インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

米中の覇権争いに揺れる中南米、「ドンロー主義」の行方はどうなる

~米中間の競争が続くなか、中間選挙後の米国の政策運営と中南米諸国の対応が焦点に~

西濵 徹

要旨
  • トランプ米政権は、中国が経済的な影響力を強めている中南米諸国を中心とする西半球において、米国の影響力回復を目指す「ドンロー主義」を掲げるとともに、経済的な圧力や軍事力も活用する姿勢を強めている。

  • こうしたなか、11月3日に実施された米国の中間選挙の結果は、今後の政策運営に影響する可能性がある。なお、対中けん制については超党派で一定の認識が共有されており、議会の勢力図が変化したとしても、基本方針が大きく変わる可能性は低いと見込まれる。

  • 一方で、中南米では右派政権が相次いで誕生しているものの、ブラジルでは左派のルラ大統領が再選を果たすなど、政治的な方向性は一様ではない。また、右派政権の拡大が必ずしも中国との関係縮小につながるわけではなく、多くの国々は安全保障面で米国との協力を進めつつ、経済面では中国との関係維持を模索している。このため、トランプ米政権が対中けん制を強めれば、かえって中南米諸国が経済関係の多角化を進める可能性もある。

  • 先行きについては、米国の中間選挙後の政策運営に加え、各国の政治・経済事情や米中双方との関係を巡る対応が、中南米情勢を左右する重要なポイントになると考えられる。

目次

【トランプ政権は「ドンロー主義」を掲げ、中南米を米国の重要な勢力圏として位置付けてきた】

トランプ米政権は、中南米を中心とする西半球での米国の影響力回復を外交・安全保障政策における重要課題に位置付けている。背景には、近年、中国が貿易や投資、インフラ整備などを通じて中南米諸国との経済的な結び付きを強めており、米国の伝統的な勢力圏とみなされてきた地域で存在感を高めていることがある。こうしたなか、トランプ米政権は2025年末に公表した国家安全保障戦略(NSS)において、「モンロー主義」を再び徹底する方針を示し、その現代版となる「トランプ版モンロー主義」を打ち出した。この方針は「ドンロー主義」とも呼ばれる。具体的には、米国の安全保障上の利益を守るため、域外勢力による軍事的な進出や重要インフラなどの支配を阻止するとともに、移民対策、麻薬密輸の取り締まり、重要資源の確保を推進する方針を示した。

その実現に向けて、トランプ米政権は、貿易関税や経済制裁、金融支援などの経済的な手段に加え、軍事力も外交政策の手段として活用する姿勢を強めている。2026年1月には、米軍がベネズエラで軍事作戦を実施し、当時のマドゥロ大統領を拘束した。この軍事行動は、トランプ米政権が西半球における安全保障上の利益を重視し、必要と判断すれば軍事力を直接行使する姿勢を示したものと捉えられる。また、米国は中南米諸国との経済協力を進める一方、中国企業による港湾・通信・エネルギー関連のインフラ投資にも警戒感を示している。このため、ドンロー主義は単なる地域政策にとどまらず、米中間の覇権争いを西半球において具体化する動きという側面を有する。

【米国の中間選挙の行方は、「ドンロー主義」の実現手段に影響する可能性がある】

こうしたなか、11月3日に実施された米国の中間選挙は、トランプ政権の残り2年間における政策運営を左右する重要な政治イベントとなる。今回の選挙では、下院の全435議席と上院の35議席が改選対象となり、与党・共和党が上下両院において多数派を維持できるかが焦点となる。トランプ米政権にとって、共和党が議会の多数派を維持すれば、中南米政策に関連する予算措置や安全保障政策を進めやすい状況が続く。一方で、民主党が一方または両方の議院で多数派となれば、予算審議、議会公聴会、政府高官の監督などを通じて政権の政策運営に対する制約が強まる。なかでも、ベネズエラへの軍事介入をはじめとする海外での武力行使については、議会による監視や権限制限を求める動きが強まることも考えられる。

