時評『米国雇用統計が羨ましい』

山澤 成康

隣の芝生は青いというが、米国の雇用統計が羨ましい。日本では賃金がなかなか上がらず四苦八苦しているが、米国では賃金が増えている。賃金水準も高い。経済開発協力機構(OECD)によると、国民経済計算などから計算した2020年の米国の平均賃金は、日本の1.8倍である。

ただ、本稿での「羨ましさ」は別の観点からで、統計システムの話だ。雇用統計は、対象月の翌月の第一金曜日に発表される。7月の数値は、8月の初めにはわかる。日本と比べると、約1ヵ月早い。日本の労働力調査は翌々月の初め、毎月勤労統計は翌々月の10日前後である。

彼我の差はどこから来るのだろうか。統計関連の職員数や予算額の違いに加え、デジタル化の違いが大きそうだ。

米労働省のホームページには、事業所調査に関する調査法が書いてある。調査対象企業は、最初の5ヵ月は電話で回答するが、その後インターネット調査に切り替えるのが普通のようである。大企業などでは直接ファイルを送信するシステムもある。

一方で、日本の政府統計はオンライン化が遅れている。郵送調査や調査員調査が中心の統計が多い。完全にデジタル化した方が早くて間違いが少ないのは確かだろう。デジタルトランスフォーメーション(DX)化の違いが統計の速さの違いとなっている。

米雇用統計は発表の仕方も洗練されている。失業率は世帯を調査したもの、雇用者数は事業所を調査したもので、別の調査である。それを一体感のある「雇用統計」として発表している。失業率は、世帯に対する調査なので、ある人がパートタイムの仕事を2つすると、失業者が一人減る。一方で、別々の事業者に勤めるとすると、雇用者は2人増えることになる。こうした違いに留意すれば、同じ統計として発表されることの利便性は高い。

日本では、失業率は労働力調査を作成する総務省、賃金は毎月勤労統計を作成する厚生労働省から発表される。2つの統計は雇用を表すものだが、同じ枠組みで発表しようという試みはない。

統計の速さという意味では国内総生産(GDP)統計も羨ましい。米国に対する羨ましさもあるが、こちらはほとんどの国に対して羨ましく思う。

多くの国のGDP統計は、集計対象期の約30日後に発表される。たとえば、米国の4-6月期のGDPは7月の終わりに発表される。EUやイタリア、フランスなどもこの時期である。一方、日本のGDPは2022年の場合8月15日の予定だ。ぽつんと離れて遅く発表される。

英国は統計改革に熱心で、2018年からGDPを月次で発表している。発表当初は、公表時期が遅かったが、現在では月次GDPにもかかわらず、日本より発表時期が早い。

日本より遅く発表する国もある。オーストラリアは9月初めに発表する予定である。かなり遅いが、支出面、生産面、分配面の3つのGDPが同時に発表される。

山頂に達する道は幾通りもあるように、GDPを集計する方法も幾つかある。消費や投資からみた支出面、産業別に計算した生産面、賃金や企業収益などからみた分配面の三面である。どの面から計算しても等しいので三面等価と呼ばれる。オーストラリアは三面をそれぞれ推計し、これらを平均したものを正式のGDPとしている。さらに、ビクトリア州、クイーンズランド州といった州別GDPも同時に発表される。日本で都道府県別のGDP(県内総生産)が発表されるのは、2年以上先であることを考えると、内容の充実度は桁外れである。

日本の四半期GDPは支出面から推計されたものだ。生産面からのGDPについては公表される見通しで、一歩前に進んだ。一方で分配面からのGDPは年次推計の精緻化が進められてはいるが、四半期公表はまだ先のことである。

今年の夏から冬にかけては、5年に1度の公的統計の基本計画策定期間である。統計制度の改善が進むことを願う。

山澤 成康


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