インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

米国とブラジルの緊張高まる、大統領選へ米国が圧力を強める動きも

~ルラ氏優位のなか、トランプ政権の介入懸念も重なり、米国とブラジルの対立が激化~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルの与党PTは党大会で10月の大統領選にルラ大統領を擁立することを正式決定した。ルラ氏は演説で国防強化への注力を表明したが、その背景にはトランプ米大統領が「ドンロー主義」を掲げ中南米への関与を強めていることがある。米国はベネズエラ軍事侵攻によるマドゥロ大統領夫妻の拘束や麻薬カルテル幹部殺害を行った。ホンジュラス・チリ・ペルーで親米政権が誕生、コロンビアでも今月発足予定であり、中南米で「左派最後の大国」となったブラジルの選挙にトランプ氏が照準を合わせているとの懸念が強まっている。

  • 米国とブラジルの関係は、前任のボルソナロ政権期にトランプ第1次政権と重なり深化したが、バイデン政権への交代やルラ氏の対中接近、ボルソナロ氏の有罪判決などを経て悪化している。米国は5月に同国の犯罪組織2団体を特別指定国際テロリストに指定し、7月には通商法301条に基づき25%の懲罰的関税を発動した。さらに、6月の米国による駐ブラジル大使指名がアグレマン取得前に行われたことへの反発や、7月のブラジル政府による米政府関係者へのビザ拒否なども重なる形で、両国の緊張は急速に高まっている。

  • 大統領選では、ボルソナロ前大統領の長男フラビオ上院議員が出馬の意向を示し米国が接近しているが、同氏は懲罰的関税への異議表明や中堅銀行経営者からの不透明な資金拠出疑惑、ボルソナロ夫人との対立などのスキャンダルにより支持率が低下し、世論調査ではルラ氏が優位とされる。ルラ氏はレアアース保護や女性への暴力撲滅を訴え対抗する一方、アルゼンチンのミレイ大統領のフラビオ氏支持表明を受けブラジルが駐アルゼンチン大使を召還するなど、外交摩擦も激化しており、米国による選挙介入的な動きが今後も続く可能性がある。

ブラジルでは8月2日、ルラ政権を支える与党の左派PT(労働者党)が党大会を開催し、10月に実施予定の大統領選に現職のルラ大統領を擁立することを正式決定した。ルラ氏は直後に行った演説で「誰もこの国に侵攻して大統領をさらおうとしないように備えたい」と述べるなど、国防強化に注力する考えを示した。背景には、トランプ米大統領が「ドンロー主義(トランプ流モンロー主義)」を標ぼうして、「米国の裏庭」と称される中南米への関与を強めていることがある。年明け以降、米国はベネズエラへの軍事侵攻によりマドゥロ大統領夫妻を拘束したほか、メキシコ軍と合同で麻薬カルテルのリーダー(通称エル・メンチョ)を殺害した。さらに、ホンジュラス、チリ、ペルーで相次いで親米右派政権が誕生し、今月7日にはコロンビアで親米政権が発足する。こうしたなか、トランプ氏は中南米で「左派が統治する最後の大国」となったブラジルの大統領選に照準を合わせ、選挙介入を画策しているとの懸念が強まっている。

両国関係は、ルラ氏の前任である右派のボルソナロ氏の下で、トランプ第1次政権と時期が重なったことにより深化した。ただし、米国がバイデン前政権に交代した後は、両国関係にすき間風が生じるようになった。さらに、ブラジルはルラ氏の下で中国への接近を強める一方、ボルソナロ氏が有罪判決を受けたことも重なり、米国は関税政策を通じて同国に圧力をかけた。一方で、ルラ氏も米国を公然と批判する動きをみせたことで対立が先鋭化した。もっとも、ルラ氏は一時、米国への批判を抑え、対立回避を模索する動きもみせた。しかし、米国は5月、内政干渉とのルラ氏の批判を無視して、麻薬対策を目的に同国最大の犯罪組織PCC(首都第1コマンド)とCV(コマンド・ベルメーリョ)を特別指定国際テロリスト(SDGT)に指定した。さらに、米国は7月、通商法301条に基づいて同国からの輸入品に25%の懲罰的関税を課す決定を行った(注1)。当該関税は2,000以上の品目を適用除外としており、マクロ的な影響は限定的とみられるものの、ブラジル国内で米国への反発が強まる一因となっている。

こうしたなか、足元では両国関係が急速に悪化する動きがみられる。米国は6月、ブラジル大使にルビオ国務長官に近いフロリダ州議会下院議員のダニエル・ペレス氏を指名した。しかし、米国は外交上の通例であるアグレマン(ブラジル側の同意・承認)を得る前に指名を行ったため、ブラジル政府当局者は外交儀礼に反する無礼な行為と受け止めているとされる。この結果、ブラジル政府が同意するまで着任することができず、一部報道によれば、大統領選前にアグレマンが付与される可能性が低いとの見方もでている。加えて、ブラジル政府は7月、米政府関係者2名に対するビザ発給を拒否した。その理由についてルラ氏は、ブラジルの選挙への介入を図る目的の入国であったためと指摘した。これを受けて、米国政府は対抗措置を検討していると伝えられるなど、両国の緊張状態が高まっている。

大統領選には、ボルソナロ前大統領の長男であるフラビオ上院議員が出馬の意向を示しており、米国が接近している。トランプ氏はルラ政権に揺さぶりをかけるとともに、フラビオ氏を後押しする構えをみせている。ただし、現地報道によれば、フラビオ氏が選挙演説で米国の懲罰的関税に異議を唱えたと伝えられている(注2)。関税政策やイラン情勢などをきっかけにブラジル国民の間で米国に対する好印象が低下するなか、フラビオ氏も「板挟み状態」に直面している様子がうかがえる。さらに、フラビオ氏は、経営破たんした中堅銀行(バンコ・マスター)の経営者であったダニエル・ボルカロ氏から、ボルソナロ前大統領に関する映画の制作資金として1.34億レアル(約2,400万ドル)の資金拠出を得る交渉を行っていたとされる。同行を巡っては、不正融資疑惑が取り沙汰され、2025年11月に当局から清算を命じられ、今年3月にボルカロ氏が収監される事態に発展したため、不正資金であったとの疑惑を招いている。加えて、ボルソナロ前大統領夫人(ミシェリ氏)との対立が表面化する動きもみられた。

一連のスキャンダルを機にフラビオ氏の支持率は低下しており、直近の世論調査でもルラ氏の優位が伝えられている。ルラ氏は演説のなかで、各国が同国のレアアース(希土類)を目指して接近していることを理由に、重要鉱物の保護を主張した。さらに、フラビオ氏とミシェリ氏が対立したことへの当てつけとして、女性に対する暴力撲滅を目指す姿勢を強調する考えをみせた。しかし、7月にトランプ氏に近いアルゼンチンのミレイ大統領が同国を訪問し、フラビオ氏への支持を表明したことを受けて、ブラジル政府は駐アルゼンチン大使を召還するなど、外交摩擦が激化している。このように、今後も米国が直接、間接的に選挙介入とも取れる動きを活発化することも予想されるなど、大統領選の行方から目が離せない展開が続くであろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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