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イラン攻撃と日米首脳会談

~原油途絶リスク、原油高問題~

熊野 英生

要旨

3月の日米首脳会談は、「大成功だった」という評価が目立つ。しかし、イラン情勢は安定化せず、日本経済は原油輸入の途絶リスクや原油コスト上昇の問題に直面したままである。トランプ大統領を怒らせず、無理な要求がなかったことをもって大成功というのは、言い過ぎだろう。

目次

隠れたイラン問題

3月19日に行われた日米首脳会談は、高市首相とトランプ大統領の良好な関係を再確認するかたちで終わった。トランプ大統領は、ホルムズ海峡への自衛隊派遣など、日本に対して無理筋の要求をして来なかった。このことに、外交関係者は胸をなで下ろしているようだ。高市首相は、日本が憲法上の制約を理由に派遣はできないことを説明し、トランプ大統領もそれに一定の理解を示したようだ。

しかし、日米首脳会談を単体で捉えるのではなく、日本を取り巻く環境全体としてみると、原油調達の問題はまだ未解決である。それに対して、メディアからは「大成功だった」という安堵の声が圧倒的に多く聞かれる。外交経験のある識者はほぼ口を揃える。一方、筆者には冷静に考えて「本当に大成功だったのか?」と思うところはある。原油調達を巡る厳しい環境は、日米会談の前後でほとんど何も変わってはいない。本稿では少し広い視野で会談結果とイラン問題を捉え直してみたい。

まず、日本にとって喫緊の問題は、中東原油の輸入途絶リスクの回避である。254日分の備蓄もいつかはそれで対応できなくなる。このリスク回避をどうするかが問題である。日本特有の立場の難しさは、イランとの外交関係である。日本経済にとって、ホルムズ海峡はチョークポイントである。タンカーがそこを通過できないと、エネルギー供給が途絶えて深刻な事態に陥る。米国側の要請を受けて艦隊派遣を行えば、イランとの対立は避けられない。日本に関連した船舶の通過を許さなくなるだろう。イランのアラグチ外相は、日本側との協議を経て、日本関連の船舶を通過させる用意があると述べている。日本は元々イランとは長く友好関係にある。日米首脳会談は、日本がイランと決定的に敵対する関係をつくらず、曖昧にしたことでホルムズ海峡を通過できる可能性を残した点で良かったという解釈もできる。先行き、日本が米国とイランの関係改善に動ける余地も残っている。高市首相は、イランの核開発を非難しつつも、米国とイスラエルが始めたイラン攻撃への支持は明確にしなかった点は、バランスを取るものだったと思える。

多くの報道では、かつての石破首相とトランプ大統領との会談時と同じような心理で話をしている。トランプ大統領は怖い人物だから、腹を立てたならば何を要求されるかわからないという心理が前提にあるのだろう。だから、事なきを得たという意見になってしまう。以前のゼレンスキー大統領の失敗が、多くの人々のトラウマになっている。

しかし、それではトランプ流の交渉術、つまり心理作戦にはまっている。評価すべきは、トランプ大統領のご機嫌だけではなく、イランとの関係も維持しなくてはいけない。その点では、筆者は日本の微妙な立ち位置をうまく保った点で一定の評価ができると思う。

対米投資の重荷

日米首脳会談は、一定の成果があったとしても、重大なリスクが残されている。会談における日本側の作戦は、議論の中心をイラン攻撃への協力ではなく、対米投資にシフトさせることだったと思う。高市首相がイラン外交についてトランプ大統領に何を語ったかは非公開の部分が多いが、トランプ大統領の方は日本の対米投資第2弾に満足している。対米投資の第1弾は360億ドル。今回の第2弾は、①小型モジュール型原子炉(SMR)の建設400億ドル、②天然ガス発電施設の建設330億ドル(2件)、と第1弾と併せて1,090億ドルになる。全5,500億ドルのうち、これだけで20%を占める。トランプ大統領はご満悦だったに違いない。第1弾がガス火力発電所・原油輸出インフラだったことをみても、トランプ大統領の資源エネルギー好きを斟酌したものだという見方もできる。

しかし、案件の中には、SMRのようにまだ未開発のものがあり、投資案件の成果が見通しづらいものが目立つ。また、話題を集めているのはアラスカ産原油を日本の備蓄に充てるという話である。この構想は、喫緊の備蓄手当てという話と、未開発のアラスカ産原油を先々に入手したいという別の時間軸の話が重なり合っている点が気になる。現状、アラスカ産原油を日本にすぐに輸出する余地は乏しく、日本の備蓄分を賄うとしても相当に先の話である。アラスカの開発は、自然破壊に反対する根強い意見がある。前のバイデン政権は、アラスカ資源開発を中止した経緯もある。地球温暖化が進む北極海を開発することへの抵抗や、先住民問題もある。日本がアラスカ産の原油を輸入することがコスト的に見合うかどうかの問題も大きい。

