欧米の政治・経済動向~海外拠点からの現地報告~『バーナム首相の政策構想と労働党再建』

鏑木 健太郎

目次

なぜいま、アンディ・バーナム氏なのか

英国労働党は2024年の総選挙で圧勝したものの、その後は支持率が低下しており、足元ではReform UK、労働党、保守党の3党の支持率が概ね拮抗する状況となっている。こうしたなか、Greater Manchester市長を約9年間務めたアンディ・バーナム氏が2026年6月に下院議員に復帰し、7月20日に首相に就任した。バーナム氏は、コロナ禍において十分な財政支援を求めて地域の立場を代弁したことで注目を集めた。市長としても地域再生等を進めた実績を残し、中央政治への不信や生活不安が強まるなか、英国の立て直しを託し得る政治家としての期待が高まった。

英国をどう変えようとしているのか

バーナム氏の政策アジェンダは、①地方分権、②住宅と生活コスト、③公共インフラ・公益サービス、④再工業化・教育改革・若者支援、の4点に整理できる。就任演説では、生活必需分野への公的統制強化や公共調達による国内産業支援、公営住宅の増設等を掲げ、年内に10年計画を示すとした。就任翌日には、デジタルID計画の中止によって捻出した財源を活用し、家庭用電気料金の付加価値税を10月1日から2027年3月末まで撤廃すると発表した。さらに、路上生活の解消に向けて3.4億ポンドを追加し、1,200戸の住宅確保と少なくとも3,000人への支援策を打ち出した。

バーナム氏の構想の根底には、1980年代以降に進んだ中央集権、民営化、脱工業化への批判がある。地域に権限を移し、公益サービスへの公的関与を強め、公共調達を通じて国内産業を支えることで、成長の果実を各地に行き渡らせようとしている。その象徴的な取組として、就任直後には、マンチェスター中心部に“No10 North”を開設し、閣僚と地域首長が地方分権や経済成長を協議する「成長戦略の司令塔」と位置付けた。

しかしながら、筆者がロンドンで面談した投資マネジャーによれば、官僚の異動や二拠点運営の方針が定まらず、政府内に混乱が生じているという。拠点は始動したものの、制度としての定着は課題であり、その実効性は中央省庁との調整や地域側の実行力に左右される。また、同マネジャーは、バーナム氏はスターマー前首相よりも左派色が強く、将来、公益事業の国有化や富裕層増税を志向する可能性があると指摘した。一方で、国債市場の混乱への懸念や総選挙を経ずに首相に就任した事による政治的制約等を背景に、急進的な政策運営には限界があるとの見方も示している。

労働党の党勢回復につながるか

2026年7月公表の調査では、2024年総選挙で労働党に投票した有権者のうち、現在も同党に投票する意向を示す割合は41%に留まり、17%は緑の党、9%は自由民主党、6%はReform UKへの投票を考えている。離反先は緑の党からReform UKまで左右両方向に広がっており、支持流出を単純な政治的立場の変化だけで説明することは難しい。

同調査では、労働党離反層の最多となる31%が生活費の改善不足を理由に挙げ、公共サービスの改善不足も同層の20%を占めた。労働党からの離反先はさまざまだが、生活費や公共サービスへの不満が共通項として浮かび上がる。現地紙でも、従来、労働党に投票してきた有権者が生活費や公共サービス、住宅不足への不満を抱き、緑の党等への投票を検討する様子が紹介されている。また、筆者がロンドンで面談した投資マネジャーからも、賃金が伸び悩む一方、食品や電気料金は大きく上昇しており、生活水準や格差、若者の雇用機会への不満が強いとの指摘があった。こうした生活実感に応えられるかは、離反した労働党支持層を再結集するうえで重要である。

この点で、生活を地域から立て直すことを目指すバーナム氏の政策は、離反層の支持回復に寄与しうる。もっとも、就任後初の世論調査で労働党の支持率の上昇は1ポイントに留まり、バーナム氏への評価も好意的(38%)と否定的(35%)が拮抗している。政権移行の混乱を収めつつ、生活上の不満に対し、各地域で目に見える成果を示せるかが、今後の党勢回復の鍵となろう。

鏑木 健太郎


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。