エコノミストの経済・投資の先を読む技法 エコノミストの経済・投資の先を読む技法

次期首相に望まれること

~政策運営のシークエンスを重視~

熊野 英生

要旨

事実上、次の首相を決めるための自民党総裁選挙が9月27日に行われる。次期首相には、古めかしい政策に戻らず、日本経済の成長率底上げを望みたい。その際、何をすれば間接的にどのテーマに好影響を与えられるかというシークエンス(手順)を事前に決めておき、優先順位を間違わずに政策運営をしてほしい。

目次

古めかしい経済政策の議論

9月27日の自民党総裁選挙では、事実上、次の首相になる人物が決まってくる。そうした前提で、総裁選の議論では経済政策について候補者たちに話が及んだ。しかし、候補者が多いこともあって、自分が推進したいテーマの頭出しだけで終わるという弊害があった。これだけ次世代を担う与党の候補者が揃っていて、具体論に踏み込まないのは大変残念だった。総じて議論が浅い印象も受けた。

議論の中には、「日銀は今、利上げをしてはいけない。デフレに戻る心配がある」とか、「プライマリーバランスの黒字化に縛られると、国土強靱化ができない」と言った意見も聞かれた。インフレが問題視されているのに、金融緩和を続けて、財政出動を重ねると、ますますインフレが加速しかねない。2024年問題で建設業の人手不足が深刻化している状況も見過ごしている。公共事業において、建設関連の原材料単価や人件費高騰を予算にどう組み込むかが、より喫緊の課題である。少し政策論の古さを感じざるを得ない。

もはや日本経済が、金融・財政政策のみで良くなるとは到底思えない。経済政策のセオリーに沿って考えると、単に需要刺激をしたのでは、貿易赤字が拡大して円安圧力が生じる。輸入物価が上がり、食料品・エネルギーのコスト上昇になる。そこで日銀の利上げを封じると、インフレは加速する。

今、するべき経済政策の課題は、極めて明確だ。過度なインフレなき経済成長の実現だ。日銀が追加利上げを望むのならば、中小企業が利上げ耐性をつけるために、より収益力を高める必要がある。これを経済学者流に言えば、「潜在成長率を引き上げる」ことになる。別の表現をすれば、日銀が中長期的に念頭に置いている中立金利を引き上げることでもある。「潜在成長率+期待インフレ率」で求められる名目中立金利を、1%程度からもっと上に引き上げていくという課題になる。需要刺激よりも供給能力の引き上げをどう実現するかにかかっている。

潜在成長率の議論

自民党総裁選挙が進んでいく中で、潜在成長率の引き上げと重なる政策メニューが登場していない訳ではなかった。テクノロジーを活用したり、規制緩和を推進する方法論は、技術進歩を促し、潜在成長率を高める。規制緩和は、供給制約を取り除くという点で、潜在成長率の引き上げに貢献する。

ただし、少し扱っている問題が小さすぎる印象はあった。ライドシェアの話は、政策効果の範囲が少し細かすぎると思う。これは、企業の中で「マイクロマネジメントの弊害」が問題視されるように、指導者がすべきことの大局感を失うのに似ている。もっと優先すべき政策順位を考えないと、細かい話に時間を取られて、足をすくわれる。野党の立憲民主党・野田佳彦代表は、演説の達人だから、次の自民党総裁にとってはかなり手強い相手だと感じられる。

今、実行すべきは、日本経済へのインパクトがもっと大きな政策だ。もしも、筆者ならば生産性向上をテーマにする。具体策として、「2024年問題の改善」に向けた政策パッケージが挙げられる。運輸・建設・医療の人手不足をテクノロジーを活用して緩和・解消することは、立派な潜在成長率の引き上げ策になる。

今の体制でライドシェアの完全実施を進めることは、確かに「2024年問題の改善」の一環として、公共交通の運転手不足による交通弱者にはプラスの効果があるだろう。

また、生産性上昇に絡めて、解雇規制を論じることもできる。総裁選挙でも議論になったが、その主張は竜頭蛇尾で終わった感がある。考え方として、社内失業者を人手不足企業にシフトさせ、供給制約を改善させることは間違っていない。供給制約がある企業には、まだまだ生産性を高める機会がある。

しかし、労働シフトを考えるとき、すでに議論されたように、解雇だけがそのミッションの処方箋ではない。解雇法制には、過去の判例の蓄積があり、規制緩和だけでは柔軟にならない。むしろ、解雇しないで、在籍型出向から転籍してもらう選択の方がより機動性がある。

「2024年問題の改善」に絡めると、ほかにも自動運転・隊列走行の実現に向けた道路交通法改正、遠隔診療のための規制見直しなどを挙げることができる。建設業では人手不足対応の省力化技術の導入を推進する。ドローンを使った測量、遠隔カメラでの巡視、作業現場でのロボット活用なども挙げられる。

