インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシア中銀、ルピア安懸念も成長重視を理由に金利据え置き

~政府の成長重視姿勢が中銀の独立性と市場の信認を揺るがす懸念~

西濵 徹

要旨
  • インドネシア銀行(中銀)は、7月の定例理事会で政策金利を5.75%に据え置いた。中銀は5月以降、ルピア安に対応するため累計100bpの利上げを実施したものの、足元ではその効果を見極める姿勢を優先したとみられる。一方で、声明文では為替安定策を継続しつつ、金融システムの安定と経済成長の両立を重視する姿勢を打ち出し、成長率や経常収支、物価見通しも据え置いた。しかし、イラン情勢の再燃による原油高に加え、スーパーエルニーニョによる食料インフレリスクなどが懸念されるなかでも中銀が成長支援を前面に押し出したことは、政府から中銀への政策圧力が強まっている可能性を示唆している。

  • 金融市場では、株式市場の透明性や政策運営への懸念を背景に、MSCIやFTSEラッセル、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスが市場格下げの可能性を示唆しているほか、ムーディーズとフィッチも政策運営やガバナンスへの懸念から格付見通しを引き下げている。一方、政府は国際金融センター設立や中銀の使命に成長・雇用支援を追加する法改正を進めるなど、経済成長重視の姿勢を強めている。しかし、これらは中銀の独立性低下や政策運営の不透明化につながる懸念があり、ルピア安定に向けた金融引き締めの効果を弱めるリスクとして引き続き注視する必要がある。

目次

【インドネシア中銀、ルピア安懸念にもかかわらず政策金利を据え置き】

インドネシア銀行(中銀)は、7月21~22日に開催した定例の月例理事会において、政策金利である7日物リバースレポ金利を5.75%に据え置くことを決定した。中銀は、5月の月例理事会において、通貨ルピア相場の安定を目的に50bpの大幅利上げを決定した(注1)。しかし、その後も金融市場ではルピア安の動きが収まらず、株式、債券もそろって下落するトリプル安に見舞われた。このため、中銀は6月9日に開催した週次理事会で25bpの緊急利上げに加え、ルピア相場の安定に向けた追加対策を発表した(注2)。そして、中銀は6月の月例理事会においても25bpの追加利上げを実施した(注3)。

その後は、米国とイランの停戦合意を受けて原油価格が落ち着きを取り戻したほか、ルピア安の動きにも一服感がみられた。しかし、足元ではイラン情勢が再びエスカレートし、原油価格が上昇するとともに、ルピア相場も安値圏で推移している(図1)。こうした状況にもかかわらず、中銀は4会合ぶりに政策金利を据え置いており、5月以降に実施した累計100bpの利上げの効果を見定めたいとの思惑を反映したと考えられる。

図表1
図表1

【声明文ににじむ「経済成長の後押し」への圧力】

会合後に公表した声明文では、今回の決定について「安定の強化と経済成長の後押しを目的としたもの」とした。物価を目標レンジ内に抑えるべく為替介入を強化するとともに、海外からの証券投資流入促進と外為市場の深化を図り、短期金融市場・銀行部門の流動性拡大、包括的マクロプルーデンス融資比率政策の強化、決済システムのデジタル化の拡大に取り組む方針を示した。そのうえで、足元の世界経済について「イラン情勢の再燃を受けて不確実性が高まっている」としつつ、「2026年の世界経済成長率は+3%となる」との従来からの見方を維持した。

一方、同国経済について「内需に支えられる形で堅調さが続いている」としつつ、先行きは「政府が実施する各種の景気刺激策が内需を下支えする」との見方を示した。そして、中銀は「金融システムの安定強化と景気下支えに向けた政策の最適化を図る」として、「2026年の経済成長率は+4.9~5.7%になる」との従来見通しを据え置いた。対外収支も「世界的な不確実性の高まりの影響を緩和すべく、国際収支を強化する必要がある」としつつ、「2026年の経常赤字はGDP比▲1.3~▲0.5%の範囲に収まる」との従来見通しを据え置いている。ルピア相場については「様々な手段の最適化を通じて安定化策を引き続き強化している」として、為替介入、人民元との取引拡充などに取り組んでいることを示した。先行きについて「一連の取り組みに加え、利回りの高さや同国経済の堅調な見通しが下支え役となり、安定的に推移しつつやや強含む」との見方を示した。物価動向についても「政府が設定した目標の範囲内で維持されている」ほか(図2)、先行きは「2026年、2027年ともに目標域内に収めるべく、政策ミックスの強化に取り組む」との考えを示した。

