- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- 経済的弱点を攻める中国の外交政策
- Global Trends
-
2025.11.20
日本経済
国際秩序
世界経済
経済財政政策
国際的課題・国際問題
経済安全保障
民主主義
高市政権
経済的弱点を攻める中国の外交政策
~対中依存度を引き下げ、圧力に屈しない体制作りが必須~
嶌峰 義清
- 要旨
-
-
台湾を巡る高市首相の発言をきっかけに、中国政府が日本に対して経済制裁を科し始めている。
-
過去においても、中国政府は独自の基準に照らして他国に対して“ダメージが大きい”経済制裁を科しており、今後さらにエスカレートするリスクもある。
-
人権問題などで日本などの民主主義国とは異なる価値観を持つ中国とは、今後も同様のことが起こるリスクはある。日本は、官民一体となって中国依存度を引き下げ、中国政府の価値観に振り回されない安定的な経済体制を作るべきだ。
-
日本のインバウンド依存を狙う中国
高市首相の台湾有事を巡る国会での発言に中国が反発している。中国外務省は内政干渉として抗議し、日本の安全に重大なリスクがあるとした上で日本への渡航自粛を呼びかけた。これを受けて、中国の主要航空会社や旅行会社は日本行きの航空券のキャンセルや変更手続きに無料で応じる姿勢を示したほか、日本行きのフライトの運休、日本旅行の新規予約停止などを打ち出しており、中国や香港から日本への渡航者数が大幅に減少する可能性が高まっている。
直近1年間(2024年10月~2025年9月)の外国人訪日者数は4,164万人で(図表1)、そのうち中国人訪日者数(香港含む)は1,176万人と、国籍別の第一位で全体の28.2%を占める。また、訪日外国人の旅行消費額は同期間で9兆2039億円と推計されているが(観光庁「インバウンド消費動向調査」)、国籍別ではやはり中国(同)が第一位で2兆6330億円と全体の28.6%を占めている(図表2)。


食料品を中心とした物価上昇が続く中、日本経済は賃金上昇傾向が続いているにもかかわらず実質賃金の減少傾向は続いており、消費に景気を押し上げる力は欠けている。一方、米国の“トランプ関税”や中国経済の低迷もあって、輸出にも景気の牽引を期待できない状況だ。
そうした中にあって、インバウンド消費は日本経済にとっては景気を支える重要な要素となっている。2024年のインバウンド消費は8兆1257億円に上るが、これは名目GDPの1.3%にあたる。インバウンド消費は円安の効果などもあって2024年に前年比+53.1%急増しており、同年の名目GDP成長率(前年比+3.7%)を+0.5%押し上げる効果があった(2023年のインバウンド消費は5兆3065億円)。
2025年の外国人訪日者数は伸びが鈍っているものの、引き続き景気を支える重要な要素であることにはかわりが無い。直近1年間の中国人観光客の消費額は、同期間の日本の名目GDPの0.4%に当たる。今回の中国政府の措置によって中国人訪日者数が激減すれば、関連産業(宿泊業、飲食業、小売業など)を中心に、景気への影響も無視しうるものではないといえる。
中国が世界に打ち出す“制裁”とその傾向
今回のような台湾を含めた領土に関連する発言や、中国政府に対する批判に対し、中国政府はこれまでも度々経済関連の対抗措置を一方的に打ち出してきた(図表3)。

他国に対する中国政府の経済制裁をみると、①領土問題や安全保障上の問題、②民主化や人権問題、③台湾関連といった問題が、中国政府にとっては看過できない“地雷”であり、他国からの干渉を受けたくない“弱み”とも言える。中でも、上記①についてはどの国においても重視されることから、②の民主化・人権問題や③の台湾問題が、中国が独自に抱える触れられたくない問題であることは明白だ。
一方、中国側の対抗措置は多岐にわたるが、対象国にとって最も経済的なダメージが大きい分野に絞られている。たとえば、2010年の日本のケースでは、中国がレアアースの対日輸出を停止したことにより、ハイブリッド車などの生産調整や一部停止、液晶ディスプレイやスマートフォンなどに必要な部品の在庫不足などが起きた。
同年のノルウェーのケースでは、中国国内において90%以上のシェアを誇ったノルウェー産のサーモンの輸入停止により、中国はサーモン輸入をデンマーク産や英国産に切り替え、ノルウェー産サーモンの輸入比率は1%程度にまで低下した。その後、ノルウェー政府が事実上中国に譲歩することで両国の関係は修復したものの、ノルウェー産サーモンの中国でのシェアは制裁以前の水準には戻っていない(図表4)。

