インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

イラン情勢と異常気象、アジア新興国への影響を考える

~スーパーエルニーニョによる影響に加え、世界的なインフレによる間接的影響にも要注意~

西濵 徹

要旨
  • 米国とイランの停戦合意を受け、一時急騰した原油価格は落ち着きを取り戻した。しかし、ホルムズ海峡の管理を巡る米国とイランの認識の相違、イランによる船舶への威嚇攻撃、米国の報復攻撃などを経て情勢は再び緊迫化し、原油価格も上昇に転じている。ただし迂回輸出や中東以外の増産の効果もあり、上昇ペースは以前より緩やかである。モジタバ師は米国とイスラエルへの復讐を主張するなど予断を許さず、事態は長期化する懸念が高まっている。

  • 原油価格は落ち着きを取り戻す一方、パイプラインを経由できないLNGは、高止まりが続く。石炭についても、インドネシアが事実上の輸出規制とみられる新制度を導入したことで、供給懸念から価格が高止まりしている。老朽化していない石炭火力への依存度の高さも相まって、アジア新興国のエネルギーコストは高止まりしやすい構造にある。加えて、2026年のスーパーエルニーニョによる猛暑で冷房需要が急増することも予想され、エネルギー価格の高止まりが国民生活と対外収支の双方に悪影響を与えるリスクが高まる。

  • イラン情勢による窒素系肥料の供給懸念・価格急騰は、停戦合意と原油安を受けて一旦落ち着いたが、情勢再燃で再び上昇する可能性がある。またスーパーエルニーニョによる高温や少雨・干ばつが穀物生産を下押しする懸念もある。インドやインドネシアはコメの備蓄積み増しに動いているほか、インドは世界2位の砂糖生産国でありながら輸出禁止措置を講じるなど、主要穀物輸出国の自国優先姿勢が強まれば、地域全体の需給ひっ迫と価格上昇を招くことから、内需主導国を中心に実質購買力の下押し要因となり得る。

  • 原油高の再燃はFRBのタカ派傾斜を通じて米ドル高圧力を強める可能性がある。ドル高は新興国通貨安につながりやすく、特に「双子の赤字」やインフレを抱えるファンダメンタルズの脆弱な新興国、エネルギー・穀物の輸入依存国では、通貨安による輸入インフレが物価上昇圧力を一段と増幅する懸念がある。イラン情勢と異常気象の重なりに加え、金融市場からの圧力にも留意が必要であり、アジア新興国政府には的確な政策対応が求められる。

目次

【イラン情勢の再燃で落ち着きを取り戻した原油価格の行方】

イラン情勢を巡っては、米国とイランによる停戦合意を経て、一旦は落ち着きを取り戻す動きがみられた。遡ると、イランがホルムズ海峡の事実上の封鎖に動いたことを受けて、同海峡の航行が不可能となるとともに、多数の船舶がペルシャ湾内に留め置かれる事態となった。ホルムズ海峡は世界の原油取引量の約2割が通過するため、この事実上の封鎖による供給懸念の高まりが警戒される形で原油価格は急騰した。しかし、停戦合意以降については、イラン情勢が悪化する前にはほど遠い状況ながら、ホルムズ海峡を航行する船舶の数は着実に増えた。その結果、供給懸念の解消が進むとの期待も追い風に急騰した原油価格は大きく下落した。さらに、イラン情勢の悪化を受けて、サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)などはパイプライン経由で同海峡を迂回する形での原油輸出を活発化させている。そして、原油価格の急騰を受けて、中東以外の産油国による生産が拡大したことも影響し、原油価格は一時イラン情勢の悪化前をうかがう水準に下落するなど、落ち着きを取り戻した(図1)。

