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- 英首相交代、「北の帝王」が降臨
- 要旨
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- 英国では20日、労働党所属の前マンチェスター市長のバーナム氏が新たな首相に就任した。同氏は地方の声を代弁する庶民派の政治家として知られ、地方分権、経済再生、インフラ投資、公営住宅の建設、交通網整備、労働者・中間層の生活改善、若者の教育支援、ホームレス対策、公益企業の公的関与の拡大などに取り組むことが予想される。
- バーナム氏は既存の財政規律を守ることを約束したが、規律に認められる柔軟性を用いると発言したことで、20日の国債市場では財政拡張への警戒が広がった。注目された財務相には、党内で中道寄りのヒーリー元国防相を指名した。同氏は過去に財務省で閣僚を経験し、バーナム氏が重視する地方分権、地方財政、住宅供給、都市計画などの分野の閣僚も歴任してきた。財政規律と投資拡大を両立する人物と考えられる。
- バーナム氏は国有化論者として知られるが、全面的な国有化を目指すのではなく、マンチェスター市でのバス事業の再公営化の成功例に倣い、民間企業に任せることが利用者の利便性を損なう場合に公的関与を拡大する可能性が高い。
- バーナム氏の下で労働党が党勢回復に成功するか、リフォームUKにリードを許したまま次の総選挙に臨むことになるか、労働党に対する批判票の受け皿となっている緑の党がさらに支持を伸ばすか、下野した保守党が息を吹き返すか、今後の政局展開から目が離せない。
- 外交分野では、EUとの関係改善が期待される一方、米国のトランプ政権との関係が不安視される。対中関係では実益優先で貿易関係の改善を進める可能性がある。日本とは経済・安全保障分野での強固な関係が続きそうだ。
地方の声を代弁する庶民派首相が誕生
英国のスターマー首相の辞任表明に伴って行われた中道左派の与党「労働党」の党首選は、首相就任を目指し、先の下院補欠選挙で国政復帰を果たした前マンチェスター市長のバーナム氏以外に立候補者が現れなかったため、同氏が17日に労働党の党首に就任し、20日に英国の新たな首相に就任した。英国の欧州連合(EU)からの離脱を決めた2016年の国民投票の直後に辞任したキャメロン首相以来、過去10年で7人目の首相となる(図表1)。度重なる首相交代は、ブレグジットによる社会の分断、新型コロナウイルス対応の混乱、相次ぐ政治スキャンダル、国民保健サービス(NHS)の受診待ち患者問題、ロシアによるウクライナ侵攻後の物価高騰、財源の裏付けがない大型減税が金融市場の動揺を招いたトラスショック、ブレグジット後も続く不法移民問題など、英国の経済・社会・政治の混乱を象徴する。

バーナム氏は1970年にイングランド北部のリバプール郊外で、電話会社技師の父と診療所受付の母の間に生まれ、労働者階級の家庭で育った庶民派の政治家として知られる。15歳で労働党に入党し、ケンブリッジ大学を卒業後、20代でマンチェスター市の選挙区選出の下院議員となり、ブレア政権で内務省政務次官(日本の大臣政務官ポストに近い)と保健担当相(日本の副大臣ポストに近い、NHSを担当)を、ブラウン政権で財務省主席政務次官(財務省内で財務相に次ぐ閣僚ポスト、各省の予算編成や歳出管理を担当)、文化・メディア・スポーツ相(オリンピックの準備や放送・スポーツ政策を担当)、保健相(NHS改革などを担当)を歴任した。労働党が野党時代の2010年と2015年の党首選に出馬したが、ミリバンド氏とコービン氏に敗れた。
