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2025.06.18
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トランプ関税
堅調なメキシコペソに「死角」か、国営石油公社の未払い問題が再燃
~米ドル安や投資妙味を追い風にペソ相場は底入れも、国営石油公社の扱いが悪影響を与える懸念も~
西濵 徹
- 要旨
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世界経済や国際金融市場は、米国の関税政策の影響を受ける展開が続く。トランプ関税は世界的な貿易関係への波紋を広げるとともに、米中間では報復措置による貿易戦争に発展した。スイスでの米中協議を経て米中両国は報復関税の撤廃で合意したが、その後も両国関係には不透明感がくすぶる展開が続く。
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メキシコ経済は米国への依存度が極めて高く、米国の政策は直接的な影響を受ける。現状はUSMCAに基づく関税免除が適用されるも、一部製品に追加関税が課されるなど、輸出への悪影響が懸念される。さらに、来年のUSMCA再交渉の行方はその後の同国経済の行方を左右する。他方、年明け以降のインフレは落ち着いた動きをみせたが、足元ではインフレが再燃する兆しが出ており、中銀は金融緩和の一時停止を検討する可能性を示唆するなど、景気に不透明要因が山積するなかで難しい対応を迫られている。
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足元のメキシコのペソ相場は米ドル安も追い風に底堅い動きをみせる。しかし、国営石油公社(PEMEX)の債務問題が深刻化し、産業全体への悪影響が懸念される。政府の対応次第では国際的な信頼が損なわれ、ペソの安定性に影響を及ぼす可能性がある。今後も政策動向や市場の動きを注視する必要がある。
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このところの世界経済や国際金融市場は、米トランプ政権の関税政策の影響を受けている。米国は、安全保障上の脅威を理由に、自動車や鉄鋼製品、アルミ製品の輸入に追加関税を課すとともに、今月初めには鉄鋼製品やアルミ製品に対する税率を大幅に引き上げた。また、貿易赤字の縮小を目的に、すべての国に一律で10%、一部の国や地域に非関税障壁に応じて関税を上乗せする相互関税を課す方針を示した。米国は4月に相互関税を発動させるも、直後に国際金融市場が動揺したことを受け、中国以外の国や地域に対する上乗せ分を90日間延期し、個別協議を行うこととした。他方、中国は報復措置に動いたため、その後に米中は報復措置を繰り返し、互いに高関税を課す貿易戦争に発展した。しかし、先月にスイスで行われた米中の直接協議を経て、米中は互いに報復関税を撤廃した上で、関税の上乗せ分を90日間停止して追加協議を行うことで合意した。なお、その後も米中関係に不透明感が高まる動きがみられたものの、米中首脳による電話会談や英国での直接協議を経て、スイスでの直接協議における合意事項の履行を確認した。とはいえ、米中合意を経ても関係の大幅な改善が見通しにくいことに鑑みれば、今後もトランプ氏の一挙一動に揺さぶられる展開は変わらないと予想される。
米国と地続きの関係にあるメキシコ経済は、財輸出の約8割を米国向けが占めるだけでなく、年間で名目GDP比4%弱に相当する移民送金の大部分も米国から流入するなど、米国経済への依存度が極めて高い。こうしたなか、トランプ氏は昨年の大統領選挙前から同国からの輸入品に高い関税を課す考えを示してきた。両国の政府間協議を経て、現状はUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の原産地規則に準拠した財に対する関税は免除されており、最悪の事態は避けられている。しかし、USMCAの原産地規則に準拠した財以外には25%の追加関税が課されるとともに、自動車や鉄鋼製品、アルミ製品にも追加関税が課されており、先行きは米国向け輸出への悪影響が懸念される。足元の製造業の企業マインドはコロナ禍以来の低水準に落ち込むなど急速に悪化しており、景気が一段と頭打ちの様相を強める可能性は高まっている。中銀は先月、今年の経済成長率を+0.1%と従来予想(+0.6%)から下方修正するとともに、来年も+0.9%に留まるとの見方を示すなど厳しい状況に直面することが懸念される。さらに、来年にはUSMCAの再交渉が予定されているが、米国が厳しい要求を提示する可能性もあり、同国経済には不透明要因が山積していると言える。

