総選挙を前に強含む南アランドは「実力」を反映した動きなのか

~米ドル高一服を超える材料は乏しく、総選挙の結果如何では状況が一変する可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 南アフリカでは今月29日に総選挙が予定されるなど選挙戦は佳境を迎えている。1994年の民主化以降はANCが与党の座を維持するが、政治とカネを巡る問題や同党内の派閥争い、長期に亘る景気低迷を受けて同党の支持率は低下に歯止めが掛からない状況が続く。こうした状況ながら、足下の通貨ランド相場は米ドル高の一服も影響して底入れしている。しかし、インフレの粘着度の高さがうかがえるほか、実体経済を巡る状況の好転も見出しにくい。さらに、総選挙では与党ANCの獲得議席数が半数を下回る可能性が高く、他党との連立協議が難航する事態も予想される。総選挙後のランド相場の動きに注意する必要がある。

南アフリカでは今月29日に議会下院(国民議会)の総選挙の実施が予定されており、残り1週間を切るなど選挙戦は佳境を迎えている(注1)。同国政界においては、1994年の民主化以降一貫してANC(アフリカ民族会議)が政権与党の座を維持してきたものの、このところの国政選挙や統一地方選挙では同党の得票率が低下傾向を強めるなど退潮が鮮明になっている。こうした動きの背景には、同党内に蔓延る『政治とカネ』を巡る疑惑に加え、その後も派閥争いが激化するなかで同党支持者の間からも『うんざり感』にも似た声が出ていること、長期に亘るANC政権の下で経済が一向に好転せず社会経済格差が改善しないことへの不満が高まっていることも影響している。なお、2021年に実施された統一地方選挙においては、民主化以降に実施された選挙で初めてANCの得票率が50%を下回る事態となったほか、その後に実施された世論調査においてもANCの支持率は50%を下回る推移が続いている。同党を率いるラマポーザ大統領にとっては党勢の立て直しが急務となってきたにも拘らず、ここ数年の同国経済はコロナ禍に加え、慢性的な電力不足による計画停電、インフレなどが足かせとなるなかで景気回復に向けた道筋を付けられない状況が続いている。直近の世論調査ではANCの支持率が下げ止まるとともに、底打ちする兆しがみられるものの、依然として50%を下回る推移が続いており、総選挙でANCの獲得議席数が半数を下回る可能性が高まっている。こうした状況ながら、足下の国際金融市場では同国の通貨ランド相場は底入れの動きを強めており、年明け以降における『米ドル一強』とも呼ばれた環境の変化が影響している可能性がある。さらに、足下のインフレ率は中銀目標(3~6%)の域内で推移しているものの、中東情勢を巡る混乱を受けた国際原油価格の底入れはエネルギー価格の上昇を招くなど生活必需品を中心とする物価上昇が続いており、中銀はインフレ率を目標域の中央値(4.5%)に抑えることを目指すなかで難しい舵取りを迫られている(注2)。ランド相場の底入れの動きはインフレ抑制に資する可能性はあるが、その動きは外部環境に大きく依存していること、電力不足やインフラの機能不全がコスト上昇圧力を招く状況が変わらないことを勘案すれば、不透明要因が山積していることに変わりはない。さらに、総選挙において仮にANCの獲得議席数が半数を下回れば、政権維持に向けていずれかの党との連立協議を行う必要があるが、現状においては見通しが立ちにくい。なお、世論調査では最大野党のDA(民主同盟)がANCに次ぐ支持を集めており、主要政党のなかで唯一白人が率いる政党という特徴に加えて、白人が唯一多数派を占める西ケープ州での経済政策の実績を元に白人を中心に支持固めを図っている。しかし、国民の8割を黒人が占め、黒人の間には白人が率いる政党に対する反発が根強いなかで連立相手となり得るかは不透明である。他方、前回の総選挙において躍進を遂げた左派のEFF(経済的解放の闘士)はマルクス・レーニン主義や反資本主義を党是に掲げる一方、前回総選挙では白人の土地の強制収容など極めてポピュリズム色の強い過激な主張を展開して若年層や貧困層を中心に支持を集めたが、仮にこうした政党が与党入りすれば同国に対する信認低下などを招くリスクがある。また、ANCの前議長で前大統領のズマ氏が昨年末に設立した新党のMK(民族の槍)を巡っては、汚職疑惑で逮捕され、その後に法廷侮辱罪で有罪判決を受けるも依然としてズマ氏の人気が高いことに加え、国民の4分の1を占めるズールー民族主義を掲げて支持を集めるなど『台風の目』となると見込まれた。しかし、憲法裁判所が禁錮刑を理由に総選挙へのズマ氏の出馬資格がないとの判断を下したことで党勢に影響が出ることも予想されるなど、ANCの獲得議席数の行方によって政局を巡る動きが大きく揺れ動く可能性も出ている。その意味では、足下のランド相場の底入れの動きが米ドル高一服を上回る材料によって促されているとは考えにくく、総選挙の結果を経て状況が一変する可能性に留意する必要がある。

図 1 ランド相場(対ドル)の推移
図 1 ランド相場(対ドル)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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