インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

中国経済は激化する「内巻」問題に対応できるか?

~7月のPMIは製造業、非製造業ともに低下、内需の弱さが招く内巻問題への対策は喫緊の課題に~

西濵 徹

要旨
  • 世界経済や金融市場はトランプ米政権の政策運営に翻弄されている。トランプ関税を契機とする米中貿易戦争は、その後の協議を経て報復関税が撤廃され、一時休止された。スウェーデンでの閣僚級協議を経て、上乗せ関税や輸出規制の停止期限が延長されるが、現状根本解決には至っていない。足下ではロシア産原油を念頭にした2次関税の可能性も示唆されるなど、米中関係の行方には不透明要因が山積している。
  • このところの中国経済では、外需の下支えや中国当局による内需下支え策も追い風に企業マインドが改善する動きがみられた。しかし、7月の製造業PMIは49.3、非製造業PMIも50.1とともに低下するなど、景気持ち直しの動きに一服感が出ている。先行きの生産活動に影響を与える受注動向のほか、雇用環境も厳しい状況が続いており、内需の弱さやそれに伴う価格競争(内巻)の影響が深刻化する動きもみられる。
  • 中国当局は過当競争による内巻現象の是正に向けた対策を進める方針を示すが、実効性には疑問が残る。景気指標が悪化するなか、先行きは当局が成長率目標の達成に向けて生産拡大に依存する可能性は残る。中国の過剰生産能力は世界経済の波乱要因となるだけに、その動向に注意を払う必要性は高い。

このところの世界経済や金融市場はトランプ米政権の政策運営に翻弄される状況が続く。トランプ米政権は、安全保障上の脅威への対応や貿易赤字の縮小を目的に関税政策を用いるとともに、相手国との協議による『ディール(取引)』を仕掛けて米国に有利な環境構築を目指している。その一方、トランプ関税に対して中国は報復措置に動き、米中は互いに報復を応酬させて高関税を課し合う貿易戦争に発展した。その後、5月にスイスで行われた米中閣僚級協議を経て、米中は互いに報復関税の撤廃と、関税の上乗せ分や輸出規制を90日間停止して追加協議を行うことで合意した。しかし、その後に行われた実務者協議では、米中双方の認識の隔たりの大きさや交渉の行き詰まりが示唆され、米国は中国への半導体輸出制限や留学生へのビザ(査証)取り消しなどの対抗措置を講じた。その後の米中首脳による電話協議を経て行われた英国での閣僚級協議では、スイス協議での合意事項が確認されるとともに、追加的な了解事項での合意も明らかにされた。そして、来月12日に90日間の停止期限が迫るなか、スウェーデンにおいて米中閣僚が追加協議を行い、関税の上乗せ分や輸出規制の一時停止措置を延長することで合意している。なお、一時停止期限は再び90日とされる模様である上、その間に米中両国は再度協議を行う可能性が示唆されるなど、事実上結論が先送りされている。ただし、トランプ米政権は先月、ロシア産原油を輸入する国に対して100%の追加関税を課す「2次関税」を示唆しており、ウクライナ戦争以降にロシア産原油の輸入を拡大させる中国やインドを念頭にしたものと捉えられる(注1)。トランプ氏はロシアによる停戦期限を50日以内としたものの、突如来月上旬に短縮させるなど圧力を強めており、その行方は米中協議の行方に影響を与える可能性に留意する必要がある。

