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メキシコ裁判官選挙、司法も与党支配で三権分立はいよいよ崩壊へ

~ロペス=オブラドール前大統領の悲願達成、一方で司法への責任転嫁が困難になる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • メキシコでは1日、裁判官を国民投票で選出する公選制による選挙が初めて行われた。これは最大与党のMORENAが主導した憲法改正により導入されたものである。司法制度改革が行われた背景には、前政権の政策が連邦裁判所により違法と判断される場面が相次ぎ、司法が行政の障害と見做されたことがある。

  • 司法制度改革では、最高裁判事の数を減らした上で、行政、立法、司法が推薦する候補者を国民投票で選ぶとされた。しかし、与党は議会で安定多数を占めるなか、推薦候補に政権・与党の意向が反映されやすくなるなど、司法の独立性が損なわれることが懸念された。実際、政権寄りの人物が当選し、司法府推薦候補は落選した。投票率も低い上、問題のある人物が立候補するなど、制度の妥当性にも疑問が残る。

  • 選挙の結果として、三権分立の機能が弱まり、政権の権限が強化されることで、国家資本主義的な政策推進のほか、軍の民間活動への関与が進む可能性がある。また、民主主義の後退や麻薬カルテルの影響拡大、USMCAの義務軽視などのリスクも懸念される。一方、今後はMORENAが政策運営の失敗を司法に責任転嫁することが困難になるため、政権の成果がこれまで以上に問われることにも要注意と言える。

メキシコでは1日、裁判官を国民投票による公選制で選出する初めての選挙が実施された。この選挙を巡っては、昨年実施された大統領選と連邦議会上下院選を前に、最大与党のMORENA(国民再生運動)が選挙公約に掲げた憲法改正案に盛り込み(注1)、選挙後に改憲が成立し、制度化された経緯がある(注2)。なお、改憲案を巡っては、司法制度や選挙制度、年金制度、財政制度、環境規制といった計20項目が盛り込まれたが、なかでも司法制度改革は改憲の『一丁目一番地』に据えられた。その背景には、ロペス=オブラドール前政権が推進する政策(選挙管理委員会(INE)の予算・権限縮小、国家警備隊の国防省への移管、エネルギー分野での国有企業優遇、新空港建設の撤回など)を巡って、連邦最高裁判所が手続きの違法性を理由に却下するなど、司法が行政の『壁』となる場面がみられた。結果、改憲による司法制度改革では、最高裁判事の数を9人(←11人)に削減するほか、判事を行政、立法、司法の三権が推薦した候補者から国民投票により選出するとされた。司法制度改革について、シェインバウム政権は司法に汚職がまん延していることを受けたものとの考えを示している。ただし、昨年の議会上下院選を経て、連邦議会では上下院双方でMORENAを中心とする与党連合が安定多数を形成しており、推薦する30人の多数をMORENAの意向が反映されやすくなっている。よって、裁判官の公選制によって司法の独立性が脅かされ、三権分立が成立しなくなることが警戒された。

裁判官の公選制については、米国の一部の州のほか、一部の裁判官ポストを対象にボリビアで実施されている例はあるものの、最高裁判事をはじめとするすべてのポストを対象に実施されるのは世界的にみて異例とされる。今回の選挙は、連邦最高裁のほか、首都メキシコシティなど19州の地方裁判所の判事など計2700近いポストが対象とされており、残りのポストに関する選挙は2027年に行われる予定である。立候補に際しては、法学士の取得を要件としており、今回の選挙では計7000人以上が立候補したものの、改選前の最高裁判事の多くは司法制度改革に反対して立候補を拒否したため、顔ぶれが大きく変わることが予想された。さらに、立候補者のなかには麻薬王の元弁護士、麻薬密輸の容疑で逮捕された後に米国の連邦刑務所に収監された人物、未成年に対する性的虐待が疑われる宗教団体の関係者も含まれるなど、選挙そのものも問題視された。また、選挙管理委員会は投票率が18~20%になるとの見通しを示していたものの、最終的な投票率は13%に留まり、国民の関心を図る基準と見做された2022年に実施されたロペス=オブラドール前大統領の解職の是非を問う国民投票(17.8%)をも下回り、過去に連邦レベルで実施された選挙のなかで最低を更新した。

なお、連邦最高裁判事選では、政府が推薦したウーゴ・アギラル・オルティス氏がトップ当選を果たして長官に就く見通しとなっている。同氏以外にも、レニア・バトレス・グアダラマ氏、ジャスミン・エスキベル・モッサ氏、ロレッタ・オルティス・アールフ氏など政権に近い候補者が当選する一方、司法府が推薦した候補はいずれも落選した模様であり、政権寄りの判事が多数派を占めることになった。この結果、行政、立法、司法のいずれに対してもMORENAの影響力が増し、シェインバウム政権にとっては政策遂行に当たっての壁が無くなるとともに、三権分立によるチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)が事実上消滅する。そして、シェインバウム政権としては、ロペス=オブラドール前政権の下でとん挫した政策を推進するとともに、国家資本主義的な政策に舵を切るほか、軍による民間活動への参加が進むことも考えられる。さらに、来年に再協議が予定されるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)に基づく環境配慮義務や投資家保護などがなおざりにされる可能性も考えられる。また、結果として民主主義が弱体化するとともに、幅広い経済活動に麻薬カルテルの暗躍が懸念されるなかで司法制度への影響を及ぼしやすくなれば、国家の存立そのものを危うくするリスクもある。他方、MORENAはこれまで、政策失敗の責任を司法に転嫁するなど『スケープゴート』にしてきたきらいがあるものの、今後はそうした言い訳ができなくなることも考えられる。足元の金融市場では、米ドル安圧力がくすぶるなかでペソ相場は底堅く推移しており、こうした事情が問題視されていない可能性がある。しかし、今後は司法制度改革により実体経済に弊害が出るか否かを注視する必要性が高まっている。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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