ただし、議会の勢力図が変化したとしても、直ちに「ドンロー主義」が修正されるとは限らない点には注意が必要である。米国では、大統領が外交政策や安全保障政策に関する広範な権限を有しているうえ、米中間で繰り広げられている戦略的な競争については、共和党・民主党問わず一定の問題認識が共有されている。このため、民主党が議会の多数派となった場合においても、中国の中南米進出を警戒する基本姿勢が大きく変わるとは考えにくい。一方で、トランプ米政権が議会との対立を深めるなかで、大統領権限によって実施できる通商措置や経済制裁、二国間交渉を重視する可能性もある。とはいえ、2026年2月には連邦最高裁が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税措置について、同法は大統領に関税を課す権限を与えていないとの判断を示しており(注1)、通商面における大統領権限にも一定の法的制約が存在する。このため、中間選挙後の中南米政策を巡っては、「ドンロー主義」の基本的な方向性よりも、それを実現するための政策手段や実施速度が変化する可能性に注目する必要がある。

【ここ数年の中南米では右派政権が相次いで誕生する一方、政治的な方向性は一様ではない】

中南米においては、2023年にアルゼンチンでミレイ政権が、エクアドルでノボア政権が誕生したのに続いて、2025年にはボリビアで約20年に及んだ左派政権に代わって中道右派のパス政権が発足し、チリの大統領選では右派のカスト氏が勝利した(注2)。2026年に入って以降も、2月にコスタリカの大統領選挙で右派のフェルナンデス氏が勝利し、6月にはコロンビアの大統領選挙で右派のデ・ラ・エスプリエジャ氏が勝利(注3)、ペルーでも保守派のケイコ・フジモリ氏が大統領に就任している(注4)。このように、中南米では右派・中道右派勢力の拡大が続いている。

この背景には、景気の低迷や物価高、所得格差、治安悪化などに対する国民の不満がある。なかでも、麻薬組織や犯罪集団の活動が深刻化している国々においては、治安対策の強化を掲げる候補者への支持が広がった。一方で、政権交代には既存政権への不満という側面も強く、地域全体で右派的な政策への支持が恒久的に強まっているとみなすことは難しい。実際、メキシコやウルグアイにおいては左派・中道左派政権が継続しているほか、ブラジルでも10月25日に実施された大統領選挙の決選投票で左派のルラ大統領が再選を果たした。このため、中南米において右派勢力が拡大している動きを巡っては、政治的な方向性が一様に変化しているというより、各国の経済・社会問題に対する国民の不満が政権交代を促すなかで生じている現象と捉えることができる。

中南米における右派勢力の伸長は、トランプ米政権にとって中南米諸国との協力関係を広げる機会となることが期待される。事実、米国は親米的な姿勢を示す政権に対して、金融支援や安全保障協力などを通じて関係強化を図っている。しかし、右派政権の誕生が必ずしも中国との関係縮小を意味するわけではない。多くの中南米諸国にとってはここ数年、中国が主要な輸出相手となっており、安全保障面では米国との協力を強化するものの、経済面では中国との関係を維持するという対応が現実的な選択肢となっている。その結果、右派政権が増加したとしても、米国が期待するような形で一体的な親米陣営が形成されるとは限らない状況にある。

【ブラジル大統領選ではルラ氏が再選、地域内における政治的な対立軸が鮮明になる可能性】

前述したように、中南米最大の経済規模を有するブラジルでは、10月25日に実施された大統領選挙の決選投票において、左派PT(労働者党)の現職ルラ大統領が右派PL(自由党)のフラビオ・ボルソナロ上院議員を破り、再選を果たした(注5)。この結果は、中南米で相次ぐ右派勢力の伸長とは異なる動きとして注目される。しかし、同時に実施された議会選挙においては、右派勢力が議席を伸ばしており、ルラ氏は保守色が一段と強まる議会と向き合う必要がある。このため、ルラ政権が継続することになったとしても、国内における政治的な対立が解消されるわけではなく、財政運営や経済政策を巡る議会との調整はこれまで以上に重要になると見込まれる。

対外関係については、トランプ米政権が中南米における影響力を強めようとするなかで、ブラジルの外交政策は難しい局面を迎える可能性がある。ルラ政権は、米国との関係を維持する一方、BRICSなどの枠組みを通じた新興国間の連携のほか、中国との経済関係を重視する姿勢を示してきた。これに対し、トランプ米政権はブラジルに対して関税措置や一部司法関係者への制裁などを実施してきた経緯がある。一部の措置はその後解除されたものの、2026年7月には通商法301条に基づく追加関税を導入するなど、両国間には政治・通商面で様々な摩擦が存在する(注6)。一方で、米国はブラジルが豊富に有する重要鉱物やレアアースへのアクセスにも関心を強めており、これらの分野が今後の二国間交渉における重要な争点となる可能性がある。