トランプ大統領が中間選挙に向けて、自分のための利益誘導に対米投資の約束を使っていることに、あまりに無警戒に乗ってしまうと、後から思わぬツケを支払わされる可能性はある。日本の自動車産業も以前からEV事業で多額の対米投資を行ってきた。しかし、EV販売が伸びなくなり、さらに米国での補助が打ち切られると、この事業は思わぬ逆風にさらされた。日本企業も巨大な減損処理を余儀なくされている。米国企業も同様に、EV事業では手痛い減損処理を余儀なくされていて、事業リスクの大きさを改めて認識させられている。各種事業の投資採算などがまだ未定のうちは、「対米外交は大成功だった」とは諸手を挙げて評価できないと思う。

イラン問題の終息に向けて

日本にとっての大問題は、原油高騰の長期化リスクである。3月21日にトランプ大統領は、イランにホルムズ海峡を48時間以内に開放することを要求している。米国もまたWTIの原油市況が高止まりしている状況に業を煮やしている。日本の場合、最悪の事態として原油輸入の途絶のリスクがある。その手前では、ホルムズ海峡封鎖によって、原油市況が高騰している問題がある。この点では、日本とトランプ大統領とも利害は一致する。

原油供給を巡っては、各国がロシア産原油の輸入に動こうとしているようだ。米国にはロシア産原油の輸出を認めて、市況高騰を何とか回避したいという焦りもある。

対するイランは、米国の利害を見透かして、米軍基地がある中東の国々にミサイル攻撃を行っている。攻撃対象には、石油・LNG関連施設も含まれていて、こうしたインフラへの損害が原油高騰を煽っている。インフラへの損害が大きくなれば、たとえイラン攻撃が終わっても供給不足が起こるという懸念から、原油市況に強い上昇圧力となっている。イランが仕掛けている揺さぶり戦略である。

油価下落のためには、ホルムズ海峡の封鎖が解かれ、イラン側の他国への攻撃が収まらなくてはいけない。米国は、イラン攻撃の終息を急がなくてはいけない。現時点では全く出口が見えないから、事態はまだ改善していないと考えられる。

高市首相からは、日米会談の冒頭で「世界のエネルギーマーケットを落ち着かせるための提案も持ってきた」という切り出しから始まった。しかし、期待されるような即効性のある施策は提案されていなかったと思える。ここは、皮肉な話だが、停戦に向けたトランプ大統領の姿勢如何である。

日本のエネルギー問題

今回のイラン攻撃は、日本経済が抱えている矛盾を表面化させた。①原油の中東依存、②電力の火力依存、③代替エネルギーの手薄さ、などである。また、④資源価格の高騰で円安が進み、それがエネルギー以外の輸入物価の上昇にも波及する。日本経済は欧米以上に原油高騰に脆弱だと考えられる。日経平均株価の下落幅が大きいことにもそれは表れている。

ガソリン補助金の再開は、当面の価格をレギュラーガソリン170円/リットルに据え置くことで、痛みを封印するものだ。筆者は期限を区切って短期的に価格補助してもよいとは思うが、これは長期で続けてはいけない措置だと考える。それは、エネルギー消費を抑えて、エネルギー転換を進めていくという動機付けを弱めるものだからである。これは、痛み止めの副作用とも言える。

今のような危機時には、民意には正常性バイアスが働いてしまう。正常性バイアスとは、危機が起こっても、現状維持ができると思ってしまう心理バイアスである。残念ながら、今の日本の民主主義はそうした心理バイアスに、ほとんど抵抗できなくなっている。IEAなどはすでに各国に原油消費の抑制を呼びかけている。もしも、完全に痛みを封印すると、エネルギー転換は進みにくくなる。ガソリン補助金にはそうした副作用があることは要注意である。

今、問われているのはエネルギー安全保障だ。高市首相の持論である経済安全保障には、こうしたエネルギー安全保障も含まれているはずだ。日本のエネルギー安全保障が今まで脆弱だったことについて、高市首相を責めるのは酷なところもある。しかし、今後は、その反省として、原油輸入先を米国を含めて多様化し、原発再稼働を後押しする必要がある。また、ガソリン支援は長く続けられないので、段階的に補助を引き下げて、節電・省エネと脱ガソリンに舵を切っていく必要がある。今回の資源危機は、脱炭素化に向けた推進力にもなり得る。日本のエネルギー効率は徐々に低下しているが、これを加速して、資源輸入を減らすことが円安対策にもなる。もちろん、物価高対策は日銀を中心に進め、そのときには高市首相のリフレの持論を封じる必要もある。そこは安倍元首相のように、リアリストであるかどうかが問われる。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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