こうした対象国の主要輸出品や産業にダメージを与える品目に絞った貿易制限措置のほか、渡航制限を含めた文化的交流の抑制、スパイ容疑などによる当該国人の逮捕・拘留などで揺さぶりをかけるケースも多い。また、制裁発動の理由として、輸入の制限であれば「衛生・安全面などに懸念があるため検疫強化」、渡航制限であれば「中国人の安全が脅かされているため渡航自粛を」という風に、相手国に問題があり、中国を守るためという理由を付加することも特徴の一つで、これらは中国が経済制裁を科す際の定型文(テンプレ)ともいえる。
今回の日本のケースでは、まず11月15日に日本への渡航自粛要請(実質上の制限)をかけた上で、19日に日本産水産物輸入の実質的停止策を打ち出した。日本産水産物に関しては、福島第一原子力発電所の処理水放出を理由に停止していた輸入を、今年6月に再開(福島など10都県を除く)したばかりであり、輸出拡大の期待が高まったタイミングであるだけに、期待を高めた関連産業へのダメージは大きい。
しかし、過去のパターンから判断すれば、今後はレアアース及び関連製品(ネオジム磁石など)の輸出制限、アニメや映画などのソフトコンテンツの配信制限、日系企業の中国国内での活動制限などの追加措置を打ち出してくるリスクがあり、その影響は日本の基幹産業に及ぶ可能性がある。
対中依存の引き下げを
台湾を巡る高市首相の発言は、これまでの日本の立場を踏襲したものとしており、首相が替わったことにより中国や台湾に対する日本の姿勢、立場を変えるものではないと政府は説明している。しかし、過去における日本以外の国への中国の対応から判断しても、台湾に対する中国の武力行使を前提(台湾有事)とした議論についてすら、中国政府は「台湾を中国と切り離したことを前提としている」として看過できないということだろう。
中国の人権活動家へのノーベル平和賞授与に対するノルウェーへの経済制裁や、ダライラマ訪問に対するモンゴルへの制裁などからも窺われるように、中国においては言論の自由を含めた、国連が定める世界人権宣言に対する解釈が独善的だ(一般的には遵守していないと捉えられてもおかしくはないが、中国政府はこれを「欧米の価値観に基づくもの」として、人権の具体的な内容や優先順位においては生存権や発展権を優先している)。これは、経済制裁を他国に科す際にしばしば使う「安全面に対する懸念」が突然生じることにもよく現れており、独自の基準に照らして中国政府が“敵対的”と判断すれば、ルールを変えてでも制裁を加えて相手国の中国に対する対応を変えようとする傾向が強い。
このような中国政府の姿勢は、日本のような民主主義国とは相容れない部分が多い。このため、今後も日本の立場や考え方が中国政府の“逆鱗”に触れるケースは出てくる可能性がある。その度に、貿易面で様々な障害が生じることは、個別の企業にとっても日本経済全体にとっても、安定的な発展のためには望ましくない。
対中貿易依存度の高い品目をみると(図表5)、輸出面では半導体関連など先端技術品で高い傾向にある。一方、輸入面ではPCや食料品、衣類といった消費関連の製品の他、レアアースやレアメタル、電子部品などの原材料や中間財が、70~90%もの高い依存度を示している。現状では、レアアースやレアメタルの一部は中国の世界シェアが極端に高い独占状態にあるものの、欧米などを中心にこの状態から脱する動きを強めている。その他のものについても、できるだけ中国への依存度を減らしていくことで、政治的な緊張に振り回されるリスクは減らすことができるうえ、日本の国家としての自由を確立することにも繋がるため、経済安全保障の視点を含め官民一体となった取り組みが必要だろう。

嶌峰 義清
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