ブラジルは、米中双方にとって重要な経済的なパートナーであり、両国の対立が深まったとしても、いずれか一方との関係を大幅に縮小することは容易ではない。ルラ政権としては、対米関係の悪化による輸出や投資への悪影響を回避しつつ、中国との経済的な結び付きを維持したうえで、外交上の自律性を確保する姿勢を強める可能性がある。その結果、ブラジルが米中双方との関係を維持しながら、中南米諸国の間で一定の調整役を担うことも考えられる。ただし、国内においては議会で保守勢力が拡大しているうえ、財政悪化や高金利などの経済的な制約も存在しており、ルラ政権が地域外交に十分な政治的資源を投入できるかは不透明となっている。

【米中による競争が激化するなか、中南米諸国は両国との関係維持を模索する展開が続く】

中南米諸国にとって、中国との経済関係は既に無視できない規模に拡大している。中国は、ブラジル、チリ、ペルーなどにとって主要な貿易相手国となっており、農産物のほか、重要鉱物、エネルギー資源関連などの輸出において重要な役割を担っている。一方で、中国からは機械類や電気製品をはじめとする工業製品の輸入が広がっており、中国との貿易関係は中南米諸国の産業構造にも深く組み込まれている。

さらに、中国はインフラ整備や資源開発への投資を通じて、中南米における経済的な影響力を高めている。その象徴とされるのが、2024年にペルーで中国資本の支援により開港したチャンカイ港であろう。同港は南米とアジアを結ぶ物流拠点としての役割が期待されている一方、米国は中国企業による重要インフラの管理が安全保障上の脅威に発展していく可能性を警戒している。このため、米中間の競争は従来の貿易摩擦から、港湾、通信、重要鉱物、エネルギーといった戦略的なインフラや資源の確保を巡る対立へと広がりつつある。

ただし、中南米諸国にとって、米国との安全保障協力と中国との経済関係は必ずしも相反するものではないと考えられる。むしろ、両国との関係を維持することにより、投資や金融支援、輸出市場などを確保しようとする動機は根強くある。このため、トランプ米政権が中南米諸国に対して中国との関係縮小を強く要求する動きをみせれば、各国政府は表面的には対米協力を進めつつ、その背後で中国との経済的な結び付きを維持しようとする動きを強める可能性はある。さらに、米国が関税措置や政治的な圧力が経済的な負担を伴うような動きをみせれば、かえって中国やEU(欧州連合)などとの関係の多角化を促すことも考えられる。このため、「ドンロー主義」による米国の影響力回復は、必ずしも中南米諸国における中国の影響力低下に直結するとは限らない点に注意が必要であろう。

【米国の議会勢力と中南米の政治的分断が複雑に絡む展開が続く可能性が高まっている】

先行きについては、米国の中間選挙の結果がトランプ政権の「ドンロー主義」の具体的な政策運営に影響するとともに、中南米諸国の対米姿勢にも一定の変化をもたらす可能性が考えられる。共和党が上下両院の多数派を維持することができれば、トランプ米政権は中南米における安全保障協力や対中けん制を進めるうえで、議会の支持を得やすい状況が続く。一方で、民主党が議会の一部または双方で多数派となれば、軍事行動や予算措置に対する議会の監視が強まるとともに、トランプ米政権による中南米政策の実行に制約が生じる可能性が高まる。しかし、米中間の戦略的な競争そのものが解消されるわけではなく、外交・通商面における大統領主導の政策運営は継続すると考えられる。

中南米諸国においても、右派政権の拡大が米国との関係強化につながる一方、中国との経済的な結び付きを維持することに対する必要性は依然大きい。また、ブラジルではルラ政権が継続することになったものの、国内における政治的な分断が続くなかで、地域外交における影響力をどの程度発揮できるかは不透明である。このため、今後の中南米情勢を巡っては、右派・左派という政治的な対立軸だけでなく、米中双方への経済的な依存度、各国の国内政治・財政事情の違いが外交政策を左右する展開が予想される。中間選挙後の「ドンロー主義」がどのような政策手段を用いるかに加え、中南米諸国が米中間の競争をどのように受け止め、自国の経済的な利益と外交上の自律性を確保していくかが、2027年以降の地域情勢を見極める重要なポイントになるであろう。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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