが志向されるようになった。

加えて、同時期は、経済が停滞するなかで従来の成長モデルが見直され、新たな価値創造の源として「イノベーション」が重視されるようになった。たとえば、第4期科学技術基本計画(2011年)では、「科学技術とイノベーション政策の一体的展開」が掲げられている。CSV経営も、社会課題を起点としたイノベーションの促進が期待されたものであった。

同時期に普及し始めた、ダイバーシティ経営と健康経営もイノベーションとの関連が深い。ダイバーシティ経営は、女性をはじめとする多様な人材の活用を通じ、イノベーションを生み出そうとするものである。健康経営も、生産年齢人口の減少や医療費の増加等を背景に推進されたが、企業にとってはイノベーションの源泉となる人材への戦略的な投資でもある。

このように、2010年代前半は景気後退や人口減少など様々な課題をイノベーションで打開しようとし始めた時期であったといえる。

4. 2010年代後半:SDGsの採択を契機としたサステナビリティへの関心増大

2010年代後半の経営モデルに最も影響を与えたのは、2015年に採択された国連の持続可能な開発目標(SDGs)であろう。前身であるミレニアム開発目標(MDGs)と異なり、先進国も対象とされており、目標12「つくる責任つかう責任」をはじめ、企業が取り組むべき課題も明確に示された。さらに、その実現にあたっては、政府や市民社会、民間セクターなど、すべてのステークホルダーの協働への期待も掲げられている。

この時期に普及したサステナビリティ経営やESG経営は「地球や社会全体の持続的な発展」が強調されている。消費者と共創・協働して社会価値向上を目指す消費者志向経営も、SDGsの目標12と密接に関連している。また、パーパス経営の普及のきっかけとなったブラックロックCEOラリー・フィンクの年次書簡(2018年)「A Sense of Purpose」では、「企業が継続的に発展していくためには、すべての企業は、優れた業績のみならず、社会にいかに貢献していくかを示さなければなりません」と述べられている。

すなわち、こうした経営モデルでは、社会的課題の解決と経済的価値の創造を両立させる従来の流れを継承しつつ、SDGsの採択を受け「持続可能性」や「投資家や消費者などのステークホルダーとの協働」がこれまで以上に重視されるようになった。

5. 2020年代前半:主体的・自律的な人材が競争力の源泉に

2020年代になると、ウェルビーイング経営や人的資本経営など、経営モデルの焦点がより「人」に向けられるようになった。背景には、止まらない人口減少に伴う人手不足の深刻化や、AIの台頭により「人間ならではのスキル」が模索され始めたことがある。その結果、企業の競争力の源泉を人材に求める傾向が一層強まったと考えられる。さらに、コロナ禍で、従業員の心身の健康やエンゲージメントの維持、テレワークなど柔軟な働き方が企業の喫緊の課題となったことも、人材を重視する経営を後押しした。

2010年代前半のダイバーシティ経営なども、イノベーション創出に向け人材を重視していたが、それらとウェルビーイング経営や人的資本経営との違いの一つは「主体性・自律性」にある。ウェルビーイング経営に注目が集まったきっかけの一つである、厚労省「雇用政策研究会報告書」では「労働者の主体的なキャリア形成を支援する」と述べられている。人的資本経営を掲げた経産省「人材版伊藤レポート2.0」でも「個人も主体的に、そして自律的に変わり」との記載や、「経営陣は、中長期的な企業価値の向上につなげる観点から Well-being を捉え、(中略)、自律的なキャリア形成の促進等の試行錯誤を重ねる」といったウェルビーイングと自律性をつなげる提言がある。従来の人材を活かす施策は企業の制度整備が中心であったが、それだけでなく従業員一人ひとりの主体性や自律性がより重視されるようになったのである。

たとえば、定型業務をAIが担うなか、人間には創造性や高度な意思決定などが求められる。テクノロジーの活用など新たなスキルを習得するためには自ら積極的に学ぶことが必要である。さらに、テレワークの普及により、周囲の目が届かない環境で成果を出すことも不可欠となる。これらすべてに関わるものが主体性や自律性である。

このように2020年代前半の経営モデルは、人材を競争力の源泉と位置づけることに加え、従業員一人ひとりの「主体性・自律性」を最大限に引き出すことが、企業の持続的成長につながると捉えたものといえる。

6. ライフデザイン経営とは

これまでみてきたとおり、個人と企業双方に価値を生み出す経営モデルは、時代の変化に応じてその範囲や目的、焦点を少しずつ変えながら、進化してきた。こうした流れのなかで提唱されたライフデザイン経営について、詳しくみていこう。

