インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシア中銀、政府の成長重視路線に歩調をあわせ様子見維持

~2027年度予算案は成長重視と財政規律の「二兎」を追うも、その実現のハードルは高い~

西濵 徹

要旨
  • インドネシア中銀は8月18〜19日の月例理事会で政策金利を5.75%に据え置いた。中銀は5月から6月にかけてルピア安対応で累計100bpの利上げを実施した後、7月の月例理事会以降は利上げ効果を見極める様子見姿勢に転じている。7月のインフレ率は前年比+2.88%に鈍化して目標レンジ内で推移しており、据え置き判断を後押ししたとみられる。

  • 中銀では、7月末にペリー総裁が任期を残して突然辞任した。財政拡張を求めるプルバヤ財務相との対立が背景とみられる。1月の副総裁辞任・大統領の甥の後任就任など、年明け以降相次いだ人事を巡り中銀の独立性への懸念が広がった。プラボウォ大統領は、デストリ上級副総裁(暫定総裁)を単独候補に指名した。これを受けて、その後の金融市場では政策の予見可能性向上への期待からルピア相場は落ち着きを取り戻す動きをみせている。

  • 今回の月例理事会は、デストリ暫定総裁下で初めて開催された。会合後の声明では、ルピア安定・物価目標達成・経済成長下支えを決定理由とした。2026年成長率見通し(+4.9〜5.7%)を据え置く一方、経常赤字見通しへの言及はなかった。イラン情勢の長期化による原油高やエルニーニョによる食料インフレ懸念が残るなど、インフレへのリスクは高いものの、成長重視の姿勢が示されたことは政府からの圧力の強まりを示唆していると考えられる。

  • 株式市場の透明性を巡りMSCIやFTSE、S&Pダウ・ジョーンズが格下げを警告し、ムーディーズ・フィッチも格付見通しを引き下げるなど、格下げ懸念が強まっている。こうしたなか、プラボウォ大統領は、2027年度予算案で財政赤字をGDP比▲2.4%に抑える一方、学校給食無償化事業を3割削減するなど市場配慮を示す考えをみせた。一方で、前提となる成長率は6%と意欲的だが、実現のハードルは高く、市場の評価は見通しにくい状況にある。

目次

【インドネシア中銀、2会合連続の金利据え置きで様子見姿勢を維持】

インドネシア銀行(中銀)は、8月18~19日に開催した定例の月例理事会において、政策金利であるBIレートを5.75%に据え置くことを決定した。中銀は、5月の月例理事会において、ルピア相場の安定を目的に50bpの大幅利上げを決定した(注1)。しかし、その後も金融市場においてルピア安の動きは収まらず、株式、債券も下落するトリプル安に直面した。このため、中銀は6月9日に開催した週次理事会で25bpの緊急利上げに加え、ルピア相場の安定に向けた追加対策を発表した(注2)。さらに、中銀は6月の月例理事会においても25bpの追加利上げを実施し、1ヵ月の間に累計100bpもの利上げを実施した(注3)。

その後は、米国とイランの「覚書」署名を受けた停戦合意により、イラン情勢が落ち着きを取り戻すとの期待を反映して原油高の動きが一服し、この動きに呼応するようにルピア相場も持ち直す動きをみせた。しかし、その後も米国とイランの協議はこう着状態に陥るとともに、ルピア相場に再び調整圧力がかかるなど最安値圏で推移したにもかかわらず、中銀は7月の月例理事会において、累計100bpの利上げ効果を見定めるべく様子見姿勢に転じた(注4)。さらに、足元では米国とイランによる協議期間が終了しており、事態のさらなる長期化が懸念される状況にある。このため、原油価格は再び上昇するとともに、ルピア相場も上値の重い展開が続いている。一方、直近7月のインフレ率は前年比+2.88%と中銀目標レンジ(2.5±1%)内で推移しているため(図1)、中銀は様子見姿勢を維持した格好である。

