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トランプ政策の「もしも」が日本経済に与える影響

~景気・物価・税負担の視座~

熊野 英生

要旨

トランプ狙撃以降、彼の優勢によって、2025年1月以降のトランプ候補の大統領就任が現実味を帯びている。それが日本経済に与える影響を、①貿易政策、②インフレ再燃、③防衛費問題の3つの論点で考えてみた。

目次

「もしも」がますます現実味

トランプ優勢で、日本経済はどうなるのだろうか。トランプ狙撃事件以降、前にも増してトランプ候補が次期大統領に選ばれることが現実味を帯びてきている。株式・為替市場では、その現実味に反応して新たな変化が生じ始めている。私たちは「トランプラリーの再現だ」などと楽天的には喜べない状況だと思う。

トランプ政策は、7月15日に共和党の党大会が開かれて、政策綱領が改めて明らかになったことでイメージしやすくなった。本稿では、それを念頭に置いて、今後のトランプ政策が日本経済に与える影響を考えてみたい。まず、論点は次の3つに絞られる。①貿易政策の保護主義化、②インフレ誘発的な経済政策、③防衛費負担の増加、である。

貿易政策の保護主義化

共和党は、一律関税の導入を掲げている。まさしく保護主義である。トランプ候補自身は、全世界からの輸入に一律10%の関税率をかけることを主張している。その目的は、米国の貿易赤字の削減である。しかし、こうした保護貿易は、日本を含めて対米輸出を押し下げ、日本経済にマイナス効果を及ぼす。1期目のトランプ政権が発足後即座にTPP脱退を表明したことが思い出される。その後、日本はTPPの連携を米国以外に広げて行ったが、米国抜きのTPPは期待されていたほどの効果がなくなってしまった。

今回、この問題とコインの裏表になるのは、対中国の強硬姿勢である。バイデン政権以上にあからさまになるだろう。例えば共和党は、EV推進を停止させ、自国の自動車産業を保護しようと考えている。これは、中国の特定メーカーを狙い撃ちにするものである。この政策によって、中国のEV車は供給過剰になるだろう。そうすると、中国は、米国向けの輸出先を日本を含めたアジアなどにシフトさせる可能性がある。米国以外の自動車市場では、日本の自動車メーカーにとって、中国製EVはますます脅威になる。

すでに、太陽光パネルや通信機器の分野では、中国が供給過剰分を輸出ドライブするような格好になっている。太陽光パネルのような分野では、価格競争が激化して、採算がとれなくなったため、すでに日本メーカーは市場から撤退している。中国製品が米国から締め出されることは、米国以外の市場に中国製品が流入する圧力を生み出し、世界市場に供給過剰の傾向を生み出す。

また、トランプ候補は、海外企業に対して輸出(米国側は輸入)よりも現地工場の建設を望む。例えば、日本の自動車メーカーは、さらに対米輸出を現地生産に切り替えていくだろう。これは、輸出を減らすから潜在的円安圧力になる。日本からみると、円安メリットを低下させるという理解もできる。

考え方によっては、米国経済が高成長すれば、所得効果が働き、日本経済を潤すという理解もできる。しかし、日本からの輸出拡大がトランプ候補から敵視されると、そうした所得効果は低下する。また、そこでは間接効果も働く。対中強硬姿勢で最も不利益を被るのは、中国であるからだ。中国経済がさらに悪化していくと、負の所得効果が日本経済に働く。トランプ候補の制裁強化は、もう一段の中国経済の悪化を引き起こしかねない。すると、中国との経済関係が密接なASEANなどのアジア諸国の景気悪化へと波及するので、それが日本からアジア向け輸出を押し下げるだろう。以上のようなルートで、日本経済にはマイナスが大きいとみられる。

インフレ誘発型の政策

共和党は、インフレを終わらせて手頃な価格を実現すると主張するが、実際はその逆になりそうだ。基本的に保護主義は、消費者に割高なコストを我慢させる政策だ。反経済学的な政策だと言える。

移民を排斥すれば、割安な人件費で飲食店従業員や工場労働者を企業が雇うことができなくなるのは明らかだ。関税率の引き上げは、輸入コストを押し上げて、消費者に負担を強いることになる。エネルギー産業への規制撤廃がコストを押し下げるという主張も、結局は化石燃料消費を促して、原油価格などを押し上げるから怪しい考え方だ。

筆者は、再生可能エネルギーへのシフトにブレーキを踏み、それが地球温暖化を助長することが怖い。すでに、地球温暖化の外部不経済(干ばつ、水害など)によって穀物生産が打撃を受けて、食料価格上昇に跳ね返っていると考えている。その悪影響がさらにひどくなる。1期目の直前の2016年から、すでに8年も経っているのに、地球環境問題への考え方に大きな変化がないというのは驚きだ。

また、米国外交が各地の紛争に関与しなくなることも心配だ。地政学リスクがさらに火を噴き、やはり資源供給に影響を与えて、価格高騰につながりやすいのではあるまいか。以上のように、ざっと主要政策を概観しただけで、いくつものインフレの火種を発見できる。様々な意味において「あべこべ政策」に思える。

無論、拡張的な米国の財政運営が、インフレ圧力になるという側面も無視できない。米国が世界のインフレの火種をつくると、日本によっても輸入コストの増大になっていく。米国のインフレ持続は、FRBが利下げを開始しても、早晩、それほど利下げができない経済環境を生む。米長期金利が高止まりするから、少し長い目でみてドル高・円安の要因なのである。日本の円安傾向は、日本の物価上昇圧力になっていくだろう。

防衛費負担の増加

トランプ候補の持論は、同盟国に相応の負担を求めるというものだ。これは、すでにバイデン大統領の下でも進んでいる。2023年に決まった防衛増税は、2023~2027年度の日本の政府予算に対して43兆円の防衛費の増額を前提に進められたものだ。2023年度6.8兆円の防衛費は、2024年度7.9兆円、そして2027年度は11兆円と倍近くに膨らむ。それがさらに上振れすることになろう。そうなると、すでに決まっている財源捻出の計画は、歳出抑制をぎりぎりのところまで進めているから、追加増税に踏み切らざるを得なくなる。もう糊代は乏しいと思える。今のところ自然増収で防衛増税の開始を切り抜けられても、いずれ何らかの増税を迫られる。だから、防衛費の膨張を避けて、増税リスクを回避してほしい。社会保障のための増税には仕方ないと思えても、米国からの要求に押されて増税というのはちょっと納得しにくい。わが国の政権には、日本外交の底力を発揮して、自国だけ第一主義に物申してほしい。

日本の財政拡張は、せっかく打ち出した2025年度の基礎的財政収支の黒字化を怪しくする。岸田首相がどこまでその公約を諦めずに行けるかが問われる。

達観してみれば、トランプ候補の防衛負担を同盟国に求める方針は、日本だけでなく、西欧などの同盟国の政権基盤を揺るがすものだ。権威主義的な国々の軍事的な脅威がトランプ政権の1期目よりも高まっているのに、同盟国の負担増を求めて、各国の国々の政権の求心力を低下させると、同盟関係にはマイナスになるだろう。西欧諸国は、ここ数年の物価上昇等で与党政権の求心力が落ちて、政権交代する国も少なくない。各国におけるウクライナ支援に消極的な政治勢力は、同盟国への負担増を推進すれば、ますます批判を強めることは明らかである。まだ日本ではそうした機運は乏しいが、同盟関係を維持するために増税をする図式が強まると、日本であっても米国との関係に反発する国民が出てくるだろう。そうした流れになるのは本当に望ましくない。それが外交面では最も悪い影響だと筆者は考える。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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