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アイスランド、EU加盟へ再始動か?

~漁業主権が最大の焦点に~

田中 理

要旨
  • 北大西洋の島国アイスランドで、EU加盟交渉の再開を問う国民投票が29日に実施される。2008年の金融危機を契機に始まった前回の加盟交渉は、漁業権への懸念や政権交代を背景に2013年に凍結された。近年は高インフレ・高金利や小国通貨クローナの脆弱性に加え、北大西洋・北極圏を巡る安全保障環境の変化から、EU加盟論が再浮上している。最新の世論調査では交渉再開への賛否が拮抗している。賛成多数となっても、最終的な加盟には改めて国民投票が必要となる。最大の焦点は、国家主権の象徴でもある漁業政策。EUから漁獲枠や外国資本規制などで特例を引き出せるかが、加盟の行方を左右しよう。

北大西洋に位置する人口約40万人の島国アイスランドは、8月29日に欧州連合(EU)への加盟交渉の再開を問う国民投票を実施する。北大西洋・グリーランド海・ノルウェー海に囲まれた同国は、国土面積の約7倍に及ぶ排他的経済水域(EEZ)を持ち、豊富な水産資源を背景に漁業が重要産業となっている。観光やアルミニウムなど産業の多角化が進んだことで、かつてのような圧倒的な地位を占めることはなくなったが、今も水産物は財輸出の4割近くを占める。

アイスランドはノルウェーなどとともに、EUに加盟しないが、EUとの経済関係を重視してきた。1970年に欧州自由貿易連合(EFTA)に加盟し、1972年にEUの前身である欧州共同体(EC)と自由貿易協定を締結した。1994年には欧州経済領域(EEA)に参加し、EUの単一市場に参加する現在の枠組みが確立した。また、アイスランドは、域内国境での出入国検査を原則撤廃し、域外国境を共通で管理するシェンゲン協定に参加し、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国でもある。

アイスランドがEU加盟から距離を置いてきた最大の理由は漁業政策だ。EUに加盟すれば、共通漁業政策や資本移動の自由などの対象となり、漁獲割当、漁場アクセス、水産資源の管理、外国資本の出資制限などでの裁量が失われる可能性がある。また、第二次世界大戦後のアイスランドは、周辺海域での漁業権を巡って英国との対立を繰り返し(一連の対立は通称「タラ戦争」と呼ばれる)、当初3海里だった漁業水域を段階的に拡大し、1970年代に現在の200海里の権利を勝ち取った。こうした歴史的な経緯もあり、水産資源の自主管理は国家主権の象徴と受け止められており、EU加盟に伴う共通漁業政策への参加に対する警戒感が根強い。

独自路線を歩んでいたアイスランドがEU加盟へと大きく傾く契機となったのが、2008~09年にかけての世界的な金融危機だった。2008年には経済規模対比で肥大化していた銀行部門を直撃、大手銀行が相次いで破綻し、通貨アイスランド・クローナが大幅に下落した。経済・金融安定の観点から、EU加盟や将来的なユーロ導入への関心が高まった。2009年7月にEU加盟を正式に申請し、2010年7月に加盟交渉が正式に開始された。EEAを通じてEUの単一市場のルールの多くを既に導入していたアイスランドの加盟交渉は比較的スムーズに進んだ。35の政策分野のうち27分野で交渉を開始し、11分野で暫定合意に達していたが、2013年の総選挙でEU加盟に慎重な中道右派勢力が勝利し、新政権は加盟交渉を凍結した。独自の漁業権を失うことに対する警戒が根強く、金融危機の再来に対する当初の不安心理が後退したこともあり、2015年には加盟候補国として扱わないようにEUに正式に要請した。

ここにきてEU加盟論が再浮上している背景には、米国のトランプ政権によるグリーンランド領有を巡る発言や、ロシアによる北大西洋・北極圏での活動活発化など、アイスランドを取り巻く地政学環境の変化がある。アイスランドはNATO加盟国で、米国との安全保障協力を防衛の柱としてきたが、米国の欧州防衛への関与を巡る不透明感が強まるなか、EUとの政治・安全保障面での結びつきを一段と強化すべきとの議論も高まっている。また、経済や金融市場の規模が小さい同国では、歴史的にアイスランド・クローナが投資マネーの動きや外的ショックの影響を受けやすく、近年の高インフレ・高金利への不満も重なり、EU加盟の先にある将来的なユーロ導入を、経済・金融市場の安定化手段として評価する見方もある。アイスランドはEEAを通じて単一市場に参加し、そのルールの多くを国内法で取り入れているが、EU加盟国でないため、そうしたルールを決めるEUの意思決定には直接参加できない。加盟推進派からはこうした立場を見直すべきであるとの意見も聞かれる。

今回の国民投票では、「アイスランドがEUとの加盟交渉を再開すべきか否か」が問われる。8月前半に行われた最新の世論調査では、態度を決めた回答者の51.5%が賛成、48.5%が反対と拮抗している。国民投票が賛成多数で可決された場合も、直ちに同国のEU加盟が決まる訳ではない。今回の投票は法的拘束力がない諮問的なもので、政府は結果を政治的に尊重する方針だが、交渉妥結後に改めてEUに加盟するか否かの是非を問う国民投票を行うとしている。加盟交渉の再開で賛成が僅かに上回るが、EU加盟そのものについては反対が賛成を上回る調査もある。

今回の投票結果が賛成多数となった場合、政府はEU側と加盟交渉の再開に向けた手続きを進めることになるとみられるが、アイスランド国民がEUへの加盟条件を受け入れるかどうかは、EUが漁業分野での特例をどの程度認めるかが鍵を握ることになろう。EU加盟時には個別分野で特別な措置が認められた前例もあり、漁業についても一定の柔軟な取り決めを模索する余地はあるとみられる。もっとも、共通漁業政策からの全面的な適用除外は難しいとみられ、漁獲割当や外国資本規制を巡る交渉は難航が予想される。アイスランドが漁業分野でどの程度の特例を引き出せるかは、同じくEEAを通じてEUの単一市場に参加し、漁業資源の自主管理を重視するノルウェーなどからも注目されよう。

以 上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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