ここ数年の同国ではインフレが高止まりする展開が続いてきたが、昨年以降は商品高の一巡も追い風に頭打ちの動きを強めてきた。よって、中銀は昨年3月にコロナ禍一巡後初の利下げに動いて以降、小休止を交えつつ漸進的な利下げを実施してきた。さらに、トランプ関税による実体経済への悪影響が警戒されたことを受けて、中銀は先月の定例会合まで3会合連続で50bpの大幅利下げに動いており、昨年来の利下げ幅は累計で275bpに及ぶなど緩和姿勢を強めている。なお、年明け以降のインフレ率は中銀が定める目標(3±1%)の域内で推移するなど落ち着いた動きをみせたものの、足元では食料品など生活必需品を中心に物価上昇圧力が強まっている。結果、5月のインフレ率は前年同月比+4.42%と5ヶ月ぶりに、コアインフレ率も同+4.06%と10ヶ月ぶりに中銀目標を上回るなど、インフレが再燃する兆しがうかがえる。
こうしたなか、足元でインフレ再燃の兆しが出ていることを受けて、中銀のヒース副総裁はインタビュー取材に対して、先行きの金融政策を巡って利下げの一時休止に言及するなど、緩和ペースを緩める可能性を示唆する動きをみせている。他方、国際金融市場においては米ドル安の動きが続いていることに加え、報道に拠ればトランプ関税に関連する米国との協議において、一定量を無税、ないし税率を減免する形で輸出するクオータ制の導入を視野に入れた形での合意を模索している旨が明らかになるなど、外需への悪影響軽減に向けた取り組みが進んでいる様子がうかがえる。さらに、中銀による金融緩和にもかかわらず、足元の実質金利(政策金利-インフレ率)のプラス幅は大きく、投資妙味の大きさを追い風に資金流入が活発化していることもあり、ペソの対ドル相場は持ち直しの動きを強めている。また、ペソの対ドル相場の底入れの動きも追い風に、日本円に対しても底入れの動きを強めており、昨年のペソ相場の調整を受けて下落傾向を強めた流れに変化の兆しがうかがえる。

このように、足元のペソ相場は堅調さがうかがえるものの、先行きに対する不透明感が懸念される動きもみられる。同国ではここ数年、政府主導により国営石油公社(PEMEX)の経営再建に向けた取り組みが進められているものの、同社はサプライヤーに対して約200億ドル相当の未払い債務を抱えているほか、これ以外にも1000億ドルを上回る金融債務を抱えているとされる。こうしたなか、石油サービスの業界団体であるAMESPACがシェインバウム大統領宛に書簡を送付し、そのなかでPEMEXによる未払いにより加盟企業の多くが来月にも操業停止に追い込まれる可能性があることを明らかにした。なお、AMESPECが同様の書簡を政府や同社に送付するのは今回が初めてではないとされるものの、近年は同国最大の産油量を誇ったカンタレル油田の生産量が急減する一方、PEMEXの債務は累乗的に蓄積して財務を圧迫する展開が続いている。仮にPEMEXの未払いによりすそ野産業が操業停止に追い込まれれば、幅広く関連産業に悪影響が広がりをみせるとともに、同国経済にも影響する可能性が考えられる。他方、今月実施された裁判官の国民投票では、最高裁判事に政府の意向が反映されやすい結果となり(注1)、シェインバウム政権が国家資本主義色の強い政策を打ち出す背後でPEMEXの優遇を強めれば、同国のエネルギー産業に対する国際的信認が大きく損なわれることも懸念される。そうなれば、足元で底堅い動きをみせるペソ相場を取り巻く環境が一変する可能性も考えられるだけに、当面は同社を巡る動きを注視する必要性が高まっている。

注1 6月5日付レポート「メキシコ裁判官選挙、司法も与党支配で三権分立はいよいよ崩壊へ」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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