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ブラジル・ルラ政権の歳出削減策はレアル相場の流れを変えるか

~財政政策の機動性低下により金融政策への圧力が強まる懸念、中銀の独立性を巡る動きに要注意~

西濵 徹

要旨
  • このところのブラジル金融市場では、ルラ政権による財政、及び金融政策に対する不透明感を理由に通貨レアル相場や主要株価指数は調整の動きを強めるなど資金流出に直面してきた。こうしたなか、ルラ政権の経済チームを率いるアダジ財務相は財政枠組の遵守を目的とする歳出削減に動く方針を示し、ルラ大統領もこれを承認したことでレアル相場は底打ちしている。アダジ財務相は259億レアル規模の歳出削減や前倒しの可能性に言及する一方、10月の統一地方選前にルラ大統領がそうした姿勢を堅持するかは見通しにくい。他方、財政運営面での機動性が低下するなかで中銀に対する圧力が強まる可能性も考えられる。よって、歳出削減策でレアル相場の不透明感が払しょくされたと判断するのは些か早計と捉えられる。

このところのブラジル金融市場においては、通貨レアル相場が調整の動きを強めるとともに、主要株価指数も頭打ちの動きを強めるなど資金流出圧力に直面する展開が続いてきた。この背景には、他の新興国と同様に米国におけるインフレの粘着度の高さを理由に米FRB(連邦準備制度理事会)が引き締め政策を長期化させるとの見方を反映した折からの米ドル高が影響している面がある。そうした状況に加え、同国においては中銀が先月の定例会合においてレアル安の影響を警戒して利下げサイクルを停止させたものの、この決定に対してルラ大統領は反発する動きをみせている(注1)。ルラ大統領を巡っては、大統領就任直後から早期の景気回復を目指して中銀に度々利下げを要求するとともに、今年末に任期満了を迎えるカンポス=ネト総裁の後任人事をちらつかせて圧力を掛けるなど、中銀の独立性を脅かしかねない動きをみせてきたことがある。さらに、ルラ政権は閣僚級人事である国営石油公社(ペトロブラス)のCEO(最高経営責任者)人事に介入する動きをみせており、原油をはじめとする国際商品市況の頭打ちが株価の重石となってきたなかで業績への悪影響が懸念されることも株価の足かせとなったと捉えられる(注2)。そして、ルラ政権は拡張的な財政運営を志向する動きをみせており、ここ数年はコロナ禍後の景気回復も追い風に公的債務残高のGDP比は頭打ちしてきたものの、昨年以降は再び上昇に転じるなど財政状況が悪化する動きがみられる。このように金融、財政政策の両面で不透明感が高まっていることがこのところのレアル安の動きを加速させる一因となるなか、中銀のカンポス=ネト総裁はこうした金融市場を取り巻く状況に苛立ちを隠さないなど難しい対応を迫られてきた(注3)。こうしたなか、アダジ財務相を中心とするルラ政権の経済チームは財政枠組の遵守を目的とする歳出削減案を策定するとともに、ルラ大統領がこの案を承認して金融市場が抱く財政運営に対する懸念に対応する考えをみせており、調整の動きを強めてきたレアル相場は底打ちしている。具体的には、来年度の財政枠組の遵守を目的に総額259億レアル(GDP比0.2%)規模の歳出削減に動くとしており、福祉手当の不正受給撲滅に向けた調査強化のほか、計画済の歳出についても財政状況に応じて中止する可能性にも言及するとともに、一部の措置については今年内にも前倒しで実施するとしている。他方、同国においては10月に統一地方選挙が予定されているが、アダジ財務相は統一地方選前にも歳出削減に取り組む考えをみせているものの、ルラ大統領がこうした方針を堅持することができるかは見通しが立たない。さらに、財政政策にタガが嵌められることにより機動性の低下が避けられなくなるなか、金融政策に対する圧力がこれまで以上に強まることで中銀の独立性が毀損されることも予想され、そうした懸念がレアル相場の足かせとなる可能性はくすぶる。よって、今回の歳出削減策を以って財政政策に対する懸念が払拭されたと判断するのは些か早計と捉えられるほか、頭打ちの動きをみせてきたレアル相場の流れが変化し得るか否かは中銀の独立性など他の要因に留意する必要があろう。

図 1 公的債務残高の推移
図 1 公的債務残高の推移

図 2 レアル相場(対ドル)の推移
図 2 レアル相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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