- Research Report
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2026.08.24
ガバナンス
日本経済
コーポレート・ガバナンス
高市政権
設備投資は増やせばよいのか
~成長戦略時代に問われる「投資ガバナンス」~
河谷 善夫
- 要旨
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- 高市政権の経済政策では「投資」が前面に押し出され、2026年7月に閣議決定された日本成長戦略でも、17の戦略分野を中心に国内投資を拡大する方針が示された。政府は2040年度の国内民間設備投資を年間250兆円程度まで高める経済の姿を描いている。
- もっとも、企業にとって重要なのは設備投資額を単純に増やすことではない。限られた経営資源をどの分野に、どのような目的で配分するかによって、将来の競争力や企業価値は大きく変わる。本稿では設備投資の「中身」に着目し、投資ガバナンスのあり方を考察する。
- DBJの「全国設備投資計画調査」によると、資本金10億円以上の製造業では、設備投資額はコロナ禍後に増加基調となり、2026年調査では2025年度の実績は約7兆円に達した。一方、設備投資額に占める維持・補修の割合は、2011年度の23.9%から2025年度には30.5%へ上昇し、約2.1兆円となった。
- 設備投資の構成は業種によって大きく異なる。素材系では維持・補修の比率が高い一方、新製品・製品高度化や研究開発の比率は低い。加工・組立系では後者の比重が相対的に高く、近年は維持・補修の比重も高まっている。
- 鉄鋼業と輸送用機械製造業を比較すると、2011~2017年度から2018~2024年度にかけて、鉄鋼業では設備投資額が縮小する一方、営業利益率や総資産営業利益率は改善した。輸送用機械製造業では設備投資額が拡大したものの、両利益率は低下しており、投資額の増減だけで投資の妥当性を評価することは難しい。
- 企業には、自社の事業特性、投資目的、成果発現までの時間軸を踏まえ、成長、能力増強、生産性向上、維持・更新、撤退等の間で経営資源を適切に配分することが求められる。経営陣には投資後の成果を検証し次の投資判断につなげることが求められ、取締役会には、資本配分の妥当性や成果検証のプロセスを監督することが求められる。
- 機関投資家にも、設備投資額や成長投資の多寡だけで企業を評価するのではなく、企業ごとの事業特性を理解したうえで、資本配分の妥当性を問う対話が求められる。設備投資額の多寡だけでなく、「経営戦略と資本配分の整合性」を問う対話へ深化させることが重要となる。
- 目次
1.はじめに ~「投資の時代」が始まった~
高市政権の経済政策で「投資」がこれまでになく前面に押し出されている。2026年2月の基本方針では、官民が連携する「危機管理投資」「成長投資」が強い経済実現の柱に位置付けられ、7月に閣議決定された日本成長戦略では、17の戦略分野を中心に国内投資を拡大する方針が具体化された。日本企業がこれまで投資を行ってこなかったということではなく、成長機会を求めた投資が海外に向かってきた面もある。一方、コロナ禍以降、地政学リスクや経済安全保障、サプライチェーン強靱化への対応等から、国内の生産・供給基盤への投資の重要性が改めて高まっている。政府は、成長戦略の実行を通じ、2040年度に国内民間設備投資を年間250兆円程度まで高める経済の姿を描く。もっとも、企業にとって重要なのは、単に設備投資額を増やすことではない。限られた経営資源を何に投じるかによって、将来の競争力も企業価値も大きく変わる。マクロ政策として投資機会を広げる政府と、個社として最適な資本配分を決める企業では、問われる役割が異なる。
本稿では、設備投資の「中身」に着目し、企業価値向上につながる投資と、それを支えるコーポレートガバナンスのあり方を考える。
2.増える設備投資――しかし、その中身は一様ではない
資料1は、日本政策投資銀行(以下「DBJ」)が毎年公表している「全国設備投資計画調査」の2011年度以降のデータに基づき、我が国の資本金10億円以上の製造業企業について、投資動機別投資額の推移を示したものである(注1)。同調査では設備投資の動機を「能力増強」「新製品・製品高度化」「合理化・省力化」「研究開発」「維持・補修」「その他」の6つに分類している。

製造業の設備投資額は、2011年度以降さほど大きくは伸びていないものの、コロナ禍後は増加基調にあり、2025年度実績では約7兆円の規模となった。その中で、維持・補修の割合は2011年度の23.9%から2025年度の30.5%へ上昇し、金額としても約2.1兆円まで拡大している。投資動機別の構成比をみると、維持・補修の比率が上昇する一方、能力増強の比率は低下しており、新製品・製品高度化や研究開発の比率には大きな変化はみられない。
製造業では、新製品・製品高度化や能力増強等、将来の成長に向けた投資に加え、これまで蓄積してきた設備ストックについても、老朽化への対応、安全・品質の確保、省力化、供給能力の維持等のため、継続的な維持・更新投資が必要となる。
3.業種によって異なる設備投資の構成
資料1の製造業をさらに、素材系と加工・組立系に分け(注1)、投資動機別設備投資額の推移を示したものが資料2である。

素材系と加工・組立系では設備投資の構成が大きく異なる。素材系はもともと維持・補修比率が高く、新製品・製品高度化や研究開発の比率が低い。一方、加工・組立系では、新製品・製品高度化、研究開発の比重が相対的に高い。また、維持・補修については、素材系ではもともと高い比重を占めている一方、加工・組立系では近年、金額・比率ともに高まる傾向がみられる。