図表1
図表1

【中銀総裁人事を巡る混乱が懸念されたが、足元では落ち着きを取り戻す】

7月会合以降のインドネシア市場においては、ルピア安圧力の強まりが懸念される動きが相次いだ。7月27日には、中銀のペリー総裁が任期を2年弱残して突然辞任したことが明らかになった(注5)。ペリー氏を巡っては、経済成長戦略に関連してプルバヤ財務相との間で深刻な対立があったとの見方がある。プルバヤ氏は景気を下支えすべく、金融市場への潤沢な流動性供給をたびたび求める一方、為替の安定を重視する中銀の方針と対立してきた。そうした事情が突然の辞任につながったとの観測が広がった。政府は、暫定総裁として上級副総裁のデストリ・ダマヤンティ氏を指名するなど、混乱の収束を目指す動きをみせた。背景には、年明け以降に中銀の独立性を毀損しかねない動きが相次ぎ、金融市場が警戒感を強めたことがある。

1月には、副総裁であったジュダ・アグン氏が任期を1年余り残して突然辞任した。その後任には、プラボウォ大統領の甥で財務副大臣を務めていたトマス・ジワンドノ氏が就任した。トマス氏の就任を巡っては、プラボウォ氏の甥であることに加え、与党グリンドラ党の財務担当を務めていたことから、金融政策が政府や与党の意向に左右されるとの見方が広がった。これは、プラボウォ氏が自身の任期中に同国の経済成長率を8%に引き上げる目標を掲げており、その実現に向けて中銀が金融緩和を迫られるとの見方を反映したものである。さらに、2022年に成立した改正中銀法のほか、6月に成立した改正金融部門発展強化法(改正P2SK法)では、中銀の政策目標に経済成長の支援や雇用の最大化が加えられ、事実上の財政ファイナンスも可能となっている。また、国会は中銀の政策運営への勧告や理事会メンバーの解任が可能となるなど、政治介入が懸念された。

金融市場ではペリー氏の後任総裁の行方に注目が集まるなか、大統領府は8月10日、プラボウォ大統領がデストリ氏を中銀総裁の単独候補に指名したことを明らかにした(注6)。今後は、国会が1ヵ月以内に人事案の諾否を決定すると見込まれるなか、過去20年近くは大統領が提出した中銀総裁人事案が否決された例がないため、デストリ氏が就任する可能性は高い。デストリ氏は、単独候補に指名される直前に行われたプルバヤ氏との共同記者会見において、融資拡大を図るべく、銀行間の不均等な流動性配分に対処する措置を強調しており、当面は「共同歩調」を意識した政策運営を志向すると見込まれる。このため、金融政策の予見可能性が高まるとの期待から、足元のルピア相場は落ち着きを取り戻している(図2)。

図表2
図表2

【声明文は引き続き経済成長の下支えを重視した内容に】

今回の月例理事会はデストリ暫定総裁の下で開催された。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「イラン情勢による国際金融市場の動揺を受けたルピア相場の安定」、「2026年と2027年の物価目標の達成」、「持続的な経済成長の下支え」を目指したものとした。そして、資金流入の促進とルピア相場の安定に向けたインセンティブ拡充のほか、金融市場の流動性向上や流動性の偏在縮小、短期金融市場・外為市場の深化を目的とするインセンティブ拡充、包括的なマクロプルーデンス政策の強化、決済システムのデジタル化の拡大に取り組むとした。そのうえで、世界経済について、イラン情勢を理由に「見通しは依然弱く、金融市場の不確実性も依然高い」との認識を示しつつ、「2026年の世界経済成長率は+3%となる」との従来見通しを維持した。ただし、世界のインフレが高止まりするなか、FRB(米連邦準備制度理事会)の政策運営について「10-12月に利上げが実施される可能性がある」との見通しを示した。

一方で、同国経済について「4-6月の景気は財政支出によって下支えされた」としつつ、先行きは「政府が実施する各種の景気刺激策が内需を下支えする」との見方を示す一方「個人消費や輸出を下支えする必要がある」とした。そして、中銀は「金融システムの安定強化と景気下支えに向けた政策の最適化を図る」として、「2026年の経済成長率は+4.9~5.7%になる」との従来見通しを据え置いた。対外収支も「世界的な不確実性の高まりの影響を緩和すべく、国際収支を強化する必要がある」としつつ、「7月末時点の外貨準備高は輸入の5.5ヵ月分を有する」とする一方、これまで示してきた経常赤字の見通しについて言及はなかった。ルピア相場については「様々な手段を最適化した安定化策を強化している」として、為替介入やインセンティブの拡充に取り組んでいることを示した。物価動向についても「政府が設定した目標の範囲内で維持されている」ほか、先行きは「2026年、2027年ともに目標域内に収めるべく、政策ミックスの強化に取り組む」としつつ、見通しは「異常気象によるリスク予測を含んだもの」とした。

