インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ・アヌティン首相が議会解散、政局安定は困難な状況が続くか

~当初予定から1ヶ月前倒し、カンボジアとの紛争下での選挙実施、ナショナリズムも影響する可能性~

西濵 徹

要旨
  • 2025年9月、タイの首班指名選挙で「タイの誇り党」のアヌティン党首が新首相に選出され、政権が発足。第1党の「国民党(旧前進党)」は、アヌティン氏が4か月以内に議会を解散し総選挙を行う方針を示したことを受け、首相選出に合意したが、政権には加わらず閣外協力に留まった。国民党は閣外協力の条件として2017年憲法の改正手続きを求めたが、憲法起草議会の構成などを巡って誇り党と意見が対立した。協議はこう着し、国民党は閣外協力を解消し、不信任案の提出を示唆するなど政権に圧力を掛けた。

  • こうした事態を受けて、アヌティン首相は12月11日に「国民に権力を返還する」とSNSで表明し、当初予定より1ヶ月以上早く議会解散を決断した。同日中に国王の承認を得て、翌12日に官報で正式発表された。タイは先月、カンボジアとの国境での軍事衝突を受けて和平合意の停止を表明している。今月初めからは銃撃戦や空爆が発生し、多数の死傷者と60万人以上の避難者が出る事態となっている。こうしたことから、アヌティン氏は議会解散の理由として、少数与党では危機対応が困難であることを挙げた模様である。

  • 最新の世論調査では、国民党が依然として最も高い支持を得ているが、誇り党も景気刺激策を背景に支持を伸ばしている。タイ貢献党はカンボジア対応の失敗で支持を失い、ナショナリズムの高まりが今後の選挙に影響を与える可能性がある。いずれの政党も単独過半数の獲得は難しく、政局は不安定が続くであろう。

タイでは今年9月、人民代表院(議会下院)で行われた首班指名選挙で前回の総選挙で第3党となった「タイの誇り党」のアヌティン党首が新首相に選出され、その後にアヌティン政権が発足した。いずれの政党も単独で半数を上回る議席を有しないなか、首班指名選挙では第1党の「国民党(旧前進党)」の去就が注目された。最終的に、アヌティン氏が政権発足後4ヶ月以内に議会解散と総選挙を実施する方針を示し、これに国民党が合意したことにより、同氏の新首相選出への道筋が拓かれた。その一方、総選挙において、国民党はいずれの主要政党とも協力しない方針を示していたため、政権発足に当たって同党は政権に参画せず、閣外協力に留まった。さらに、閣外協力に当たって国民党は、事実上の軍政状態にあったプラユット暫定政権の下で制定された現行憲法(2017年憲法)の改正手続きの促進を要求した。こうしたことから、新政権の下で憲法改正に向けた協議が行われたものの、新憲法の起草を行う憲法起草議会(CDA)の構成や起草案に対する議会の関わりなどを巡って誇り党と国民党の間で意見の隔たりの大きさが認識されることとなった。その結果、両党による協議はこう着状態が続いたため、国民党は閣外協力から離脱するとともに、議会に内閣不信任案を提出する意向を示すなど、政権に揺さぶりを掛ける動きをみせた。仮に内閣不信任案が提出されれば、アヌティン政権を支える連立与党は少数派に留まるために成立する公算が高く、政局が再び混乱することが懸念される。

こうしたなか、アヌティン首相は12月11日に自身のSNSに「国民に権力を返還する」との投稿を行った。政権発足当初、アヌティン氏は来年1月末を目途に議会解散を行う意向を示していたものの、その予定から1ヶ月以上も前倒しする形で総選挙を実施することに舵を切ったことになる。その後、アヌティン氏はワチラロンコン国王に対して12月11日付で人民代表院の解散を申請し、同日中に承認されるとともに、翌12日に公表された官報に掲載された。タイでは先月、隣国カンボジアとの国境付近でタイ軍の兵士が地雷を踏んで負傷したことを理由に、10月末にトランプ米大統領が立ち会う形でカンボジアとの間で調印された和平合意を停止する方針を明らかにしていた(注1)。両国の緊張状態が続いてきたなか、今月7日に国境付近で両軍による銃撃戦が発生し、タイ軍兵士が負傷したことをきっかけに、翌8日にタイ軍がカンボジア軍の施設を標的に空爆を開始した。その後も戦闘状態が継続しており、民間人を中心に多数の死傷者が発生するとともに、国境付近では両国で60万人以上が避難を余儀なくされる事態となっている。官報では、議会解散の理由について、カンボジアとの衝突再燃を含めた危機対応を巡って、少数与党では安定的に適切な対応が困難であることを挙げた模様である。

直近の世論調査によれば、国民党が最も支持を集める展開は変わらない一方、アヌティン政権の発足に当たって閣外協力という「宙ぶらりん」な対応をみせたことも影響して、他党に対して圧倒的な支持を集めてきた状況は大きく変化している。その一方、アヌティン政権は早期の議会解散と総選挙の実施を念頭に、積極的に景気刺激に向けた取り組みを進めており、こうした動きも追い風に誇り党の支持率は上昇して国民党を猛追する動きをみせている。また、隣国カンボジアとの対立激化を巡って、ペートンタン前首相が初期対応を誤ったことを機に解職に追い込まれ、その後の首班指名選挙を経て下野したタクシン派の「タイ貢献党」の支持率は低下の一途を辿っている。足元では、隣国カンボジアとの対立をきっかけにナショナリズムが高まる動きがみられ、カンボジアへの姿勢が投票行動に大きく影響を与える可能性も高まっている。とはいえ、いずれの政党も単独で半数を上回る議席を獲得できる見通しは極めて低く、総選挙が行われた後もタイの政局は安定にほど遠い状況が続く可能性は高いと見込まれる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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