2015年の党首選敗北後、マンチェスター市長に転身し、バス事業の運営一体化など公共交通網の改革、商業施設の誘致や住宅建設などの都市再生事業、ホームレス対策などで実績を上げた。また、コロナ禍の最中の2020年には、ジョンソン首相(当時)がマンチェスター地域への規制を強化しようとした際には、「十分な財政支援なしに規制だけを押し付けるのは受け入れられない」と反発し、ジョンソン政権と真っ向から対立した。こうした姿勢が、「ロンドンの中央政界による支配からイングランド北部を守るリーダー」や「地方の利益を代弁する政治家」としての評価を定着させ、英国のメディアから「北の帝王」と呼ばれるようになった。
17日に労働党の党首に選出されたバーナム氏は、党首就任後の演説で「英国民は政治に希望を失っているが、それを取り戻す」、「国民の生活改善を最優先する」、「より労働党らしい政権を目指す」、「地方に権限を移す」、「経済を再生させる」、「財政規律を維持する」、「党内対立を終わらせる」などの主張を展開した。サッチャリズムを軌道修正し、「小さな政府」から「国家の役割拡大」に、「民営化」から「公的関与の拡大」に、「ロンドン一極集中(金融ビッグバン)」から「地方分権」に舵を切る。インフラ投資の拡大、公共サービスの再建、公共住宅の建設、社会保障の充実、労働者・中間層の生活改善、必要不可欠なサービスの公的関与の拡大など、“バーナム氏らしさ”を感じさせる主張も多かったが、経済活性化、財源、増税の可能性、公的関与拡大の対象、EUとの関係見直しなどの具体策には踏み込まなかった。
20日の首相就任直後の演説では、財政規律を守るとともに、生活費の高騰に苦しむ家計支援、若者の教育、公共住宅の建設、防衛費の拡大などを約束した。バーナム氏の発言が伝わると、英国債市場では10年物国債利回りが一時5%を突破し、新政権の財政運営を巡る不安が広がった。財政運営や財源の具体策の公表を翌日に先送りしたことや、スターマー前政権で緊縮的な財政運営を主導したリーブス財務相の退任が明らかとなったこと、「既存の財政規律を遵守するが、規律に認められる柔軟性を用いる」と発言したことが伝わり、財政悪化と国債増発の可能性が意識された。首相就任の初日から市場対話の難しさを痛感することとなった。
財政再建、経済活性化、増税回避の難題に取り組む
英国では財政再建が進んでいない。財政赤字に相当する公的部門の純借入額の対GDP比率は5%前後で高止まりしている(図表2)。高齢化の進展や医療費の高騰を受け、国民に無料の医療サービスを提供するNHS予算の膨張が続いていることや、コロナ危機時の雇用維持制度や企業支援、エネルギー価格高騰時の電力料金の負担軽減措置なども財政悪化の要因となっている。また、英国の公的年金には、毎年の受給額を、①平均賃金の伸び率、②消費者物価の上昇率、③2.5%のうち、最も高い伸び率に連動して調整する「トリプルロック」と呼ばれる仕組みがある。高齢化による年金受給者の増加に加えて、近年の高インフレで1人当たりの受給額が増加したことも、年金財政の悪化をもたらしている。政府債務の膨張が続くなか、英国の国債利回りは主要先進国で最も高い水準にある(図表3)。


バーナム氏は労働党内で、労働組合に近い穏健左派(ソフトレイバー)に位置付けられ、党内中道派のスターマー前首相より左寄りだが、コービン元党首のような急進左派ではない。地方経済の再生、公営住宅の建設、交通網の整備、インフラ投資、職業訓練の強化、NHS予算の拡充などを巡る過去の発言もあり、財政規律を重視したスターマー路線からの転換が意識され、金融市場には財政拡張への警戒が広がった。だが、首相就任が現実味を帯びるようになると、市場の不安を和らげようと、「財政規律を重視する」、「政府債務を削減する」、「経常的な歳出を税収で賄う」、「成長につながる投資を優先する」など、発言を軌道修正している。