図表
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とはいえ、足元ではイラン情勢を取り巻く環境が再び悪化する懸念が高まっている。背景には、米国とイランの間で締結された「覚書」を巡って、両国の認識の間に違いがあることが影響している。なかでもホルムズ海峡について、米国は通行料なしでの完全開放を主張する一方、イランは同国とオマーンによる共同管理を主張するなど、一定の管理権を維持したいとの思惑がうかがえた。さらに、イラン情勢を機に、イランはホルムズ海峡を数ヵ月にわたって封鎖し続ける意思と能力があることを示すことに成功した。このため、イランは米国やこれに同調する敵対国に対して影響力を行使しようとした場合、いつでもホルムズ海峡の封鎖を示唆し、交渉の切り札に使うことが見込まれた。事実、オマーンとIMO(国際海事機関)が連携して、ホルムズ海峡の通行へ一時的な海上回廊を設置すると、イラン革命防衛隊は航行する船舶への威嚇攻撃を実施した。米国は報復攻撃に動いたものの、直後に両国は協議を継続すべく落ち着きを取り戻す動きをみせた。

しかし、その後もイランはホルムズ海峡のイラン側の「北航路」の通行を要求しているが、オマーン側の「南航路」を航行するなどイラン側の要求を無視した船舶への威嚇攻撃を実施した。これを受けて、米国はイランに対して新たな報復攻撃を実施し、イランも湾岸諸国への攻撃を拡大するなど、対立再燃の兆しがでている。一連の動きを受けて、原油価格は再び上昇しているものの、イラン情勢が悪化した直後に比べてそのペースは小幅にとどまる。これは、前述のように湾岸産油国の迂回ルートを通じた輸出拡大、中東以外の産油国による産油量の拡大も影響している。さらに、金融市場ではいわゆる「TACO(トランプ氏による尻込み)」が相次いだほか、トランプ氏が11月の中間選挙を前に原油高を許容できないとの見方を反映して、早期に事態鎮静化に向けた動きが進むとみている可能性がある。とはいえ、イランでは故ハメネイ師の葬儀が終了し、モジタバ師が米国とイスラエルへの復讐を主張しており、予断を許さない状況にある。ホルムズ海峡で事態がこう着化していることを勘案すれば、核を巡る協議は一段と見通せない。足元では協議期間(60日間)の4割が経過したが、協議は一向に進展しておらず、事態の長期化は避けられない状況にある。

【原油以外のエネルギー価格は高止まり、異常気象で影響増幅の可能性】

米国とイランによる停戦合意を受けて、原油価格は落ち着きを取り戻す動きが確認された。これは前述したように、中東産油国がパイプラインによる迂回経路を通じて原油供給を拡大させていることが影響している。しかし、パイプラインを経由できないエネルギー資源については、依然として高水準で推移している。特に、アジア新興国が中東からの輸入に依存するLNG(液化天然ガス)を巡っては、世界生産量の約2割を湾岸産油国であるカタールが占めており、そのすべてがホルムズ海峡を通行するタンカーによって輸送される。このため、原油価格は落ち着きを取り戻したにもかかわらず、天然ガス価格は引き続き高止まりしている(図2)。アジア新興国ではここ数年、脱炭素化に向けた取り組みも追い風にLNG需要が急拡大してきた経緯がある。こうした状況を勘案すれば、先行きもエネルギー価格の高止まりがインフレを引き起こす可能性は高まっている。

図表
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さらに、アジア新興国のなかでは依然として一次エネルギーに占める石炭比率が高い国も多い。こうしたなか、世界最大の石炭輸出国であるインドネシアは、偽造請求書などによる税逃れを防止することを目的に、国営企業を通じて石炭輸出を管理する新制度を導入した。しかし、実際にはイラン情勢を受けた原油をはじめとするエネルギー価格の上昇を受け、インドネシア経済への影響を抑えるべく、事実上の輸出規制に舵を切ったものと捉えられる。その結果、供給懸念の解消期待も追い風に原油価格は落ち着きを取り戻しているにもかかわらず、石炭価格は供給懸念を理由に高止まりする対照的な動きをみせている(図3)。アジア新興国の石炭火力発電所を巡っては、設備運用年数が浅いものが比較的多く、安価で安定した電力への需要の高さが一次エネルギーに占める石炭比率が高止まりする一因になってきた。こうした事情も重なり、アジア新興国のエネルギー価格を高止まりさせる可能性も高まっている。

