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2026.04.30
アジア経済
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タイ中銀、中東情勢緊迫化による原油高が「様子見」を後押し
~多数の日系企業が進出するタイへの支援の意義は大きいが、経済は苦境が続くであろう~
西濵 徹
- 要旨
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タイ中銀は4月28~29日の定例会合で政策金利を1.00%に据え置いた。2月に利下げを実施したものの、直後に中東情勢が緊迫化し、エネルギーや食料品の物価上昇に直面している。ただし、総合インフレ率はマイナスで推移するなど、デフレ圧力を脱しきれない状況が続く。
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中東依存度の高いタイ経済は、原油高による実体経済への打撃が懸念される。政府は備蓄拡充や代替調達、省エネ対策などで対応しているものの、財政制約もあり対応は限定的である。原油や天然ガスの貿易赤字はGDP比▲5.4%に達すると試算されるうえ、観光業への悪影響やバーツ安も加わり、中銀が様子見姿勢を維持する一因となっている。
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中銀は声明で今回の決定が全会一致であったことを示した。経済成長率は2025年+1.5%、2026年+2.0%に鈍化し、インフレ率は一時的に目標上限の3%を超えると予測した。その一方、先行きの政策方向については不確実性が高いとして明言を避けた。
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日本はAZECプラス首脳会合で石油調達円滑化のため100億ドルの支援を表明した。タイには多くの日系企業が進出しており、サプライチェーン維持は日本自身の利益にも直結する重要な取り組みである。ただし、タイは人口ボーナス期の終了により生産拠点としての競争力が低下しており、趨勢的にみれば経済的な困難が続くことは避けられないであろう。
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- 目次
【タイ中銀、中東情勢の緊迫化を受けて「様子見」に転じる】
タイ銀行(中央銀行)は、4月28~29日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利を1.00%に据え置くことを決定した。中銀は2月の前回会合において、デフレ基調が続いていることに加え、ASEAN(東南アジア諸国連合)のなかで同国の景気回復が遅れていることを理由に利下げを決定した。しかし、直後にイスラエルと米国がイランへの軍事行動に踏み切り、その後の中東情勢の緊迫化を受けて、タイ経済を取り巻く状況は一変している。タイは、一次エネルギーに占める原油の割合が4割強、天然ガスの割合が3割弱を占めており、合わせると7割弱となる。
こうしたなか、原油輸入の6割を中東の湾岸産油国からの調達が占めており、中東情勢の緊迫化による供給懸念や価格上昇に直面している。さらに、窒素系肥料の価格上昇も影響して穀物をはじめとする食料品価格にも上昇の動きがみられる。その結果、ガソリンなどエネルギーのほか、食料品など生活必需品を中心に物価が上昇しているものの、3月のインフレ率は前年比▲0.08%とマイナスで推移するなど、デフレ圧力を脱しきれない状況が続いている(図1)。アジア新興国のなかにはインフレが加速する動きがみられるにもかかわらず、タイについては異なる状況が続いている。

【中東情勢の緊迫化によるタイ経済への影響について】
また、前述したようにタイ経済はエネルギーや肥料などの輸入を中東に依存しており、このところの原油高は実体経済に悪影響を及ぼすことが懸念される。タイ政府は、90日分程度の原油備蓄を確保しているうえ、その後も備蓄の拡充に向けた取り組みを強化していることを明らかにしている。米国による時限的なロシアに対する経済制裁緩和を受けて、ロシア産原油の輸入に動いているほか、米国や西アフリカ、南米などからの代替調達を活発化させている。一方、原油高によるエネルギー価格の上昇を抑えるべく、政府は補助金による価格上限の設定を目指したものの、財政上の懸念を理由に断念し、対象を低所得者層や公共交通機関に限定するなど難しい対応を迫られている。そのうえ、3月初めに石油製品の輸出を事実上禁止して国内供給を優先する一方、政府機関や国営企業に対して在宅勤務の奨励をはじめとする省エネ対策の強化、ガソリンスタンドの営業時間短縮、石炭火力や水力発電など代替電源の活用最大化などを通じた原油消費抑制の取り組みを進めている。
