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- 英水道事業の再国有化は?
- 要旨
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- 経営難に陥っている英国最大の水道会社を巡っては、民間の債権者団を中心とした救済策に担当閣僚が異議を呈したことで、一時国有化の可能性が高まっている。検討されているのは、新たな事業者に経営権を譲渡するまでの間、一時的に政府の管理下に置く特別措置で、完全な再国有化ではない。再国有化論者のバーナム氏の次期首相就任が有力視されていることと相俟って、同社の事案が英国の水道事業全体が抱える問題であるとし、水道事業の再国有化の布石であるとの見方も一部で浮上している。だが、同社の事業構造が抱える特殊性、他社と比べて突出して悪い財務環境、再国有化による財政負担の重さを考えれば、水道事業や公益セクター全体を公的管理下に置くことは非現実的と言わざるを得ない。
ロンドンを中心に約1600万人の顧客を抱える英国最大の水道会社が一時国有化される可能性が高まっている。ロンドン周辺のテムズ川流域の上下水道サービスを提供する同社は、老朽化した上下水道設備の莫大な投資更新負担、176億ポンドに上る巨額債務の返済負担、汚水の河川放出など環境規制に関連した罰則金支払い、規制料金の引き上げに対する利用者の不満と政治的な反発などを背景に、経営難に陥っている。
その経緯を振り返ると、2022年の増資後も資金繰り不安が続き、2023年に当時の経営陣が突然の辞任を発表すると、政府が一時国有化を検討しているとの観測が浮上し、金融市場に動揺が広がった。手元資金の取り崩しや短期の借り入れで当面の資金繰りを乗り切ったが、2024年に入ると、料金引き上げや財務面での柔軟措置を巡る規制当局との協議が暗礁に乗り上げ、投資採算が取れないことを理由に、既存株主による7.5億ポンドの追加出資計画が撤回された。次の規制期間(2025~2030年)に向けた料金の引き上げ幅が会社側の要求対比で圧縮されたほか、同社の信用格付けは投機的な水準に引き下げられた。2025年に債権者団を中心に30億ポンドの救済融資が承認されたが、これは年利9.75%の高金利の貸付で、債務の更なる膨張を招いた。新たな出資者が選定され、40億ポンドの新規資本投入や負債削減などの経営再建計画が検討されたが、詳細調査の過程で事業リスクへの懸念が高まり、最終的に出資の見送りを決定した。現在は、米国の投資会社を中心とした債権者団が、向こう4年間の罰則金支払いの免除を条件に、最大100億ポンドの追加資金を投入する新たな救済策を提示し、政府内で検討されてきた。
レイノルズ環境相は15日に規制当局トップに送った書簡で、債権者の救済案が顧客への不当な負担、重要なインフラ投資の先送り、環境改善の遅れを招く恐れがあるとして、異議を呈した。16日には、107名の与野党議員が規制当局と環境相宛に、同社の一時国有化を求める意見書を提出した。スターマー政権は当初、巨額の税金投入が必要になる一時国有化に慎重だったが、民間の債権者による経営再建が行き詰まり、一時国有化が避けられないとの見方に傾きつつある。
この間、政府は水道事業の規制改革に着手し、2024年にイングランド銀行のカンリフ元副総裁を委員長とする独立委員会を設置した。その提案内容を踏まえ、2025年に水道会社への規制・ガバナンス・破綻処理制度を強化する水道法の改正案を成立させたほか、監督機関である水道事業規制局(Ofwat)の廃止、経済・水質・環境規制を束ねる新たな単一規制機関の創設、財務健全性の監視強化、配当制限、経営陣の責任明確化などを核とする改革案をまとめた。
今回の動きをサッチャー政権時代の1989年に民営化された英国の水道事業が再国有化される布石との見方も一部で広がっているが、検討されているのは、あくまで一時的な国有化で、完全な再国有化ではない。地域独占の水道事業の場合、顧客が他の水道会社からサービスの提供を受けることは難しい。水道事業者が経営難に陥った場合、サービスの継続的な提供を保障し、顧客を保護する必要がある。そのため、英国の水道規制では、新たな事業者に経営権を譲渡するまでの間、一時的に政府の管理下に置く特別公的管理(SAR)が認められている。水道事業者が債務を支払えない場合や、免許を継続することが不適切な重大な免許条件に違反した場合、規制当局や担当大臣は、裁判所に対して水道事業者の特別管理の開始を求めることができる。
同社の経営行き詰まりを英国の水道事業全体が抱える問題であるとの見方も一部にあるが、①同社の事業地域が人口増加による投資負担が重い広域ロンドンと老朽化する水道システムがオーバーフローするテムズ川を抱える特殊性、②他の水道会社と比べて突出して悪い同社の財務環境、③水道国有化による財政負担の重さに鑑みれば、全面的な国有化に向けた動きと捉えるべきではない。同社が抱える経営上の課題は、所有形態が民間から政府に変わったからと言って、直ちに改善するものではない。一時国有化が常態化し、再国有化が意識されれば、他の水道会社や公益企業に対する民間資金の流入が細る恐れもある。同社の一時国有化に踏み切る場合も、他社との違いを明確化し、今後の事案については、規制強化で事前予防を徹底するとともに、まずは民間主体の財務基盤強化を進めることを強調する可能性が高い。
水道事業の再国有化の議論は、18日に迫る下院補欠選挙とその後の労働党の党首交代の動きとも連動している。マンチェスター市長として、同市のバス事業の公的管理を成功させたバーナム氏が国政復帰を果たし、労働党の党首選を制し、次の首相となれば、再国有化の動きが加速するとの見方もある。確かにバーナム氏は「生活に不可欠なサービスは、公共の利益のために運営されるべき」と主張してきた人物だ。最近も、民営化後の水道会社が巨額の経営報酬や配当支払いに資金を回し、必要な設備投資を怠った結果、汚水排出などの環境悪化を引き起こしてきたと非難し、水道会社の公的管理や水道料金の引き上げ凍結を求めた。同氏の側近からは、水道、送電網、一部エネルギーインフラなどを長期的に公的管理に移す構想も報じられている。ただ、バーナム氏の考えは、完全な再国有化というよりも、公的な管理を強化し、地方自治体や利用者などが経営の意思決定に参加することを求めるものと考えられる。マンチェスター市のバス事業の公営化も、完全公営化ではなく、自治体が路線設計、運賃設定、サービス水準などを決定し、運行は民間事業者に委託する形を採る。再公営化後、利用者の増加、運賃の統一、不採算路線の維持などの成果の一方、自治体の財政負担の増加が伝えられる。特別公的管理下で経営難にある水道会社の経営再建に成功すれば、中長期的に他の水道会社に対象を広げる可能性もゼロではない。とは言え、水道事業や公益セクター全体を公的管理下に置くことは、財政負担の重さやバーナム氏の首相就任による財政悪化を警戒する金融市場の反応を考えた場合、やはり非現実的と言わざるを得ない。
田中 理
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