生産性向上は、同時に人手不足の緩和にも資する。人手不足対応のための規制緩和・省力化は、テクノロジー利用で供給制約を改善し、労働生産性を引き上げる。賃上げとも整合的だ。筆者が感じるのは、有力な政治家にはそうした供給制約の実態が耳に届いていない可能性である。だから、マイクロマネジメントのように、優先順位の低い案件をクローズアップさせて、そこで時間と資源が消費されてしまう。

成長戦略の再起動

政治の世界から語られる政策テーマは、ビジネスから少し遠い気がする。おそらく、何が5年先、10年先に有望なのかは見えていない。その点は、エコノミストなどが積極的に情報発信していく努力が必要だと痛切に思う。

筆者が考える将来有望なものは、次の3つである。

①インバウンド振興

②リモートワーク

③AI技術を使った事務高度化

である。①~③はいずれも生産性向上に対してそれなりに即効性があると思える。それに、「地方創生」のようなテーマを実現するのにも役立つ。もはや地方創生と言って、公共事業を増やせばよいという時代は、とうの昔に過ぎている。

筆者は、地方に出張することが多く、地方によって訪日客がまだ少ないところも多いことに気付く。東京・大阪・京都などに偏在している。せっかくの訪日外国人消費をどうにか日本全体に波及できないものだろうか。

四半期ベースの訪日外国人消費額は、2023年の5.3兆円から、最近は2024年1-3月期7.0兆円(名目・年率換算値)、4-6月期6.8兆円(同)へと増えている。この規模の需要を地域ごと分散するだけで、かなり大きな地方振興になるはずだ。観光振興は、名勝地のそばにクオリティの高い「食べ物」「温泉」「宿」などのサービスがあることが望ましい。その実現のためには、都道府県が境をまたいで連携することで、地域の訴求力を高められる。そうした連携は、観光バリューチェーンと呼ばれる。現在の6~7兆円の市場規模が数年先に10兆円まで増えることを見越して、今のうちから地域分散をもっと推進してはどうだろうか。

②のリモートワークも「地方創生」に威力を発揮できる。最近、地元の関西に拠点を置いて、月に何回かは上京している人を見かける。東京に来れない日は、リモートワークで対応して、業務に支障はないという。地方に進出する企業でも、東京・大阪のような大都市から、業務のアウトソースを請け負って、地方のテレワーカーを募る事業者が増えている。こうした活動は、コロナ禍の3年間に急速に広がった。海外と国内の連携も、このテクノロジーのお陰で深まったと思える。総裁選でも「交流・関係人口を増やせ」という意見を聞いた。それを具体的に推進するのが、リモートワークである。東京の企業から地方の労働者に購買力が移転し、そこで雇用拡大も見込める。企業本社の地域移転、官公庁の地方移転よりも、従業員を地方に居住させたり、地方のリモートワーク企業との取引を増やす方が効果的だと思える。

③については語り尽くされているので、論ずるまでもない。1点だけ言及すると、大手企業がAI活用で削減した事務仕事は、余剰人員を生み出す。だから、その人員をもっと人手不足の他社にシフトさせる活動をセットで推進しなくては、全体の生産性は高まらない。

政策のシークエンス

思い返すと、岸田政権は数多くの政策を手がけた。しかし残念ながら、バラバラ感があった。リスキリング、GX、教育無償化、行政手続きのデジタル化などが挙げられる。なぜ、バラバラに感じられるかと言えば、脈絡がわかりにくいからだ。先の地方創生もそうだが、何をすればそのアウトプットから、どこのテーマに好影響が及ぶかという順序が事前によく練られていれば、もっと訴求力があったと考えられる。「リモートワークを増やし、インバウンドを地方に分散すれば、地方創生ができる」と言った政策経路が、当初の段階からあった方がよかった。これは、「手順=シークエンス」を考えた政策立案の勧めという言い方もできる。

一代の政権が、2~3年間で上げられる成果には限りがあるので、何の政策に重点を置くかを事前に練っておき、優先すべきミッションに政府の資源を投入する。筆者は、いくつかの岸田政権の政策メニューの中で賃上げ促進は、次の政権にも引き継いでもらいたいと考える。この政策は、一代の政権だけでは実行できない課題だ。その場合、次の政権は分配だけではなく、生産性向上を原資にして、賃上げをもっと推進すべきだろう。企業の生産性上昇を実現する政策パッケージが最初にあって、賃上げに向けてその進捗管理が行われるのが本来は望ましかった。中小企業への波及には時間がかかるので、どのくらいのスパンで成果が上がりそうなのかを最初から想定しておき、進捗状況によって追加的な対応を随時そこに加える。そうした戦略性が乏しかったことは、岸田政権の反省すべき点だと筆者は考える。

次の政権を担う方々は、そうした事前準備があまり念入りには行われていないように感じる。岸田首相も当初は政権奪取に向けてプランを考えていたようだが、政権が長く続くほどにネタ切れになってしまった。そうした轍を踏まないためにも、今後は政策のシークエンスをよく考えて政権運営をすることが望まれる。

熊野 英生


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