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自民党総裁選挙:経済政策論の行方

~政策の軸を何にするのか?~

熊野 英生

要旨

自民党総裁選が12日に告示された。9名の候補者の政策姿勢が、これから様々なメディアを通じて披露されるだろう。経済政策についての議論の軸は、改革・決着を掲げる河野氏・小泉氏に石破氏を加えた3氏が攻める側になって、岸田政権からの変革を論じていくだろう。そして、賃上げについて、具体的にそれをどう実現していくのかも筆者には関心事になっていく。

目次

9名のポジション

事実上、次の首相を決める自民党総裁選挙が9月12日に告示された。9名の候補者が決まり、9月27日に自民議員・党員・党友による投票が行われる。これから様々なメディアを通じて、その候補者たちの見解が披露されるだろう。そして、10月1日に臨時国会が開催されて、そこで選ばれた人物が次期首相となる見通しだ。

9名も候補者がいるので、それぞれの性格を把握するが難しい。これで、候補者の性格を理解しやすくするように、グルーピングをしてみた(図表1)。上に新鮮さ、下にベテラン度合い(経験値)の軸を引きた。左右には、政策のインパクトと発言の安定感の軸を作った。このポジショニングは、各種報道とテレビ討論会における発言から、筆者が定性的に考えたものだ。

(図表1)自民党総裁選の立候補のポジショニング
(図表1)自民党総裁選の立候補のポジショニング

大きく分けて4つのタイプ分けができる。わかりやすいのは、小林鷹之氏と高市早苗氏がタカ派に区分できそうなことである。政策の表現には、強いインパクトがあるグループだ。高市氏は、防衛費であっても、国債発行で賄えばよいと発言する。成長のために増税はNoとする。財政より成長重視だ。

もう1つのグループは、小泉進次郎氏と河野太郎氏と石破茂氏の3人だ。小泉氏は「決着」を旗印に掲げ、河野氏は「改革」を強調する。この3氏は、高市氏とは異なり、財政規律を重視する姿勢を感じる。そうした旗色を鮮明にする点では、インパクトはある。

それに対し、上川陽子氏と加藤勝信氏、林芳正氏は、広い分野について聞かれたとき、安定感のある回答をする。経験と知識が豊富で、攻めよりも守りに強い。そうした安定感を長所にして、同じグルーピングができそうだ。あまり鮮明ではないが、財政規律を重視する傾向もある。

一方、茂木敏光氏は、経験と知識が豊富な点で、このグループに近いが、財政規律に関する見解は異なるようだ。出馬のときに「増税ゼロ」を強く打ち出した。金融政策に関しては、日銀に利上げを求めるなど、必ずしもリフレ的ではないところもある。これは、自民党内で反増税の人がいることを意識したアピールだと理解できる。強いて言えば、第4のグループだ。

今後の政権の軸はシフト

上記の4つの区分でみた場合、総裁選で攻める側は、小泉・河野・石波氏のグループだろう。改革志向の姿勢は、岸田政権からの刷新を求める世論とも合致する。実際、世論調査をすると、小泉氏と石波氏は、その多くで上位に来る。

彼らのうち誰かが次期政権を担えば、改革色が強まるだろう。小泉氏は、雇用規制の見直し、ライドシェアの完全実施を強調する。財政規律を守り、規制緩和を軸にした変革を前面に押し出しそうだ。河野氏もそれに似ている。デジタル化が持論であり、規制改革に熱心だ。積極的な労働市場改革にも言及する。

実は、こうした傾向は岸田政権の前の菅政権とオーバーラップする(図表2)。菅政権では、規制改革推進会議を軸にして各種の規制見直しを進めたことが思い出される。石破氏も、その菅義偉前首相から遠い関係ではなく、規制緩和には前向きだ。そう考えると、この3名のうち誰かが首相になると、財政規律の感覚が緩かった岸田政権よりも、次期政権はバランスの取れた経済政策運営にシフトするだろう。

(図表2)過去3代の主要経済政策
(図表2)過去3代の主要経済政策

筆者の印象では、9名の候補者がお互いに政策論を戦わせる姿をみて、かつてアベノミクスが主流だった時代とは政策の軸がすでに変わってきたなと感じさせる。以前は、財政拡張と金融緩和をもっと前面に出した政治家が多かった。現在は、物価が上昇し、拡張一辺倒の考え方は少数派に変わっている。

賃上げ促進は加速するか?

多くの候補者が、議論する場が増えてきて、賃上げや所得増加にも言及するようになってきた。これは、岸田政権の良い面を承継する意味で好感が持てる。

加藤氏は、所得倍増を掲げる。その中身は必ずしも明確ではないが、最低賃金や労働力の正規化、同一労働同一賃金などを挙げている。これは、小泉氏や河野氏の雇用改革にも通じるが、今までの労働市場のあり方を見直して、積極的に労働移動を促さなくては生産性も上がらず、所得拡大も望みにくいという考え方だ。所得増が分配だけでなく、働き方と密接に絡んでいるという認識は正しい。

また、賃上げが進むには、より地方や中小企業の成長力強化が必要という認識もあるようだ。石破氏は地方を重視する。東京一極集中を是正して、企業が地方進出すれば、地方景気にプラスにもなる。

一方、労働市場を改革するだけでは労働生産性の向上には限界があることも確かだ。産業の国際競争力が低下した部分を挽回して、強い企業を作ることが、中長期的に所得を増やすことになる。茂木氏は、そうした発想を重視する。宇宙分野の開発、半導体政策などを先端技術分野を重視するのは、小林氏、茂木氏、高市氏に共通する点である。茂木氏は、TPP交渉で名を上げた経験もあるので、自由貿易拡大をもっと唱えてほしい。

賃上げを言うのであれば、単なるお題目としての賃上げではなく、どうすれば中長期的に所得拡大が導けるのかを労働市場改革や国際競争力向上のところまで深く考えていくことが好ましい。米大統領選挙の時に言われるのは、選挙戦で戦ううちに候補者が段々と賢くなっていくという効果だ。そうした意味でも、今回の総裁選の議論が将来の政策展開を深掘りする効果にも期待したい。

金利正常化

金融市場の関係者では、今回の総裁選で誰が総裁になれば、日銀の利上げがより進みそうなのかが関心事になっている。残念ながら、その答えは明確ではない。

7月の追加利上げを前に、茂木氏と河野氏は、日銀に利上げを促すような発言をした。筆者はそれだけでは金融政策の見解は判断できないと思う。確かに、河野氏が日銀の利上げには最も賛意を抱いている印象はある。とはいえ、他の候補者の意見はわからない。石破氏や林氏、加藤氏も日銀の独立性を重視する立場であろうから、利上げにNoを言わないだろう。

今回、物価対策は国民が最も関心を持つテーマだが、候補者の中に、「日銀が利上げをして、もっと為替レートを円高にすれば物価は下がる」という人はいない。また、積極的に日銀の独立性を重視して、景気と物価のバランスを取ればよいということを言う人も見当たらない。おそらく、その理由は、すでに日銀はそうした姿勢を採っているからだ。正直、あまり政治からの注文はないということなのだろう。多くの候補者にとって、金融政策はあまり重視されていないのが実情だ。今回の総裁選での発言録だけでは、金融政策の見方を判別するのは不可能だと思える。

敢えて類推解釈をすれば、過去、財政規律を重視する人は、日銀の独立性する傾向はある。逆に、高市氏、茂木氏、小林氏が日銀の政策を抑制する主張をするかと言えば、そう判断する材料はないと思う。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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