この背景には、タイの原油や石油製品、天然ガスの収支(輸出入の差し引き)がGDP比で▲5.4%に達すると試算され、原油高はマクロ面で景気の足を引っ張ることは避けられないという事情がある。さらに、原油高やジェット燃料の供給懸念を理由に航空便が減便すれば、GDPの1割を上回る観光関連産業への悪影響も避けられない。こうしたなか、金融市場でバーツ相場は頭打ちとなっており(図2)、タイは金取引が盛んであることを理由に、金価格に連れ高するなど実体経済と無関係に強含んできた状況は大きく変化している(注1)。こうした事情も中銀が様子見姿勢を維持した一因になっていると考えられる。

【中銀は中東情勢の緊迫化でタイ経済を取り巻く環境は一変と評価、全会一致で据え置き決定】
会合後に公表した声明文では、今回の決定について「全会一致」であったことを明らかにした。そのうえで、タイ経済について「中東情勢が緊迫化する前は内・外需双方で堅調な動きが確認された」ものの、「物価上昇と所得の見通し悪化を受けて2025年の経済成長率は+1.5%、2026年も+2.0%に鈍化する」としたうえで、「経済の見通しは大きな不確実性に晒される」との見通しを示した。物価動向についても「世界的なエネルギー価格の上昇によるコスト上昇圧力に晒される」として「インフレ率はしばらく目標の上限である3%を上回る」としたうえで、「2026年のインフレ率は平均で+2.9%になる」一方、「供給インフレの圧力が徐々に低下して2027年のインフレ率は+1.5%に鈍化する」との見通しを示している。また、中東情勢の緊迫化を受けた金融市場の動揺により「資産価格や為替は大幅に変動した」とし、「市中金利は過去に実施した利下げにより低水準で推移しているものの、信用の伸びの低迷が予想される」との見通しを示した。そのうえで、先行きの政策運営について「物価安定と持続可能な経済成長、金融安定の維持を目指す」との従来からの考え方を繰り返しつつ、「供給インフレによる一時的な物価上昇が見込まれる一方、不確実性は高く、物価を巡るリスクなどを注視する」として方向性に関する明言を避けた。中銀は、2月の前回会合で文字通り「背水の陣」の利下げを決定したものの(注2)、その後の環境変化を受けて対応は困難の度合いが増している。
【多数の日系企業が進出するなかで支援の意義は大きいが、経済的な困難は続くであろう】
日本は、4月15日に開催された東南アジア諸国やオーストラリアで構成されるアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)に、韓国やバングラデシュ、東ティモールが加わった「AZECプラス」のオンライン首脳会合において、原油や石油製品の調達円滑化を目的に総額100億ドルの金融支援を実施することを表明している。日本と東南アジア諸国などは石油製品を巡るサプライチェーンを通じて深く結びついているうえ、特にタイには数多くの日系企業が進出しており、原油や石油製品の不足を理由とする経済活動への制約が広がれば、企業業績面で悪影響が広がることは避けられない。さらに、石油製品を巡るサプライチェーンの寸断は、日本国内における生産活動や国民生活に幅広く悪影響を及ぼす懸念もある。
その意味では、今回の支援表明は、サプライチェーンの維持を通じて日本企業や国民生活への悪影響を回避する観点で極めて重要な取り組みであるとともに、支援が日本の利益にもつながると理解することが重要である。
とはいえ、タイはすでに人口ボーナス期が終了しており、ASEAN内で労働集約型産業における生産拠点としての魅力は低下している。趨勢的にみれば、タイ経済は今後も困難な状況が続く可能性が高い。
注1 1月13日付レポート「実体経済と乖離するタイ・バーツ高、先行きはどうなる」
注2 2月25日付レポート「タイ中銀が「背水の陣」で予想外の利下げ、構造問題に対応できるか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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