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2025.09.04
アジア経済
タイ経済
為替
タイ・タクシン派が下野の可能性も、政局こう着が長期化する懸念も
~市場は政局混乱を材料視していないが、事態長期化が経済の足かせとなる可能性は高まる~
西濵 徹
- 要旨
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- タイ憲法裁は先月29日、倫理違反を理由にペートンタン首相の解任を決定した。ペートンタン氏は昨年8月に就任したばかりだが、カンボジアとの関係を巡る問題が発端となり、支持率低下や与党連立からの離脱を招くなど政権基盤が脆弱化した。さらに、元老院(上院)が解任請願を行い、今回の判決に至った。
- ペートンタン氏の失職により、脆弱な政権基盤のなかで新政権樹立に向けた動きが活発化している。政権樹立のカギを握るのは、最大野党の国民党である。過去の経緯から連立に難色を示したが、4ヶ月以内の総選挙実施を条件に連立与党から離脱した誇り党との協力に合意した。一方、貢献党主導の暫定政権は議会解散による総選挙実施を国王に要請したが、現地報道では権限がないとして差し戻された模様だ。
- 今後、タイでは次期総選挙に向けた政局の混乱が予想されるものの、単独過半数を獲得する政党は現れにくく、政党間の合従連衡によるこう着状態が続く可能性が高い。金融市場は現時点において政局混乱を材料視していないが、混乱長期化は経済回復の足かせとなり得るなど、今後の動向が注視される。
タイ憲法裁判所は先月29日、元老院(議会上院)が倫理違反を理由にペートンタン首相の解任を求める請願書を認め、ペートンタン氏は即日失職した。ペートンタン氏は昨年8月、37歳とタイ史上最年少の首相に就任したものの(注1)、わずか1年で失職した。なお、憲法裁判所が首相の解任を命じたのは、2006年の軍事クーデターでタクシン元政権が崩壊して以降5人目となる。評決は「6(賛成)対3(反対)」と割れたものの、多数意見は「カンボジアと連携しているようにみえる個人的関係を理由に、ペートンタン氏は常にカンボジア側の立場に従う、あるいはそれに沿って行動しようとした」と指摘した。
ペートンタン氏が倫理違反を問われたきっかけは、国境問題で対立する隣国カンボジアのフン・セン上院議長(前首相)との非公式な電話会談について、カンボジア側がその内容を流出させたことに始まる。ペートンタン氏の父(タクシン元首相)とフン・セン氏は元々昵懇の仲であり、ペートンタン氏も幼少期から親しい関係にあったため、会談ではペートンタン氏がフン・セン氏にへりくだる姿勢をみせた。さらに、ペートンタン氏はタイのトップであるにもかかわらず、両軍の衝突事案を巡ってタイ国軍高官を批判する旨の内容が明らかになった。これを受けて、親軍派や反タクシン派が政権批判を強めるとともに、与党連立内の第2党であった保守派・タイの誇り党が連立から離脱するなど、政権基盤が脆弱化した。また、国境問題をきっかけにタイ国内ではナショナリズムが高揚するとともに、ペートンタン氏の退陣を求める大規模デモが発生し、政権支持率も過去最低を更新する事態となった。そして、元老院がペートンタン氏の解任を求める請願書を提出し、7月に憲法裁判所はこれを受理したため、ペートンタン氏は即日職務停止状態となっていた(注2)。
なお、ペートンタン氏は首相としての職務は停止されたものの、憲法裁判所による職務停止命令を受ける直前に文化相を兼務する内閣改造を行っており、その後に発足した改造内閣においても文化相として閣内に留まっている。また、ペートンタン氏の職務停止を受けて、首相代行には手続き上の問題から一時的にスリヤ氏(貢献党)が就任し、先月3日付で同党のプンタン氏が正式に就任した。しかし、ペートンタン氏の失職が決定したことを受けて、現政権を支える連立与党は人民代表院(議会下院)において辛うじて半数を上回る議席を維持するなど政権基盤が脆弱ななか、新政権の樹立に向けての政党間の合従連衡の動きが活発化した。
こうしたなか、新政権樹立に向けた『キャスティング・ボート』を握る最大野党・国民党の動向に注目が集まった。国民党の前身政党である前進党は、2023年の総選挙で王室や軍の改革を公約に掲げて第1党となる大躍進を果たすも、その後の政権樹立では軍主導により親軍政党とタクシン派が連立し、同党が外された経緯がある。さらに、昨年には総選挙での公約を理由に、憲法裁判所が同党の解党と元幹部の公民権停止を命じる判断を下したため(注3)、国民党に『鞍替え』を余儀なくされたものの、同党は依然として若年層を中心に幅広い人気を有している。よって、貢献党と連立与党から離脱した誇り党の双方が新政権樹立に向けて国民党に秋波を送る動きをみせた。なお、国民党は過去の首班指名を巡る対立を理由に、貢献党、誇り党ともに協力に否定的な姿勢を示していた。しかし、国民党は協力の条件として、政権樹立後4ヶ月以内の議会解散と総選挙実施を提示し、誇り党はこれに応じる方針を示した結果、首班指名選挙で誇り党のアヌティン党首を支持する方針を明らかにした。これは、上述した元幹部の公民権停止に伴い、同党が首班指名選挙に候補を立てられないことがある。また、国民党は連立政権に加わらず、閣外協力とすることで支持者の反発を抑える一方、早期の事態収束とその後の総選挙での政権奪取を優先したものと捉えられる。
他方、貢献党としては、元々同根(タクシン派)であった誇り党による政権奪取を阻止すべく、プンタン首相代行が国民代表院の解散と総選挙の実施に向け、国王の承認を求めたことを明らかにした。しかし、現地メディアによれば、政府による承認申請の直後に差し戻された模様であり、その理由として政権移行期を担う暫定政権に議会解散の権限はないと判断したことが影響している。これを受けて、貢献党が下野する可能性が高まる一方、次期総選挙に向けたカウントダウンが始まることも予想されるなか、政局を巡る動きは一段と活発化することになろう。とはいえ、総選挙が行われた後も、単独で多数派を形成する政党が現れる可能性は低く、多数党による合従連衡が繰り返されることによるこう着状態が続くと見込まれる(注4)。なお、金融市場はタイの政局混乱はあまり材料視されておらず、トランプ米政権の政策運営を巡る不透明感が米ドル安圧力を招くなか、バーツの対ドル相場は底堅い動きをみせている。しかし、政局の混乱が長期化すれば、政策対応の遅れがコロナ禍からの経済の立ち直りがASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかで最も遅れるタイ経済の足かせとなることも予想されるだけに、今後はその動向を注視する必要性が高まっている。

注1 2024年8月19日付レポート「タイ・ペートンタン首相誕生も、船出から荒波に直面する展開」
注2 7月1日付レポート「タイ・ペートンタン首相が窮地、カンボジアとの国境紛争が契機に」
注3 2024年8月8日付レポート「タイ憲法裁、前進党に解党命令で民主化の歩みは再び「ふりだし」へ」
注4 8月25日付レポート「タイの政局を巡る不透明感は長期化する可能性も」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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