バーナム氏の増税を巡る発言は、かつては所得税の最高税率引き上げ、不動産課税の強化、富裕税の導入などの主張が目立ったが、最近では大規模な増税を否定するとともに、所得税、付加価値税(VAT)、国民保険料の引き上げに慎重な姿勢を示唆している。英国の税・社会保障負担の対GDP比率は現在、第二次世界大戦後で最も高い水準にある(図表4)。所得税や国民保険料の課税基準額を据え置く一方で、名目賃金が上昇したことで、より多くの納税者が課税対象または高い税率区分に移行する「ブラケット・クリープ」が生じ、税負担率を押し上げている。また、近年のエネルギー関連企業向けの超過利潤税の導入と引き上げ、法人税率の引き上げ、飲食店向けのVATの軽減税率終了、国民保険料の企業負担引き上げなども影響している。

経済協力開発機構(OECD)は、英国の税負担が既に十分高いため、これ以上の増税をすれば、労働供給、設備投資、消費を抑制する恐れがあり、歳出削減を通じて財政健全化に取り組むべきと警告を発している。歴史的に高い税負担をこれ以上引き上げずに、成長促進を通じて税収を増やせるか、新政権は難しい舵取りを迫られる。
財政規律と投資拡大を両立する財務相人事
新政権の財政運営を占ううえで注目を集めたのが、経済・財政運営を指揮する財務相にどういった人物を充てるかだ。事前の報道では、バーナム氏に近いミリバンド前エネルギー相、党内で中道寄りの人物とされるマフムード前内相、若手改革派でブレア路線の踏襲者とされるストリーティング元保健相などの名前が挙がっていたが、バーナム氏が財政運営を託したのは、ダークホースのヒーリー元国防相だった。当初、有力視されたミリバンド氏は、バーナム氏と同様にソフトレイバー路線の政治家で、極端な歳出拡大を進める可能性は低いながらも、市場参加者の間で財政拡張が意識される恐れがあった。中道寄りのマフムード氏やストリーティング氏が選ばれれば、金融市場には一定の安心感が広がるとみられてきた。ヒーリー氏はブレア元首相に近い実務派とされ、財政規律を重視する現実主義者と考えられる。ミリバンド氏は外相に、ストリーティング氏は国防相に就任し、マフムード氏は内相に留任した。
ヒーリー氏はケンブリッジ大学を卒業後、雑誌編集者や労働組合の職員などを経て、1997年に下院議員に初当選したベテラン議員で、ブレア政権で教育技能省の政務次官(成人教育、職業訓練、技能開発担当)、財務省の経済担当政務次官(金融サービス、保険、税制、金融市場政策を担当)、財務長官(歳入関税庁、税制改正、公共財政を担当、財務省内で財務相、主席政務次官に次ぐポスト)を、ブラウン政権で地方自治担当相(地方分権、地方財政、自治体行政を担当)、住宅・都市計画担当相(住宅供給、都市計画、住宅市場政策を担当)を、スターマー政権で国防相を歴任した。野党時代も影の保健相、影の住宅相、影の国防相を任された。今年6月には、国防費の増額を巡って財政規律を重視する政権と対立し、「必要な防衛力を整備できない予算には責任を負えない」との理由から、国防相を辞任した。辞任は政権批判や党内の権力闘争が理由ではなかったとされ、信念を重んじ、素直な物言いで、実務能力の高い政治家と評される。事前に財務相候補として名前が挙がっていた人物ではないが、過去には財務省での閣僚経験に加えて、バーナム首相が重視する地方分権、地方行政、住宅供給、都市計画などの分野での閣僚経験を持つ。積極財政論者ではないが、国防相を辞任した経緯から分かる通り、必要な歳出まで削るべきではないとの現実主義的な考えの持ち主とみられ、この点もバーナム氏が目指す方向性と合致したとみられる。今後の閣僚答弁での経済・財政分野での発言や、秋の予算発表でどのような政策を打ち出すかに注目が集まる。
生産性低迷で潜在成長率が低下
