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2024.08.08
アジア経済
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フィリピン景気は頭打ちも、利下げのハードルが高まる困難な局面
~内外需ともに鈍化、ペソ安後退も食料インフレの顕在化で中銀は慎重な政策運営を維持か~
西濵 徹
- 要旨
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- フィリピンでは一昨年の大統領選でマルコス氏とサラ氏が蜜月を演じて勝利を収めた。しかし、政権発足直前から双方が主導権争いを強めるなど確執が懸念されたほか、マルコス政権の政策運営を巡ってドゥテルテ前大統領が反発を強め、サラ氏もこの動きに同調する動きがみられる。ただし、ドゥテルテ氏の反発は自身の面子を巡る問題とみられ、マルコス氏も改憲を通じて大統領任期の延長を模索しており、対立に国民が付き合わされるのは不幸である。とはいえ、当面は政局を巡る混乱が続くことは避けられそうにない。
- 経済面では内・外需双方に不透明要因を抱えるが、4-6月の実質GDP成長率は前年比+6.3%と伸びが加速したが、これは前年に減速した反動が大きい。前期比年率ベースでは+1.97%とプラス成長が続くも頭打ちの動きを強めている。物価高と金利高の共存長期化が幅広く内需の重石となり、世界経済の頭打ちを受けて外需も減速するなど、内・外需ともに鈍化している。分野ごとの生産も幅広く低迷している上、異常気象による農林漁業関連の生産低迷は供給懸念による物価上昇を招くことが懸念される状況にある。
- このところの中銀は先行きの利下げに言及するなどハト派姿勢を強める一方、米ドル高に伴うペソ安が懸念要因となる展開が続いた。しかし、足下では米ドル高の一服でペソ相場は底打ちに転じるなど利下げのハードルは低下している。他方、食料インフレの高まりを受けてインフレは加速の動きを強めており、先行きも生活必需品の物価上昇が懸念される状況が見込まれる。中銀は当面慎重な政策運営を志向せざるを得ず、物価高と金利高の共存が続くなかで当面の景気はトレンドを下回る推移が続く可能性が高まっている。
フィリピンでは、一昨年の大統領選において故マルコス大統領の長男であるフェルディナンド・マルコス・ジュニア氏が大統領候補に、ドゥテルテ前大統領の長女であるサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏が副大統領候補としてタッグを組み、依然として国民の間に残るマルコス人気とドゥテルテ人気の相乗効果を狙う形で圧勝を果たしてマルコス政権が発足した(注1)。大統領選においてマルコス氏とサラ氏は共闘による『蜜月』を演出する動きをみせたものの、政権発足を前に双方が主導権争いを演じる動きをみせるなど一転して『確執』が懸念される兆しが顕在化したほか、そうした動きはマルコス氏の支持者を中心に憲法改正に向けた動きが活発化したことで激化の様相を強めてきた(注2)。改憲論議を巡っては、マルコス氏は元々規制緩和を通じた対内直接投資の拡大による経済成長の押し上げを目指す考えをみせるも、その後は議会内のマルコス派議員を中心に改憲手続きの簡素化や国民発議を求める動きを活発化させたため、議会内でも議会の形骸化や歯止めが掛からない形での改憲議論の進展を警戒する向きがみられた。その上、マルコス氏が「新フィリピン」と称する政治運動を立ち上げて改憲を推進した上で、政治家(大統領や上下院議員、地方首長など)の任期を巡る既定の改正に言及するなど、現行憲法において1期6年までとされている大統領任期の撤廃を目指す可能性を示唆する動きをみせた。さらに、マルコス政権下では中国との南シナ海を巡る問題のほか、麻薬対策を巡ってもドゥテルテ前政権時代の政策からの大転換が図られたことを受けてドゥテルテ氏がマルコス氏に対する反発を強める動きをみせたため、サラ氏もドゥテルテ氏に同調する形でマルコス氏と距離を置く姿勢をみせた。