米中が貿易戦争に突入したことで中国の対米輸出は大きく下振れしたものの、協議を経て貿易戦争が休止されるとともに、関税の上乗せ分や輸出規制が一時停止されたことを受けて、その後は底打ちに転じる動きが確認されている。さらに、金融市場ではトランプ米政権の政策運営の不透明感が米ドル安を招くなかで人民元の対ドル相場は緩やかに上昇しているが、通貨バスケットは調整の動きを強めるなど実態的な人民元安が進んでおり、米国以外の国・地域向け輸出を押し上げている(注2)。こうした外需下支えに加え、中国当局が内需喚起を目的に耐久消費財の買い替え促進や設備投資支援に動いたこともあり、製造業の企業マインドが改善する兆しもみられた。しかし、7月の製造業PMI(購買担当者景況感)は49.3と4ヶ月連続で好不況の分かれ目となる50を下回るとともに、前月(49.7)から▲0.4pt低下するなど早くもマインド底入れの動きに一服感が出ている。足下の生産動向を示す「生産(50.5)」は3ヶ月連続で50を上回るも前月比▲0.5pt低下しており、生産拡大の動きに一服感が出ているほか、先行きの生産に影響を与える「新規受注(49.4)」も同▲0.8ptで2ヶ月ぶりに50を下回り、「輸出向け新規受注(47.1)」も同▲0.6pt低下するなど、内・外需ともに不透明感が高まっている。なお、中東情勢の悪化などを受けた商品市況の上振れの動きを反映して「調達価格(51.5)」は前月比+3.1ptと大幅に上昇する一方、「出荷価格(48.3)」は同+2.1pt上昇するも製品への価格転嫁が難しい様子がうかがえる。中国の製造業を巡っては、過剰生産能力を抱えるなかで過当競争を受けた価格競争が収益悪化を招く『内巻』が問題となっていることも、価格転嫁を困難にしている可能性がある。なお、中国当局は無秩序な競争の取り締まりに動く方針を示しているが、過去にも中国では様々な分野で過当競争が繰り返されてきたなか、実効性の高い措置が採られるかは見通しにくい。生産底入れの動きに一服感が出ている上、中国当局の支援による省力化投資の拡大も重なり「雇用(48.0)」は伸び悩む展開が続いている。

図表
図表

さらに、内需の弱さを反映して7月の非製造業PMIは50.1と辛うじて50を上回る水準を維持するも、前月(50.5)から▲0.4pt低下して8ヶ月ぶりの低水準となるなど、幅広く企業マインドが悪化する動きが確認されている。業種別では、一部の地域における高温のほか、大雨や洪水など異常気象の影響を受ける形で「建設業(50.6)」は前月比▲2.2pt低下して6ヶ月ぶりの低水準となるとともに、「サービス業(50.0)」は50ギリギリの水準となるなど、全般的に厳しさが増している様子がうかがえる。なお、サービス業のうち、行楽シーズンの到来も追い風に鉄道輸送関連や航空輸送関連、物流関連、文化・スポーツ・娯楽関連といった観光関連で好調な動きがみられる。その一方、不動産関連や金融関連などは対照的に厳しい状況が続いており、昨年末以降における中国当局の政策転換やそれを受けた市場環境の改善にもかかわらず、追い風とはなっていないと捉えられる。足下の生産活動が下振れしている上、先行きの生産活動に影響を与える「新規受注(45.7)」は前月比▲0.9pt、「輸出向け新規受注(48.8)」も同▲1.0pt低下しており、中国当局による政策支援にもかかわらず内需を巡る状況は一向に改善していない状況にある。さらに、商品市況をはじめとする原材料価格の上振れを反映して「調達価格(50.3)」は前月比+0.4pt上昇しているにもかかわらず、「販売価格(47.9)」は同▲0.9pt低下する対照的な動きをみせている。こうした動きは、個人消費など内需が力強さを欠くなか、サービス業など非製造業においても過当競争による価格競争が収益悪化を招く内巻現象が顕在化している可能性が考えられる。そして、マインド悪化が足かせとなるなかで「雇用(45.6)」は大きく50を下回る推移が続くなど調整の動きをみせている。製造業と非製造業を合わせた総合PMIも7月は50.2と前月(50.7)から▲0.5pt低下して3ヶ月ぶりの水準となるなど、足下の景気は再び勢いを欠く様相を強めている。

図表
図表

中国金融市場においては、中国当局が無秩序な競争への取り締まりを強化する方針を示すなど、内巻問題に対応する姿勢をみせていることを好感する向きがみられる。仮にこうした問題への対応が進めば、鉄鋼やセメント、太陽光パネルのほか、このところは内巻の動きが顕在化するEV(電気自動車)をはじめとする自動車産業における過剰生産能力問題が解決するとともに、米中摩擦をはじめとする懸念が後退する可能性はある。

図表
図表

中国の経済政策は依然として計画経済の色合いが強い。今年の経済成長率目標は5%前後とするなか、今年前半の成長率は+5.3%とこれを上回る水準にあることから、悲観に振れる必要性は後退している。しかし、足下の景気は底入れの動きに一服感が出ている上、先行きも頭打ちの様相を強めれば、中国当局が成長率目標の達成を目的にGDPの押し上げに直結する生産拡大に傾注する可能性はくすぶる。中国当局による掛け声がただの掛け声に留まるか、実現性を伴う政策に落とし込むことができるか、中国の過剰生産能力に直面する世界にとってもこれまで以上に注意を払う必要性が高まっている。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