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トランプ次期大統領が就任して、2025年1月からトランプ関税の実施が予想される。ところが、関税率を引き上げて、相対価格の見直しを行っても、マクロの貿易赤字は解消されない。なぜならば、貿易赤字は国内の需要サイズと供給サイズのギャップによって決まるというアブソープション・アプローチの考え方があるからだ。貿易赤字を減らそうとすれば、財政緊縮で国内需要を減少させるか、国内供給力を税制などで支援して拡充するという方法を採るしかない。
アブソープション・アプローチ
2025年1月20日にトランプ大統領が就任する。その日から展開される政策として、まずはトランプ関税が警戒されている。中国には10%の追加関税、カナダとメキシコにも25%の関税率が課されるという見通しだ。第一次トランプ政権下で見直されたUSMCA(全身はNAFTA)がさらに反故にされて、関税のある世界に変わってしまう。
トランプ氏は、貿易赤字をなくすと説明するが、関税率を上げることでは貿易収支は改善しないのではないだろうか。理屈は、以下の通りだ。国際経済学には、アブソープション・アプローチという考え方がある。貿易収支は、国内の需要サイズと供給サイズのギャップによって決まるというものだ。まず、国内需要サイズがあって、それをまかなうのは国内生産と「海外生産=輸入」という図式になる。1,000台の自動車売上があって、国内メーカーが800台、輸入車が200台だとする。すると、貿易赤字は▲200台分ということになる。この▲200台は、国内生産で吸収しきれなかった供給分が海外からの輸入で賄われるという理屈になる。アブソープション=吸収要因として、純輸出(輸入超過)=貿易赤字は決定されるという訳だ。
今、トランプ氏は輸入車に25%の関税をかけて100万円の販売価格を125万円にしようとしている。値段が高くなれば、輸入車は減るという考え方だ。しかし、アブソープション・アプローチによれば、関税率を高くしても、需要が膨らんでいけば、貿易赤字は減らないことになる。貿易赤字を減らせるとすれば、関税率を引き上げて、それが財政収支を大きく黒字化させて需要が減るときに限られる。トランプ関税は、日本で言えば、輸入品に消費税+25%の上乗せをするのと同じことだ。消費税増税で、消費者の購買力が低下したときに初めて貿易赤字はなくなる。先の自動車1,000台の例で言えば、米国政府の財政緊縮でGDPが減少して、国内売上が800台まで落ちると、国内メーカーの供給分800台と見合った需要規模になって、貿易赤字は解消される。貿易赤字をなくすには、トランプ関税+財政緊縮の政策選択が必要になる。
矛盾の帰結
トランプ氏が推進しようとしているのは、財政緊縮ではなく、財政拡張である。需要刺激と言ってもよい。その場合、輸入は減らない。国内生産が輸入分をすべて肩代わりしなくては貿易赤字はなくならないのだ。
その点、トランプ氏は国内生産を支援するために法人税を15%に引き下げると言っている。国内工場が増えて、生産水準が上がるとすれば、アブソープション要因が減少する。米国の供給サイドの支援があってこそ、貿易赤字は減っていく。ただし、そうした供給力強化はゆっくりとしか進まないだろう。だから、短期的には貿易赤字は膨らむだろう。
トランプ氏が財政拡張を推進するとき、ほかには何が起こるのだろうか。よく指摘されるのは、物価上昇と金利上昇である。物価上昇は、まさしく需要>供給によって需要超過が起こっているときに、その副作用として生じる。FRBは、利上げを行って需要を抑制しようとする。
2024年12月のFOMCで政策金利を引き下げたFRBは、2025年の見通しでは利下げを年2回しか実行できないというシナリオを提示した(9月時点は4回)。米長期金利は4.5%へと上がり、ドル高円安が進んだ。これは需要刺激がドル高=通貨高を招くことを示している。トランプ関税を実施しても、財政拡張を選択するのならば、ドル高円安になって、日本から米国向けの輸出を拡大しやすくなる。つまり、対米貿易黒字が増えるというのが帰結である。貿易赤字の改善はできずに、米国は需要刺激で反対に貿易赤字を増やしてしまうというのが、アブソープション・アプローチの示すところだ。
中国貿易はどうなるか?
さらに、中国貿易はどうなるかを考えたい。仮に、中国だけにトランプ氏が60%の追加関税をかけたとき、米国の貿易赤字は減るのだろうか。
例えば、中国製の玩具が1.6倍の価格に高騰しとしよう。そのときは、米国メーカーが国産で製造するのではなく、例えばベトナム等からの輸入が増えるだろう。米国全体の貿易赤字は減らない。つまり、中国と米国の間での相対価格が変わっても、ベトナムが有利になるだけに終わる。前にも述べたが、アブソープション・アプローチの教えるところでは、米国の需要超過が不変であれば貿易赤字も不変である。
もしも、米国が貿易赤字を減らしたいと考えるのならば、全世界からの輸入に、中国やカナダ・メキシコと同率の高関税率をかけて、さらに国内の輸入代替産業に補助金を与えて、安値の製品供給を増やさなくてはいけない(財政緊縮はしない)。その点、前述のようにトランプ氏は米国内に進出する外資系企業を優遇すると言っている。理屈上はそうやって整合性を取っている。うまく国内供給が増えれば、需給ギャップは拡大せず、貿易赤字の拡大に歯止めをかけられる。
しかし、トランプ政策のリスクとしては、そうした国内供給の強化がスピーディにはできない公算が高い。やはり、財政赤字の拡大によって、需要超過がさらに進む可能性がある。これは、インフレ加速を促し、ドル高円安を招く。ドル高になれば高関税をかけても、輸入が促進されて貿易赤字も減りにくい(相手国の報復関税の効果も加わる)。
また、米国から海外に輸出する側の米国企業にとっても、あまりにドル高になると、輸出価格が高くなって輸出数量を押し下げる効果がある。過去のドル高が産業空洞化を促した経緯もあった。これも、貿易収支を悪化させる要因だ。
日本への影響
もしも、中国やカナダ・メキシコに高関税がかけられて、日本にはそうした措置が行われない(または非常に低い関税率適用)場合はどうなるだろうか。日本には、相対価格の変化が有利に傾いて、対米貿易黒字は増えるだろう。これは、アブソープション・アプローチで米国の需要超過が膨らみ、製品需要が中国やカナダ・メキシコから日本への供給シフトが進むケースである。
もちろん、個々の産業でみれば、該当国の海外工場が高関税で打撃を受けたり、EV補助金がなくなるのが不利に働いて、EV車輸出が減るような影響は出るだろう。その一方で、中国製品の価格競争力が落ちて、日本製品の方が有利になる効果(代替効果)が穴埋めして、輸出数量が増えることは起こり得るだろう。場合によって、トランプ政策は、日本の輸出数量を増やす結果をもたらすかもしれない。
残される問題は、日本経済全体の購買力循環である。日本全体では、円安が進むから輸入物価が上がって、消費者の生活は苦しくなる。輸出企業が米国から儲けた部分を家計に賃上げで還元しなくては、購買力全体が国内に回っていかない。そして、中小企業の中には、輸出企業が享受した恩恵から遠い位置にいる企業も多いから、自ずと業績格差が広がる。賃金格差が広がったままだという見立てもできる。そう考えると、トランプ時代に移行する2025年は、2023・2024年に課題とされた好循環を働かせるということが同じような宿題になるだろう。さらなる円安圧力に対して、賃金分配の裾野を広げるという課題でもある。
熊野 英生
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