政府の「成長投資金融戦略」に加えたい視点

~Financial Well-being、デキュムレーション、ガバナンス~

河谷 善夫

目次

1. 評価できる成長投資金融戦略

政府は2026年7月21日、「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」(以下「成長投資金融戦略」)という文書を公表した。これは同日閣議決定された「日本成長戦略」において、「講ずるべき政策パッケージ」と位置づけられたものである。さらに、「骨太方針2026」も同日に閣議決定され、今後の経済・財政・金融政策の基本的方向性が一体的に示された。

本稿では、「成長投資金融戦略」に絞って、この戦略をさらに発展させるために、筆者が必要と考える視点を提示したい。

「成長投資金融戦略」は、岸田政権下で2023年12月に示された資産運用立国実現プランを基礎に、成長投資を支える金融機能の強化へと政策対象を広げたものと理解できる。同戦略は、企業、金融機関、市場、アセットオーナー、家計に加え、金融の新たな基盤となり得るオンチェーン金融までを政策体系の中に位置づけている(資料1)。その上で、各分野における具体的な施策を一体的に整理している点は評価できる。特に企業のガバナンス改革、アセットオーナー改革、オンチェーン金融は今後非常に重要となるテーマである。

図表
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一方、本戦略は、成長投資を支える金融システムの強化という観点に比重が置かれているように見受けられる。これを国民一人ひとりの豊かさにつなげるためには、更に補強が望まれる論点があると考える。また、「成長投資金融戦略」の概念図では、アセットオーナーと家計がともに経済成長の成果を享受する主体として配置されている。しかし、受益者のために専門的に資産を運用するアセットオーナー(注1)と、自らの生活の安定や将来設計のために資産を形成・活用する家計とでは、必要となる政策支援は異なる。家計については、安定的な資産形成に加え、形成した資産をどのように活用するかという視点も必要である。

2. 資産形成の先にあるFinancial Well-being

「成長投資金融戦略」は、「安定的資産形成」までは示している。しかし、家計の金融行動は、資産形成後も、退職移行期から高齢期へと長期間続く。ここで、Financial Well-beingという概念が重要になると考える。Financial Well-beingとは、簡単にいえば「経済的な安心感を持ち、人生を楽しむための選択ができる状態であり、お金に関する不安から解放され、充実した人生を送るための考え方」とされる(村上2023)。とりわけ、高齢期のFinancial Well-beingを支える重要な要素が、デキュムレーションである。デキュムレーションとは、資産形成期に蓄積した金融資産を、退職後の生活設計に応じて計画的に取り崩し、活用していくプロセスを指す。資産寿命に配慮しながら生活の充実を図る上で、欠かすことのできない視点である(資料2)。

図表
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3. ガバナンスは企業だけの問題ではない

「成長投資金融戦略」では、企業のガバナンス改革が大きく扱われている。しかし、市場や幅広い投資家からの信頼を支えるためには、企業のガバナンス改革だけでは十分ではない。例えば、アセットオーナー、金融機関、資産運用会社、中央銀行、政府を含む各主体がそれぞれの役割を果たすためには、実効的なガバナンスの確保が欠かせない。ここでは、専門性、独立性、説明責任、透明性の確保等が重要となる(注2)。つまり、ガバナンスは企業だけでなく、金融システム全体の課題であるといえる。そして、とりわけ公的アセットオーナーや、中央銀行については、制度上期待される役割を果たし、その独立性が市場から信頼されることが、資本市場の安定には不可欠となる。

また、報道機関もその観点では重要な役割を果たさなければならない。個々の発言や市場反応だけでなく、制度上の権限、独立性、意思決定プロセス、説明責任といった背景を丁寧に解説することが、国民の理解を深める上で重要である。シンクタンクにも、事実と制度に基づく冷静な分析が求められる。

4. 成長投資と国民の豊かさを両立するために

以上の問題意識を踏まえ、成長投資金融戦略を国民の豊かさにつなげるための三つの提言を示したい。

提言1:Financial Well-beingを金融分野の重要な政策目標に位置づける

資産保有額やリスク資産比率だけでなく、家計の安心、将来の選択肢、適切な資産活用を政策評価の対象とする(注3)。

提言2:資産形成単独でなくデキュムレーション等その取り崩しについても一体で設計する

政府・金融機関においては、NISA、DC、公的・私的年金、金融商品、助言サービスを、現役期から高齢期までのライフサイクル全体で捉える。

提言3:金融システムを構成する各主体のガバナンスを強化する

企業に加え、金融機関、アセットオーナー、公的機関等についても、専門性、独立性、説明責任、透明性を確保する。

金融庁が資料3で示しているように、金融行政の目的は、企業・経済の持続的成長と、安定的な資産形成等による国民の厚生の増大を両立させることにある。本稿は、この「国民の厚生の増大」という視点から、Financial Well-being、デキュムレーション、ガバナンスという3つの論点を提起したものである。

図表
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成長投資の成果を国民の豊かさにつなげるには、家計のライフサイクル全体を支える政策と、その基盤となる制度への信頼が必要である。この観点から、今後は、Financial Well-being、デキュムレーション、そして金融システム全体のガバナンスという視点を加えることで、「資産運用立国」が国民の豊かさにつながる、より成熟した政策へと発展していくことを期待したい。

以 上

【注釈】

  1. アセットオーナーについては、河谷(2024)を参照されたい。

  2. ここでいう独立性とは、各主体が制度上期待される役割に基づき、短期的な政治的・経済的圧力や特定の利害関係から不当に左右されることなく、専門的かつ中長期的な判断を行えることをいう。主体によってその意味や程度は異なる。

  3. Financial Well-beingについては、家計の金融資産額だけでなく、将来の生活に対する安心感、資産活用の状況、金融サービスへのアクセス等、多面的な指標により評価することが考えられるが、具体的なKPIの設計は今後の課題である。

【参考文献】

河谷 善夫


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。