多くの先進国ではリーマンショック後に経済成長率が下方屈折しているが、英国もその例外ではない。1人当たりの実質GDPは、2000~2007年まで年率+2.0%のペースで拡大していたが、2008年以降は同+0.5%に鈍化している(図表5)。コロナ危機やブレグジット後に一段と成長ペースが鈍化しており、それ以前の2008~2019年で比べても同+0.7%と、成長ペースが半減している。英予算責任局(OBR)の分析によれば、①リーマンショック以前の1998~2007年の期間、②リーマンショック後からコロナ危機までの2010~2019年の期間、③向こう5年の2025~2030年の期間の潜在成長率を要因分解すると、労働投入や資本投入では説明できない全要素生産性(生産効率や技術進歩など)が潜在成長率の落ち込みを主導していることが分かる(図表6)。


成長重視を掲げるバーナム政権は、短期的な景気刺激効果よりも、中長期的な生産性向上につながる投資に重点を置く可能性がある。拡大が期待される投資分野としては、インフラ、住宅供給、エネルギー・脱炭素、防衛・安全保障、教育・人材育成などが考えられよう。これらの一部を地方分権と結び付け、地域主導でのインフラ投資や都市再生事業などを進め、地域再生を目指すことが予想される。英国には、金融業、サービス業、防衛・宇宙産業、製薬・ライフサイエンス業、AIやデジタル関連企業、クリーンエネルギー産業など、高い競争力を持つ産業も少なくない。他方で、労働集約型の製造業など、コスト競争力を失った産業もある。闇雲な投資拡大は財政悪化を招き、長期金利の上昇を通じて民間需要を阻害しかねない(クラウディング・アウト)。成長力を高める投資に的を絞り、規制緩和や許認可手続きの簡素化などと組み合わせることや、資本市場改革を通じた民間資金を活用するなどの視点も重要となってこよう。
国有化論者だが、その内容を冷静に評価したい
バーナム氏の首相就任観測が浮上したタイミングで、経営難に陥った大手水道会社の一時国有化(特別公的管理)の観測が再浮上したことも、政府の財政悪化につながるとの思惑を生んだ(詳細は6月17日付けレポート「英水道事業の再国有化は?」を参照されたい)。マンチェスター市でのバス事業の再公営化を成功させたバーナム氏は、鉄道、バス、水道、エネルギー事業など、市民生活に直結する公益サービスについては、民間企業に完全に任せるのではなく、公的な関与を拡大すべきであると主張してきた。バーナム氏の首相就任で、当該水道会社の一時国有化の動きが加速する可能性が高まった。既存の債権者は、特別公的管理の要件を満たしているか、規制当局の対応で投資家の権利が不当に侵害されているかを巡って、訴訟を提起する可能性を示唆している。特別公的管理への移行に伴い、債権者が一定の損失負担を求められる(ベイルイン)かどうかは、今後の英国の公益セクターに対する投資環境にも大きな影響を与えかねない。
とは言え、バーナム氏の考えは、かつての労働党やコービン党首時代の公益事業の全面的な国有化とは異なる。実際、マンチェスター市の例では、1980年代の民営化後に複数の企業がバス事業を運営していが、各社が別々の運賃体系やダイヤを設定していたため、利用者は別の会社のバス路線に乗り換える度に新たに料金を支払い、路線間の乗り継ぎ接続も十分に考慮されていなかった。バーナム氏の改革は、路線、運賃、ダイヤ、サービス水準などを自治体主導で一体的に設計し、民間に運行を委託するもので、完全な公営化ではない。マンチェスター市の成功事例を全国レベルで展開する場合も、全面的な国有化を目指すのではなく、民間企業に任せることが利用者の利便性を損なうケースを前提に、公的関与を拡大する形が中心となろう。
リフォームUK政権は誕生するか?
