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タイ総選挙、ナショナリズムを追い風に与党・誇り党が大勝

~誇り党を中心とする連立協議で政局安定に期待も、国民党の後退で漸進姿勢が続くと見込まれる~

西濵 徹

要旨
  • タイでは、2月8日に総選挙が実施された。アヌティン首相は当初の予定を1ヶ月以上前倒しして解散を断行したが、その背景には閣外協力者である国民党(旧前進党)との対立がある。与党・誇り党と国民党の間では憲法改正の手続きなどを巡って溝が深まり、国民党が閣外協力を離脱した。政権が少数派に転落するとともに、内閣不信任による政局混乱の恐れが生じたため、首相は先手を打つ形で解散に打って出た。

  • 当初は改革派の国民党優位と予測されていたものの、隣国カンボジアとの国境紛争再燃によりタイ国内ではナショナリズムが激化している。この影響で貢献党(タクシン派)のペートンタン前首相が解任される事態となり、保守・愛国路線を強めた与党・誇り党が支持を広げた。一方、国民党は王室や軍の改革という急進的な公約に対する反発に加え、候補者の逮捕という不祥事も重なり、最終盤は三つ巴の激戦となった。

  • 結果は、誇り党が193議席と議席を大幅に増やして第1党となる一方、国民党は議席を減らし、連立不参加を表明した。貢献党も退潮が鮮明になった。いずれも過半数に届かず、今後は誇り党中心に連立協議が進む。誇り党と貢献党、クラ・タム党が組めば300議席超の安定多数となり得るが、過去の対立もあり行方は不透明。併せて、憲法改正の国民投票は賛成多数となったものの、国民党の後退により急進的改憲は抑制される可能性は高まっている。したがって、当面のタイ政界は漸進的な政策対応を続けると見込まれる。

タイでは、2月8日に人民代表院(議会下院:総議席数500議席)の総選挙が実施された。今回の総選挙を巡っては、2025年9月に就任したアヌティン首相が、就任当初に今年1月末を目途に議会解散を行う意向を示していたものの、突如1ヶ月以上も前倒しして解散に踏み切ったことで実施されることとなった(注1)。背景には、アヌティン氏が率いる「タイの誇り党」は第3党にとどまるなか、前回総選挙で第1党となったものの、その後の解党命令を経て誕生した「国民党(旧前進党)」の閣外協力を得て、同氏が首相就任に漕ぎつけた経緯がある。また、閣外協力の条件として、国民党は政権発足後4ヶ月以内の議会解散に加え、事実上の軍政であったプラユット暫定政権下で策定された現行憲法(2017年憲法)の改正を要求した。アヌティン政権の下では、憲法改正に向けた協議が進められたものの、新憲法を起草する憲法起草議会(CDA)の構成や起草案を巡って、誇り党と国民党の間で意見の隔たりが顕在化した。さらに、両党の協議がこう着したことを受けて、国民党は閣外協力から離脱し、議会に内閣不信任案を提出する意向を示すなど、政権に揺さぶりをかけた。国民党の閣外協力離脱に伴い政権与党は少数派に転じたため、仮に内閣不信任が提出されれば、可決成立の公算が高まるとともに、政局が再び混乱することが懸念された。こうしたことから、アヌティン首相は先手を打つべく、予定を前倒しして解散総選挙に打って出た格好である。

世論調査においては、2023年の前回総選挙で旧前進党が第1党となった勢いを追い風に、国民党が優位に選挙戦を展開するとの見方が示された。一方、タイでは隣国カンボジアとの国境紛争が再燃しており、その対応をきっかけにタクシン派政党「タイ貢献党」のペートンタン前首相は解任に追い込まれた(注2)。さらに、その後のタイ国内ではナショナリズムが高まるなか、選挙戦を巡って最大与党・誇り党は愛国主義路線を強めることにより保守層の取り込みを図る一方、貢献党は苦戦を強いられた。なお、旧前進党は長らくタイでタブー視されてきた王室や軍の改革といった急進的な公約を掲げるなど、改革派として存在感を高めてきた。しかし、王室に対する不敬罪の改正を訴えた前回総選挙での公約について、憲法裁が2024年に違憲と判断して解党命令を下し、国民党への衣替えを余儀なくされた。旧前進党時代に掲げた軍改革の公約は保守層の反発を招いてきたことに加え、国民の間にナショナリズムが高まったことも重なり、選挙戦において逆風が吹く動きもみられた。また、タイを舞台にした国際的な詐欺組織による犯罪が問題となるなか、国民党はこの問題を争点にしたものの、選挙戦の最中に2名の候補者がオンライン賭博や資金洗浄(マネーロンダリング)の容疑で相次いで逮捕されたことで、そうした戦略にも陰りがみられた。こうしたなか、選挙戦の最終盤にかけては、国民党(ナタポン党首)に誇り党(アヌティン首相)が肉薄するとともに、両者を貢献党(ヨッチャナン氏(タクシン元首相の甥))が追いかける三つ巴の展開をみせた。

選挙管理委員会の集計に基づく現地メディアの報道によれば、開票率94%時点において、与党・誇り党の獲得議席数は193議席と単独過半数には満たないものの、改選前(71議席)から大幅に議席を積み増すなど勝利を収めている。一方、国民党の獲得議席数は118議席と改選前(151議席)から議席を減らして第2党にとどまるとともに、誇り党が主導する連立政権には加わらない方針を明らかにしている。さらに、貢献党も74議席と改選前(141議席)から半数近く議席を減らして第3党となり、過去20年近くにわたってタイ政界を支配してきた同党の退潮が鮮明になった。とはいえ、いずれの党の議席数も単独過半数に満たないため、今後は誇り党を中心にした連立協議が始まる。誇り党は元々、貢献党と『同根』である一方、2025年8月末に当時のペートンタン首相の解任の引き金を弾く一端が誇り党の連立離脱であったことを勘案すれば、両党が連立合意に至るかは不透明である。一方、政策面で誇り党と貢献党、そして、今回の総選挙で大躍進を果たしたクラ・タム党(57議席)は政策面で近く、仮にこれらが連立を構築すれば、安定多数となる300議席以上を確保することになる。また、総選挙と同時に実施された憲法改正の是非を問う国民投票では、改正案に対する支持が開票率95%段階で65.43%に達している。今後は起草手続きと条文の承認に向けて2回の国民投票が必要であり、新憲法の施行には少なくとも2年程度を要する見通しである。ただし、国民党への支持低下により急進的な改憲にブレーキが掛かる可能性は高く、当面は政局の安定を重視した漸進的な対応が続くと見込まれる。その意味でも、当面は連立協議の行方に注目が集まることになろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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