インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシア政府、次期中銀総裁候補にデストリ上級副総裁を指名

~金融市場は一旦落ち着きを取り戻そうが、中銀の独立性への試練は今後の課題に~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは、中銀のペリー総裁が任期を残して突然辞任し、中銀の独立性に対する懸念が強まった。背景には、プラボウォ政権が掲げる成長率目標がある。政府は成長加速のため金融緩和を求める可能性がある一方、中銀は物価やルピア相場の安定を重視しており、政府との政策方針の違いが意識されている。また、近年の中銀法改正によって、経済成長・雇用支援が中銀の政策目標に追加されたほか、財政ファイナンスや政治的介入につながり得る制度変更が行われたことも、独立性への懸念を高めている。

  • ペリー氏の後任候補には、暫定総裁を務めるデストリ氏がプラボウォ大統領から単独指名された。デストリ氏は中銀や金融市場での豊富な経験を持ち、これまで通貨安定を重視してきたことから、当面は従来路線を維持するとの期待が広がり、ルピアも持ち直している。一方、ペリー氏の辞任には、積極的な流動性供給・金融緩和を重視する財務相と、中銀の為替安定重視の姿勢との対立が影響したとの見方もある。デストリ氏は財務相との協調姿勢を示しているが、今後、拙速な利下げや財政ファイナンスに傾けば、ルピア安やリスクプレミアム上昇、中銀の信認低下につながる可能性がある。その意味では、中銀の独立性を巡る本格的な試練はデストリ氏が総裁に正式に就任した後に訪れると見込まれる。

インドネシアでは、7月27日に中銀(インドネシア銀行)のペリー・ワルジヨ総裁が任期を2年弱残して突如辞任した(注1)。ペリー氏が辞任した理由について、政府は「個人的な理由」として詳細を明らかにしなかったため、金融市場ではさまざまな観測が駆け巡った。背景には、ここ数年、中銀の独立性を巡る不透明感が高まってきたことがある。

今年1月には、副総裁であったジュダ・アグン氏が任期満了まで1年余りを残して突如辞任した。その後任には、プラボウォ大統領の甥(姉の長男)で財務副大臣を務めていたトマス・ジワンドノ氏が就任することが決まった。トマス氏は、プラボウォ氏の甥であるうえ、政権を支える最大与党・グリンドラ党の財務担当を務めていたため、金融政策が政府だけでなく、グリンドラ党の意向を反映したものとなる懸念が高まった。これは、プラボウォ氏が自身の任期中に同国の経済成長率を8%に引き上げる目標を掲げていることが影響している。同国の平均成長率はここ数年5%程度で推移しており、目標の実現には経済成長率を約3%ポイント押し上げる必要がある。このため、経済成長のけん引役である個人消費など内需喚起を目的に一段の金融緩和を迫られるとの見方が広がった。

これに加え、中銀法改正なども独立性への懸念に拍車をかけている。2022年に成立した改正中銀法では、中銀の政策目標に、従来からの物価とルピア相場の安定に加え、経済成長の支援が追加された。さらに、大統領が危機的事態を宣言した際には、中銀による政府からの国債直接購入(財政ファイナンス)も認められることとなった。6月に成立した金融システムの監督・規制を規定する金融部門発展強化法(改正P2SK法)では、中銀の政策目標に経済成長と雇用創出の支援が追加されたほか、国会が独立組織である金融規制当局(金融サービス庁(OJK))や中銀に勧告を行うことが可能となっている。加えて、中銀の理事会メンバーを解任することも可能となり、中銀に対する政治介入が懸念されている。

ペリー氏の辞任を受けて、暫定総裁に上級副総裁のデストリ・ダマヤンティ氏が就いたものの、金融市場では次期総裁人事の行方が注目された。こうしたなか、大統領府は8月10日、プラボウォ大統領がデストリ氏を中銀総裁の単独候補に指名したことを明らかにした。デストリ氏は、英国の駐インドネシア大使の経済顧問のほか、国営マンディリ銀行のチーフエコノミスト、国有企業省傘下の経済タスクフォースの議長、2015年から19年まで預金保険公社の理事を歴任した後、2019年に中銀の上級副総裁に就任した。こうした経歴から、中銀と金融市場での豊富な経験を有するとともに、これまで通貨安定の必要性を強調してきたことを勘案すれば、連続性を重視した政策運営がなされると期待される。この発表を受けて、中銀の独立性や財政の健全性などに対する懸念を理由に調整してきたルピア相場は持ち直しの動きをみせている(図1)。今後は、国会が1ヵ月以内に人事案の諾否を決定するが、過去20年近くは大統領が提出した中銀総裁人事案が否決された例がないため、デストリ氏が就任する可能性は高いと見込まれる。

図表
図表

なお、ペリー氏が突然中銀総裁を辞任した背景には、経済成長戦略に関連してプルバヤ財務相との間で深刻な対立があったことが影響したとされる。プルバヤ氏は、財政運営を巡ってプラボウォ大統領と度々対立してきたスリ=ムルヤニ前財務相が2025年9月に突如解任され、後任に就任したものの、潤沢な流動性供給を重視する一方、為替の安定を重視する中銀の方針と対立した。デストリ氏は今月、プルバヤ氏との共同記者会見において、融資拡大を図るべく、銀行間の不均等な流動性配分に対処する措置を強調しており、当面は「共同歩調」を意識した政策運営を志向すると見込まれる。しかし、デストリ氏の下で中銀が拙速な利下げや財政ファイナンスに舵を切る動きをみせれば、インドネシアのリスクプレミアムが上昇することは避けられず、中銀の独立性に関する試練は次期総裁に正式に就任した後に訪れることが予想される。年明け以降の金融市場では、インドネシア資産の「格下げ」が意識されてきたが、市場の評価が下されるのはこれからであろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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