今後の政治日程を確認すると、今回は議会会期途中での首相交代のため、正式な所信表明演説に相当する国王演説(国王が政権の政策方針を代読する)は予定されていない。議会は既に夏季休会(7月16日から9月1日まで)に入っており、当面の間は毎週水曜日の党首討論(PMQ)も行われない。バーナム氏としては夏休みを利用して、政権の重要政策を練ることになる。9月27日から30日にリバプールで労働党の党大会が予定され、ここで政権の政策ビジョンなどが打ち出される可能性が高い。11月頃に秋季予算が発表され、政権の財政運営の詳細が明らかになる。
スターマー首相が辞任の意向を表明して以降、労働党の支持率がやや上向いている。かつて「英国独立党(UKIP)」や「ブレグジット党」を率いた扇動政治家のファラージ氏が旗揚げした右派ポピュリスト政党「リフォームUK」に一部の世論調査で並んだ。世論調査は引き続き、リフォームUKが労働党と保守党の二大政党をややリードしている。最近までの世論調査の多くは、リフォームUKが25%前後で首位を走り、現与党の労働党と前与党の保守党が20%前後でこれを追い、環境政党「緑の党」とリベラル政党「自由民主党」が10%台半ばで続いていた(図表7)。

小選挙区制で戦う英国の下院選挙は従来、労働党と保守党の二大政党に有利に働く傾向があり、両党の獲得議席が得票の占有率を大きく上回ってきた(図表8)。2024年の下院選挙では、台頭著しいリフォームUKと保守党が保守票を奪い合った結果、労働党が地滑り的な勝利を収めた。だが、最近の地方選挙では、リフォームUKと緑の党が二大政党から議席を奪っており、こうした構図が崩れかけている。

下院の議会任期が満了するのは2029年7月で、次の総選挙まではまだ時間がある。首相の解散権を封じた2010年の議会任期固定法は、ジョンソン政権下の2022年に廃止され、現在は首相の一存で議会を解散し、総選挙を前倒しすることができる。首相交代で労働党の支持率が一段と上昇し、リフォームUKを安定的に逆転する状況になれば、2029年の議会任期満了を待たずに前倒しで総選挙を行う可能性も出てくる。バーナム氏の下で労働党が党勢回復に成功するか、このままリフォームUKにリードを許したまま次の総選挙に臨むことになるか、リフォームUK支持に抵抗がある若者や中東情勢を巡る政府の対応に不満を持つイスラム教徒などが中心となり、労働党に対する批判票の受け皿となっている緑の党がさらに支持を伸ばすか、下野した保守党が息を吹き返すか、今後の政局展開から目が離せない。
政権奪取を狙うリフォームUKは最近、政権運営能力を示すため、保守党を離党した重量級議員を招き入れるとともに、極端な政策主張を封印している。移民規制の強化、気候変動対策の見直し、EU批判などを繰り返しているが、財政運営を巡っては、従来よりも現実路線にシフトしている。かつては、大型減税、大規模な歳出拡大、エネルギー税廃止などを前面に打ち出していたが、財源不足を指摘する声を受け、行政改革による歳出削減、福祉支出の見直し、政府機構の効率化などを強調するようになってきた。こうしたリフォームUKの政策穏健化は、その狙いとは裏腹に、党勢拡大につながっていない。そればかりか、リフォームUKの離党者が旗揚げした新興右派ポピュリスト政党「リストア・ブリテン」に、一部の有権者を奪われている。リフォームUKの勢いがこのまま続くかは、労働党の復権の行方とともに、大きな注目点となりそうだ。
外交方針はスターマー路線を踏襲