6月にサラ氏は副大統領職と兼務した教育相を辞任するとともに、来年に予定される中間選挙(議会上院選)にドゥテルテ氏、サラ氏の兄(パオロ下院議員)、弟(セバスチャン氏)の3人が出馬する意向を明らかにし、再選を目指すマルコス派議員との全面対決の様相を呈する可能性が高まっている。そして、サラ氏は7日にマルコス政権による災害対応や医療制度、治安対策などを公然と批判する声明を発表するとともに、「クリーンな政府を実現して国の発展をもたらす思いやりのある人々がフィリピンを率いるべきだが、現状は宣誓した義務に不誠実な人々の手中にあり、将来を心配せざるを得ない」と述べるなどマルコス氏を批判する動きをみせている。ただし、ドゥテルテ前政権下では南シナ海問題を事実上棚上げすることで中国との関係深化を図る動きをみせたものの、実態としては中国が人工島や軍事施設を建設するなど地域情勢の不安定化を招く一因になってきたと捉えられる。さらに、ドゥテルテ前政権下による『麻薬戦争』を巡っては、超法規的殺人が常態化したことで国際刑事裁判所(ICC)がドゥテルテ氏に対する捜査に動いた経緯があり、ドゥテルテ氏が反発を強めている背景にはマルコス氏がICCによる捜査を容認するとの見方があるとされる。こうした状況を勘案すれば、ドゥテルテ氏とマルコス氏の間の反発の動きはドゥテルテ氏の『面子』を巡る問題と捉えられるほか、そうした些末な問題をきっかけにした政争に国民が付き合わされるのは御免被りたいのが実情であろう。他方、マルコス氏が目指す改憲の方向性にも問題があるとみられるなか、当面はマルコス家とドゥテルテ家による全面闘争の動きがフィリピン政界の行方を左右する展開となることは避けられそうにない。
なお、政治的に色々と問題を有する一方、経済構造面では家計消費をはじめとする内需依存度が比較的高いなか、ここ数年は物価高と金利高の共存に加え、世界経済が勢いを失うなかで移民送金も頭打ちの動きを強めるなど内需を取り巻く環境に不透明要因が山積している。さらに、ASEAN内では輸出依存度も比較的高く、外需に占める中国依存度も高いなど、このところの中国経済を巡る不透明感の高まりは外需の足かせとなるなど、内・外需双方に景気の重石となる材料がくすぶる。こうした状況ながら、4-6月の実質GDP成長率は前年同期比+6.3%と前期(同+5.8%)から加速して3四半期ぶりに6%を上回る伸びとなるなど、足下の景気は堅調さを維持しているようにみえる。ただし、前期比年率ベースの成長率は+1.97%と4四半期連続のプラス成長で推移するなど景気底入れの動きが続いているものの、前期(同+4.46%)から一段と伸びは鈍化するなど頭打ちの動きを強めており、前年比の伸びが加速した背景には前年同時期の成長率がマイナスに陥った反動が大きく影響していることに留意する必要がある。昨年後半以降のインフレは中銀目標の域内で推移するなど一見落ち着きを取り戻す動きをみせる一方、GDPの1割に相当する移民送金は勢いを欠く推移が続くとともに、金利高の長期化による累積効果も重なり家計消費は2四半期連続で減少するなど力強さを欠く推移をみせている。さらに、金利高が長期化するなかで企業部門による設備投資意欲は弱含みする展開が続いているほか、前期においては年度初めの予算進捗の動きを反映して公的部門による投資が上振れする動きがみられたものの、足下においてはそうした動きに一服感が出て固定資本投資全体の伸びも大きく鈍化している。そして、最大の輸出相手である中国経済を巡る不透明感に加え、コロナ禍以降の世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国景気の勢いにも陰りが出ていることを反映して輸出も下振れするなど、内・外需ともに力強さに乏しい動きをみせている。