こうした違いは、各産業の設備特性、製品・技術の変化、競争環境等を反映している可能性がある。DBJ調査からその要因まで特定することはできないが、必要とされる設備投資の内容が産業によって一様ではないことは示唆される。また、素材系で維持・補修が一貫して大きな比重を占め、加工・組立系でも近年その比重が高まっていることは、設備ストックを抱える製造業にとって既存設備の維持・更新が継続的な経営課題であることを示している。
4.設備投資の違いと財務成果―鉄鋼業と輸送用機械製造業の比較
ここでは、前章で確認したように業種によって設備投資の動機別構成が異なることを踏まえ、具体的な業種について、投資構成と財務成果がどのように変化しているかを、財務省「法人企業統計」のデータも用いて確認する(注2)。
素材系製造業として鉄鋼業、加工・組立系製造業として輸送用機械製造業に着目し(注3)、2011~2017年度と2018~2024年度の2期間に分け(注4)、DBJ「全国設備投資計画調査」のデータから、各期間の設備投資額と投資動機別投資割合を確認する。併せて、法人企業統計から両業種の収益性等の財務指標を抽出し、設備投資の状況と財務成果が両期間でどのように変化したかを比較する(資料3)。


鉄鋼業では、設備投資額が縮小する一方、維持・補修の比重は高水準で推移している。ただし設備投資/減価償却費は、いずれの期間においても1を上回り、後半の期間ではさらに上昇している。営業利益率や総資産営業利益率も改善している。なお、こうした変化を評価する際には、産業固有の構造変化にも留意が必要である。鉄鋼業では、脱炭素化への対応として製造プロセスそのものの転換が課題となっており、既存設備の維持・更新に加えて、将来の生産方式を見据えた研究開発・設備投資が必要となっている(注5)。そのため、足元の投資構成や収益性のみから投資の妥当性を判断することはできない。
輸送用機械製造業では、設備投資額が拡大し、新製品・製品高度化や研究開発等への投資比率を高水準で維持している一方、営業利益率、総資産営業利益率はいずれも後半の期間で低下している。もっとも、後半の期間にはコロナ禍や供給制約等の外部環境の変化が含まれる。加えて、電動化や自動運転等、大きな技術変化への対応が進められており(注6)、こうした将来の競争力確保に向けた投資は成果発現までに時間を要する。このため、同時期の利益率のみから投資の成果を評価することには限界がある。
以上の比較から、設備投資の方向性と財務成果との関係は業種によって異なり、投資額の増減だけでその妥当性を評価することは難しいといえる。
5.問われる「投資ガバナンス」
ここでいう「投資ガバナンス」とは、経営陣が経営戦略に基づいて投資の優先順位を定め、投資を実行し、その成果を検証するとともに、取締役会がその意思決定プロセスと資本配分の妥当性、成果検証の状況を監督する仕組みを意味している。前章までの分析から、設備投資の構成は業種によって異なることが確認された。個々の企業においても、事業構成や競争環境、設備特性等に応じて必要な投資は異なると考えられる。単に設備投資を増やせばよいのではなく、さまざまな目的の投資にどのような優先順位を付け、自社に適した投資ポートフォリオを構築・実行していくかが重要となる。このためには、実効性の高い投資ガバナンス体制の構築が必要である。
こうした投資ガバナンスを構築するうえで、取締役会に求められる視点として、次のようなことが挙げられる。
a. 自社の置かれた状況を確認する
必要な投資の内容は、成熟した既存事業を中心とする企業なのか、大きな技術転換や市場拡大に直面する企業なのかによって異なる。取締役会は、自社の事業がライフサイクルのどこに位置し、競争環境や技術動向がどのように変化しているのかを踏まえたうえで、投資方針の妥当性を確認する必要がある。
b. 投資ポートフォリオの構成と変化を見る
個々の投資案件の詳細な管理は経営陣の役割である。一方、取締役会には、能力増強、新製品・製品高度化、研究開発、合理化・省力化、維持・更新等、投資目的別の構成やその変化を把握し、それが自社の経営戦略や事業ポートフォリオと整合しているかを確認することが求められる。
c. 維持・補修投資も戦略的に評価する
維持・補修投資についても、競争力や安全・品質の維持に不可欠なものなのか、収益改善の見通しに乏しい事業への資本固定化につながっていないかを検証する。
d. 「何に投資するか」と同時に「何に投資しないか」を判断する
限られた資本を使う以上、ある投資を行うことは別の投資を見送ることでもある。事業からの撤退や設備の廃止・統廃合まで含めた判断が必要になる。
e. 投資後の検証を行う
経営陣には、投資時に設定した目的やKPI等に照らし、一定期間経過後に需要、収益性、生産性、競争力等の成果を検証し、その結果を次の投資判断に反映することが求められる。取締役会は、こうした事後検証が適切に行われ、その結果が追加投資、計画修正、撤退等の判断に生かされているかを監督する。
6.投資家にも求められる「投資の中身」を理解した対話
機関投資家にとっても、設備投資は企業の成長戦略や資本配分を評価する重要な対話テーマである。より実効的な対話のためには、設備投資額や成長投資の規模だけでなく、企業を取り巻く事業環境や技術の変化を踏まえ、その企業が現在の投資ポートフォリオを選択した理由を理解することが重要となる。具体的には、維持・更新投資が競争力の維持にどのような役割を果たしているのか、成長投資と既存設備への投資の配分に伴う機会費用をどう考えているのか、経営陣による投資後の成果検証を取締役会がどのように監督しているのか、といった点について対話を深めることが考えられる。このように、経営戦略と資本配分の整合性を問う対話が、企業価値向上を後押しするスチュワードシップ活動につながる。