外交分野では、EUとの関係改善が期待される一方、米国のトランプ政権との関係が不安材料とされる。バーナム氏は2016年の国民投票でEU残留に投票し、離脱後も「英国が将来的にEUに再加盟することを望んでいる」と発言するなど、労働党内でも再加盟に比較的前向きな政治家として知られていた。現在の基本姿勢は、将来的なEU再加盟を目指すとしながらも、当面はEUへの再加盟や、単一市場・関税同盟への復帰も計画せず、代わりに経済、安全保障、防衛、研究開発、貿易分野などでの協力を拡大することを示唆している。英国はスターマー前政権の下で、EUとの防衛協力、エネルギー分野での協力、研究開発プログラムへの参加、若者の人的交流の促進、貿易手続きの簡素化、動植物検疫の簡素化などを進めてきた。バーナム政権もこうした路線を踏襲し、EUとの更なる関係改善を進める可能性が高い。
なお、離脱後の厳しい現実に直面し、最近の世論調査では、英国民の多くが「EU離脱を間違いだった」と回答している(図表9)。だが、このことは必ずしも英国が近い将来にEUに復帰することを意味する訳ではない。別の世論調査では、英国民の半数以上が「EUへの再加盟」を支持しているが、離脱前の英国に認められた特別扱い(共通通貨ユーロ利用の適用除外、EU予算の拠出金減額、EUプログラムへの部分参加など)がない場合、再加盟を支持する国民は多数派でなくなる(図表10)。EU側は英国の再加盟を歓迎する方針だが、英国を特別扱いしないことを明言している。特権を剥奪されての再加盟が英国民から支持される可能性は低い。


バーナム氏は北大西洋条約機構(NATO)重視、ウクライナ支援の継続、防衛力強化の方針を明確に支持しており、この点でも基本的にスターマー路線を踏襲することが予想される。不安視されるのが米国のトランプ政権との関係だ。バーナム氏について問われたトランプ大統領は、「極めてリベラルな人物と聞いている」、「北海油田の開発に否定的なようだ」と発言した。労働党政権の誕生でトランプ大統領との関係が不安視されたスターマー前首相は、政治理念の違いを封印し、トランプ氏を持ち上げ、王室外交も駆使することで、予想以上に良好な関係を築くことに成功した。検察トップ出身のスターマー氏は、慎重かつ抑圧的なコミュニケーションでトランプ大統領からの失点を防いだ。トランプ氏の発言からは、バーナム氏がスターマー氏と比べてリベラル色が強く、前政権と同様に気候変動対策に積極的であるとのイメージを持っていることが窺える。その後、新政権が北海油田の採掘再開に前向きであるとの報道が伝わると、トランプ氏もこれを好意的に受け止めた。バーナム氏は首相就任後にトランプ大統領と電話で会談し、マンチェスター市に招待したとされる。イデオロギー面での相違は大きいが、人情味に溢れるバーナム氏がトランプ大統領とどのような個人的関係を築くかに注目が集まる。
バーナム政権の対中政策は、スターマー政権の基本方針を引き継ぎ、経済面での対話を維持しつつ、安全保障分野での警戒を続けるとみられる。地方経済や製造業の再生を重視し、中国との貿易関係の強化を進めつつ、半導体や人工知能(AI)分野など安全保障に直結する分野では、投資審査や輸出管理を厳格化する可能性がある。また、香港や新疆ウイグル自治区などを巡る人権問題については、懸念表明をしつつ、経済協力と切り離す姿勢を続けることが予想される。
日本と英国との良好な関係は今後も継続しそうだ。これまで多くの日本企業が英国に進出し、地域経済の発展や雇用創出に貢献してきた。地方経済の再生を重視するバーナム氏は、マンチェスター市長時代にも積極的な企業誘致を推進してきた。また、EUとの関係改善を目指すバーナム政権の方針は、ブレグジット後も英国を欧州の重要拠点に位置付ける日本企業にとっても、欧州事業の環境改善につながる可能性がある。日本と英国は近年、安全保障分野での協力も強化している。2023年に日英円滑化協定(RAA)の本格運用を開始し、自衛隊と英国軍との共同訓練などを実施しているほか、イタリアを含めた3ヵ国で次世代戦闘機の共同開発(GCAP)を進めている。英国はインド太平洋地域への関与を長期的な戦略と位置付けており、日本は価値観を共有する最重要のパートナーとして位置づけられよう。
田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