1節で述べたとおり、その定義は「社員がキャリアとライフを両立し、充実したライフデザインを実現できる環境を提供することで、人材の能力を最大限引き出し、企業価値向上につなげる経営のあり方」である(図表2)。経産省によると、企業がライフデザイン支援を行うことで、社員は、働きがいと働きやすさを感じながらキャリアとライフの両立を図ることができ、個人のウェルビーイングの向上とともに、社員の活躍による生産性向上等により企業価値向上にもつながることが期待されている。

図表
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ライフデザイン支援策としては、自由に使える時間の確保に資する家事支援サービスや、キャリアとライフの両立に資する情報提供等を行う「ライフデザインサービス」の普及促進を掲げている。このライフデザインサービスは「個人が人生の計画を主体的・自律的に自己決定しやすくするため、必要・有用な情報や気づきを提供するもの」と定義されており、「主体的・自律的」という視点が取り入れられている。

つまり、これらの定義や解説を踏まえると、ライフデザイン経営は、2020年代に普及したウェルビーイング経営や人的資本経営における主体性・自律性に特にフォーカスし、その具体的なサポートを行うもののように考えられる。経産省のライフデザインサービスのウェブサイトに掲載された取組み事例をみても、働き方改革やキャリア支援など、従来の経営モデルのなかで行われてきた施策と重なるものも多いが、特に従業員の主体的・自律的な行動や取り組み、判断を引き出し、その実現をサポートするものが多く挙げられている。言い換えると、従来の経営モデルは、基本的には経営戦略として企業が主導し、アクションを展開するものであった。一方で、ライフデザイン経営は、経営戦略ではあるものの、よりボトムアップ型である。従業員一人ひとりが自ら考え、実践することが中核となり、企業はあくまでそれをサポートする点が特徴といえる。

7. 普及にあたっての課題と期待

こうした流れを踏まえると、ライフデザイン経営の登場は必然であり、取り組む意義は大きいと考えられる。なぜなら、従業員に主体性・自律性が求められる一方、様々な選択肢が存在するなかで、キャリアとライフを考え選んでいくことは容易ではないからである。実際に、当研究所の調査では「5年後のキャリアプランを描いている」人は約2割にとどまる(注1)。多様な進路や働き方に関する情報や、選択の観点、実現に向けた具体的アプローチなどについて学ぶための支援があれば、より充実したライフデザインを描けるだろう。すなわち、ライフデザイン経営は、ウェルビーイング経営や人的資本経営が重視する主体性・自律性を高める有効な手段となる。

一方で、その普及にあたっては、経営層・従業員双方の理解が課題と考えられる。サステナビリティやウェルビーイングなど、企業はこれまでも様々な概念を経営に取り入れており、それらの浸透が途上であるケースもある。そうしたなかで、新たな経営モデルや言葉を採用するのは慎重になるだろう。従業員にとっても、「ライフデザイン」という言葉の響きから、なぜ会社がプライベートにまで立ち入るのかと拒否感が生じかねない。経産省が今後ライフデザイン経営を推進するにあたっては、その意義が誤解なく共有されるよう、より丁寧な解説が求められる。

モノ・カネ・情報といった他の資本と比較した、人的資本の特徴の一つは多様性と可変性にある。人は一人ひとり得意不得意やキャリア志向は異なり、同じ個人でもライフステージに応じて変わり、成長もしていく。また、近年は女性や高齢者の就業率上昇、副業の拡大などに伴い、個人が複数のアイデンティティを持つことが一般的になりつつある。たとえば、「母であり部長」「会社員でありクリエイター」のように、同じ人が多面的な役割を担い、場面によって優先順位も変化する。こうした複雑で動的な人的資本のマネジメントは容易ではなく、従来の資本管理とは根本的に異なる性質を持つ。ライフデザイン経営には、そうした新たな時代のマネジメントをサポートする役割が期待される。また、先述のとおり、ライフデザイン経営は主体性や自律性を高める手段であり、従業員の具体的な行動を喚起することで人的資本経営やウェルビーイング経営の実効性を向上させる経営である。働き手は、キャリアやライフにおける自己決定を強めるチャンスと捉え、個人の挑戦や価値観を組織の活力につなげる姿勢が求められる。


【注釈】

  1. 「5年後のキャリアプランを描いている」に対して、「あてはまる」「どちらかといえばあてはまる」と回答した合計割合。同割合は、男性では22.9%、女性は17.0%となる。(第一生命経済研究所「第13回ライフデザインに関する調査」2025年)

【参考文献】

鄭 美沙


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

鄭 美沙

てい みさ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: ライフデザイン・ライフコース、金融リテラシー

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