7.おわりに
政府による投資促進策は、日本企業に新たな投資機会を提供することになる。しかし、政策上の重点分野への投資であっても、それが各社の企業価値を高めるとは限らない。
DBJ調査が示すように、設備投資の構成は業種によって大きく異なり、成熟した設備基盤を持つ企業では、維持・更新も重要な資本配分の対象である。企業には、成長、能力増強、生産性向上、維持・更新等、必要性の異なる投資を自社の状況に応じて組み合わせることが求められる。重要なのは、限られた経営資源のもとで、自社の事業戦略や自社が置かれた競争環境に即して、それぞれの投資の優先順位と配分を決定することである。
そのためには、経営陣が、自社の事業環境を踏まえて投資案件を選別・実行し、その成果を事後的に検証するとともに、取締役会が投資方針と経営戦略・事業ポートフォリオとの整合性、資本配分の妥当性、成果検証のプロセスと結果を監督する「投資ガバナンス」が重要となる。機関投資家にも、こうした企業ごとの投資判断の背景を理解したうえで、資本配分の妥当性について対話を深めることが期待される。
【注釈】
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DBJの「全国設備投資計画調査」では、2010年度調査までは設備投資額および投資動機を事業基準分類(企業の事業部門を基に分類)で、2011年度調査以降は主業基準分類(企業の主たる事業に基づき分類)で集計している。本稿では各年度の公表値を用いるため、集計基準の一貫性を確保する観点から2011年度以降を分析対象とした。なお、DBJ調査における設備投資は「自社の有形固定資産に対する国内投資(ただし、不動産業における分譲用を除く)。原則として、建設仮勘定を含む有形固定資産の新規計上額(売却、滅失、減価償却を控除せず。工事ベース)」と説明されている。「素材系」は「化学」「窯業・土石」「紙・パルプ」「繊維」「鉄鋼」「非鉄金属」を、「加工・組立系」は「一般機械」「精密機械」「輸送用機械」「電気機械」「食品」を指す。なお、「その他製造業」は、「素材系」か「加工・組立系」かが判別できず、且つ、投資動機別の投資額が示されていないので今回の分析では対象としていない。
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ここでは財務省「法人企業統計」の年次別調査を用いた。設備投資については、DBJ調査が有形固定資産への国内投資を対象とすることを踏まえ、法人企業統計の「設備投資(ソフトウェアを除く)」を使用した。なお、両統計は調査対象、設備投資の定義等が異なるため、金額水準を直接比較するものではない。
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素材系と加工・組立系では設備投資の投資動機別構成に違いがみられることから、その特徴を具体的に確認するため、各区分の代表的業種であり、設備投資規模も大きい鉄鋼業と輸送用機械製造業を取り上げた。
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各年度の業績はかなり変動が大きいため、中期的な傾向を確認できるよう、複数年度をまとめて比較した。分析対象期間は、法人企業統計の最新データが取得できる2024年度までとし、2011~2024年度を前半・後半の7年間ずつに分け、2011~2017年度と2018~2024年度の平均値を比較した。
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経済産業省(2026)「GXの推進に伴い製造プロセス等を転換する産業における働き手のスキルガイド」6~18頁参照
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経済産業省、国土交通省(2025)「「モビリティDX戦略」2025年のアップデート」59頁参照
【参考文献】
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河谷善夫(2025)「我が国の研究費は過去最高23.8兆円へ~自動車産業への集中が鮮明に~」
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河谷善夫(2026a)「研究開発税制は研究開発投資を押し上げているのか? ~自動車研究費急増からみる政策効果~」
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河谷善夫(2026b)「研究開発税制は研究開発投資をどの程度支えているのか?~実効補助率と国際比較からの再評価~」
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経済産業省(2026)「GXの推進に伴い製造プロセス等を転換する産業における働き手のスキルガイド」
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経済産業省、国土交通省(2025年)「「モビリティDX戦略」2025年のアップデート」
河谷 善夫
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。