図表
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そして、2026年はスーパーエルニーニョが発生しており、過去のエルニーニョ現象の発生に際してはアジア新興国において高温となる傾向がある。このため、今年は冷房を目的とする電力需要の高まりが予想され、例年以上にエネルギー資源に対する需要が高まることも考えられる。このため、アジア新興国においては、エネルギー価格の高止まりが国民生活に悪影響を与えるとともに、エネルギー資源価格の高止まりが輸入増を通じて対外収支を悪化させるリスクが高まっている。

【肥料の供給懸念に加え、異常気象による食料インフレの懸念も】

スーパーエルニーニョは、アジア新興国において高温のみならず、少雨による干ばつなどを引き起こす可能性が高いとされる。折しも、イラン情勢を理由に窒素系肥料をはじめとする化学肥料の供給懸念が高まるとともに、価格が急騰したことを受けて、アジア新興国では肥料不足が穀物生産に悪影響を与えることが懸念された。米国とイランによる停戦合意や、その後の原油価格の下落も追い風に窒素系肥料価格も一転頭打ちしており、落ち着きを取り戻している。しかし、イラン情勢の再燃に加え、ホルムズ海峡の航行が再び困難になることで供給懸念が高まり、原油価格が上昇に転じれば、それに伴って窒素系肥料価格も上昇することが懸念される。さらに、事態が長期化すれば、価格が高止まりすることで穀物の生育に悪影響を与える状況が続くことも考えられる。

こうしたなか、スーパーエルニーニョを理由とする少雨による干ばつが発生すれば、穀物生産が一段と下振れすることで供給懸念が高まることも予想される。アジア新興国のなかでは、すでにスーパーエルニーニョの発生を念頭にした備えの動きがみられる。具体的には、主食のコメの備蓄を積み増す動きが広がりをみせており、世界最大のコメ輸出国であるインドでは政府機関による在庫が所要のバッファーを大幅に上回る水準となっているほか、インドネシアも同様の対応をみせている。インドは世界2位の砂糖生産国であるものの、異常気象による供給減を警戒してすでに輸出禁止措置に動いている。このように、主要な穀物輸出国が自国優先姿勢を強める流れが広がれば、地域全体で需給がひっ迫することによる価格上昇を引き起こすことが懸念される。このため、アジア新興国においては、エネルギーのみならず、食料品の物価上昇圧力が強まることで、生活必需品を中心とするインフレが実質購買力を下押しする可能性が高まっている。仮にそうした事態となれば、個人消費をはじめとする内需が経済成長のけん引役となってきた国々を中心に悪影響がより色濃く現れることになろう。

【FRBのタカ派傾斜による米ドル高の行方にも要注意】

イラン情勢の再燃による原油高の動きが進めば、原油高の一服を受けて後退した世界的なインフレ圧力への懸念が高まることが予想される。足元では、すでにFRB(米連邦準備制度理事会)による利上げ実施が意識される形で米ドル高圧力が強まる動きがみられる(図4)。仮に原油高が再燃すれば、米国におけるインフレが長期化するとともに、FRBによるタカ派姿勢が一段と強まることも考えられ、米ドル高の動きが進む可能性もある。米ドル高の動きは、新興国通貨安を招くとともに、なかでも経常赤字や財政赤字の「双子の赤字」に加え、インフレに直面するなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国に色濃く現れることが予想される。エネルギー資源や穀物など農産品を輸入に依存する国では、経常赤字の拡大が懸念されるなか、自国通貨安による輸入インフレが物価上昇圧力を一段と増幅する懸念も高まる。アジア新興国にとっては、イラン情勢と異常気象が重なることにより、金融市場からの圧力が悪影響を増幅させる可能性にこれまで以上に注意を払う必要があり、そのためにも各国政府には「賢い」政策運営に舵を切る必要性が高まっている。

図表
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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