7月のインフレ率が鈍化した背景には、原油高の一服が影響したとみられるものの、足元ではイラン情勢の不透明感が高まるなかで原油価格は再び上昇しており、先行きも高止まりし、インフレ圧力が長期化することが懸念される。さらに、スーパーエルニーニョによる少雨・干ばつ、森林火災の増加などが農業生産に悪影響を与えるなど、食料インフレにつながる恐れがある。加えて、水供給や電力供給にも悪影響を与えるなど、幅広くインフレ圧力が強まる可能性もある。一方で、足元の外貨準備高は国際金融市場の動揺に対する耐性が十分とはいえない水準にとどまると試算される(図3)。こうした状況にもかかわらず、中銀が経済成長を重視する姿勢を示したことは、政府からの「圧力」が強まっている可能性を示唆している。

図表3
図表3

【2027年度予算案は成長重視と財政規律の「二兎」を追う内容、その評価は難しい】

年明け以降の金融市場では、同国に対する「格下げ」が意識される動きが相次いでいる。指数算出会社であるMSCIは1月、株式市場の情報開示に懸念を表明し、透明性向上への取り組みが進まなければ、同国株の比率引き下げやフロンティア市場への格下げに動く考えを示した。直後には、FTSEラッセルも実施予定だった定例見直しの延期を発表した。その後、当局は海外投資家の懸念解消に向けた対策を矢継ぎ早に打ち出した。しかし、MSCIは審査を延長したうえで、当局の改革に十分な進展がみられなければ、格下げに関する協議を検討するとした。そして、7月にはS&Pダウ・ジョーンズ・インデックスも、株式市場の透明性に関する問題を理由に、フロンティア市場への格下げを警告しており、株式市場の格下げが意識されている。

また、2月には主要格付機関のムーディーズ社が、予測不可能な政策決定に加え、ガバナンスへの懸念などを理由に、格付け見通しを「ネガティブ」に引き下げ、将来的な格下げの可能性を示唆した。フィッチ社も翌3月に、政策決定の集中化に伴う政策の不確実性の増大や、政策ミックスの一貫性・信頼性への懸念を理由に、格付見通しを「ネガティブ」に引き下げた。一方で、S&Pグローバルは7月、プラボウォ政権下での財政圧力は一時的なものにとどまり、商品市況の上昇や歳出削減策により相殺される可能性があるとして、格付け・見通しともに据え置いており、ムーディーズ社やフィッチ社とは異なる姿勢を示した。

こうしたなか、プラボウォ大統領は8月14日に2027年度予算案を国会に提示し、財政赤字をGDP比▲2.4%と過去3年で最小とすることを明らかにした。プラボウォ氏の肝煎り政策である学校給食無償化事業については、2026年度当初予算から3割程度引き下げるなど、金融市場からの懸念に対応する姿勢をみせた。一方で、①食料安全保障の実現、②エネルギー・水資源の自立、③教育の改善、④保健の改善、⑤鉱業部門の川下産業化・工業化、⑥インフラ・住宅・防災対応の強化、⑦国民経済・農村開発の拡充、⑧貧困削減、を重点分野として予算を拡充する方針を掲げる。その実現に向けて、税務行政のデジタル化や課税ベースの拡大、税務コンプライアンスの改善、税外収入を通じて歳入確保を進めるとした。また、前提となる経済成長率を「+6%」とした。これは、成長重視と財政規律の「二兎」を追うことを目指したものである一方、その実現へのハードルは極めて高い。さらに、イラン情勢の行方によっては補助金支出が膨張するリスクもある。このため、2027年度予算案の方向性事態は妥当と考えられるものの、その意欲的すぎる目標を金融市場がどう評価するかは見通しにくく、不安と期待が交錯する展開が続くと見込まれる。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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