ただし、民間部門を中心とする内需低迷を反映して輸入は輸出を上回るペースで減少しており、それに伴い純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+1.42ptと前期(▲10.38pt)から2四半期ぶりのプラスに転じており、足下の景気はみため以上に内容も厳しくなっていると捉えられる。業種別の生産動向を巡っても、鉱業部門で生産拡大の動きがみられるものの、内・外需の低迷を受けて製造業の生産は弱含む動きをみせるとともに、家計消費の弱さを反映して幅広くサービス部門の生産は力強さを欠くほか、異常気象の頻発を受けて農林漁業関連の生産は下振れしており、幅広い分野で生産が低迷している様子がうかがえる。


国際金融市場においては、昨年後半以降のインフレが中銀目標の域内で推移してきたことに加え、中銀のレモロナ総裁がこのところは先行きの利下げを示唆するなど『ハト派』姿勢に転じる動きをみせてきたほか(注3)、6月の定例会合においても最短で8月の定例会合での利下げに言及したことも重なり(注4)、利下げに動くとの見方が強まっている。なお、レモロナ総裁は度々先行きの利下げを示唆する動きをみせる一方、国際金融市場では長らく米FRB(連邦準備制度理事会)による引き締め姿勢の長期化が意識されるなかで米ドル高圧力が強まるとともに、中銀が金融緩和に前のめりの姿勢をみせたことも相俟って通貨ペソ相場が調整の動きを強めるなど輸入インフレ圧力が強まることが警戒されるとともに、利下げのハードルになることが懸念されてきた。しかし、先月末以降は一転して米FRBによる利下げが意識されるとともに、米ドル高の動きが後退していることでペソ相場は底打ちに転じており、中銀にとっては利下げのハードルは低下しているようにみえる。他方、上述のように昨年後半以降のインフレは中銀目標の域内で推移する動きをみせてきたものの、直近7月のインフレ率は前年同月比+4.4%と前期(同+3.7%)から加速するとともに、8ヶ月ぶりに中銀目標(2~4%)の上限を上回る伸びとなるなどインフレが再燃する動きが確認されている。中銀は先行きの利下げ可能性に言及した理由に、関税引き下げによるコメ価格の引き下げに繋がる大統領令と行政命令を挙げたものの、足下では確かにコメの価格に下押し圧力が掛かる動きがみられるも、異常気象による農業生産の低迷に伴う供給減を反映して幅広く農作物の価格が上振れする動きが確認されているほか、エネルギー価格も上昇の動きを強めるなど生活必需品で物価上昇の動きが鮮明になっている。さらに、今年はラニーニャ現象の発生が予想されており、東南アジアにおいてはコメの生育に悪影響が出ることが懸念されるなか、各国は食料安全保障の観点から食料の囲い込みの動きを活発化させており(注5)、主食のコメを輸入に依存するフィリピンにとっては、ペソ安の一服や関税引き下げなどにより価格上昇を抑えられることは期待されるものの、それ以上に価格が上昇すればその影響は免れない。その意味では、中銀が景気に配慮する観点から過度にハト派姿勢を強めればペソ相場に影響を与えることも予想されるなか、当面は慎重な政策運営を志向せざるを得なくなっており、当面の景気は長期的なトレンドを下回る推移が続く可能性が高まっていると判断できる。


注1 2022年5月10日付レポート「フィリピン正副大統領選、マルコス=サラ陣営の圧勝で終幕」
注2 1月29日付レポート「フィリピンを二分する懸念が高まっている憲法改正問題とは」
注3 6月21日付レポート「フィリピンペソ安が映す「不自然な」中銀のハト派化と政治対立への懸念」
注4 6月28日付レポート「フィリピン中銀、8月次回会合での利下げに言及、ペソ相場はどうなる」
注5 5月21日付レポート「「熱波」が招くアジアの食料インフレ、「食料安全保障」の動きも影響」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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