図表2
図表2

イラン情勢の再燃による原油価格の上昇はエネルギー価格を中心とするインフレ圧力に加え、補助金歳出の膨張が財政の圧迫要因となる可能性が高まっている。さらに、2026年はスーパーエルニーニョの発生による少雨・干ばつ、森林火災の増加などが農業生産に悪影響を与えるなど、食料インフレを招くことが懸念される。加えて、水供給や電力供給にも悪影響を与えるなど、幅広くインフレ圧力が強まる可能性もある。こうした状況にもかかわらず、中銀が経済成長を重視する姿勢を示したことは、政府からの「圧力」が強まっている可能性を示唆している。

【政策運営の不透明さが引き締め効果を相殺する可能性に要注意】

年明け以降の金融市場では、同国に対する「格下げ」が意識されている。指数算出会社であるMSCIは1月、株式市場の情報開示に懸念を表明し、透明性向上への取り組みが進まない場合、同国株の比率引き下げやフロンティア市場への格下げを示唆した。直後にはFTSEラッセルも定例で実施予定であった見直しの延期を発表した。その後、当局は海外投資家の懸念解消に向けた対策を矢継ぎ早に打ち出した。しかし、MSCIは審査を延長したうえで、当局の改革に十分な進展がみられなければ、格下げに関する協議を検討するとした。そして、7月にはS&Pダウ・ジョーンズ・インデックスも、株式市場の透明性に関する問題を理由に、フロンティア市場への格下げを警告した(注4)。

さらに、2月には主要格付機関のムーディーズ社が、予測不可能な政策決定に加え、ガバナンスへの懸念などを理由に、格付け見通しを「ネガティブ」に引き下げ、将来的な格下げの可能性を示唆した。フィッチ社も翌3月に、政策決定の集中化に伴う政策の不確実性の増大や、政策ミックスの一貫性・信頼性への懸念を理由に、格付見通しを「ネガティブ」に引き下げた。一方で、S&Pグローバルは7月、プラボウォ政権下での財政圧力は一時的なものにとどまり、商品市況の上昇や歳出削減策により相殺される可能性があるとして、格付け・見通しともに据え置いており、ムーディーズ社やフィッチ社とは異なる姿勢を示した。とはいえ、イラン情勢は再びエスカレートして原油価格は上昇しており、補助金歳出の膨張が財政リスクを高めていることに留意する必要がある。

こうしたなか、国会は7月21日に国際金融センターの設立を可能にする法案を可決した。報道では、中東のドバイなど既存の金融ハブが提供する優遇措置をモデルに、条件を満たす投資家に幅広い税制優遇措置を提供するとしている。法案成立を受けて、政府は金融センターの監督委員会と専門の政府機関を設立するほか、センター内で発生した紛争処理・裁定を目的とする仲裁機関と特別裁判所も設置される。場所は決定していないものの、リゾート地であるバリ島は候補のひとつであり、総額500兆ルピア規模の投資を見込んでおり、プラボウォ政権が任期中に経済成長率を8%に大幅に引き上げる目標実現の一助としたい思惑がうかがえる。

一方で、国会は6月に金融システムの監督・規制を規定する金融部門発展強化法(P2SK法)の改正案を可決し、中銀の使命に「経済成長と雇用創出の支援」が加えられるほか、国会は金融規制当局(金融サービス庁(OJK))や中銀への勧告を行うことが可能となっている。加えて、中銀の理事会メンバーを解任することも可能となるなど、中銀への政治介入が懸念されている。そのうえ、同国では6月末、ジョコ前政権で教育・文化・研究・技術相を務めたナディム・マカリム氏が有罪判決を受けるなど、恣意的な法運用への懸念が高まっている(注5)。中銀はルピア相場の安定に向けて断固たる措置を講じているものの、政策運営を巡る不透明感がその効果を相殺する可能性には引き続き注意が必要である。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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