インドネシア中銀、通貨防衛の必要性後退で再び様子見に転じる

~インフレ、資金流入動向、ルピア相場を引き続き警戒、外部環境が政策のカギを握る展開は続く~

西濵 徹

要旨
  • 昨年後半以降のインドネシアではインフレが中銀目標の域内で推移している。ここ数年は商品高や米ドル高、コロナ禍一巡による景気回復も重なりインフレが昂進し、中銀は物価と為替の安定を目的に断続利上げを実施した。商品高や米ドルの一巡を受けて昨年のインフレは頭打ちに転じたが、足下では生活必需品を中心に物価上昇圧力が強まっている。さらに、国際金融市場では米ドル高が再燃してルピア安が加速したため、中銀は4月に通貨防衛を目的とする利上げを迫られた。しかし、その後は米ドル高の動きが一服して通貨防衛の必要性は後退しており、中銀は22日の定例会合で2会合ぶりの金利据え置きを決定した。中銀のペリー総裁は会合後の記者会見で先行きの政策運営は「データ次第」と述べる一方、今回の金利据え置きが通貨防衛の必要性後退によるものであることを暗に認めている。先行きも米FRBの動きなど外部環境がカギを握ることは避けられず、自立的に政策運営を行うハードルは高い展開が続くと予想される。

昨年後半以降のインドネシアでは、インフレ率が中銀の定めるインフレ目標の範囲内で推移している。ここ数年は商品高や国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ルピア安による輸入インフレ、コロナ禍一巡による景気回復の動きも重なりインフレが加速して一時7年ぶりの高水準に達し、中銀は物価と為替の安定を目的とする断続利上げを迫られた。なお、一昨年以降の商品高や米ドル高の一巡を受けて昨年のインフレは頭打ちの動きを強めるとともに、中銀目標の域内で推移するなど一見すると落ち着きを取り戻しているようにみえる。今年1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+5.11%と前期(同+5.04%)から加速しており、インフレ鈍化を受けた実質購買力の押し上げの動きを追い風に家計消費を押し上げるなどに内需をけん引役にした景気底入れの動きが確認されている(注1)。ただし、昨年以降のアジア新興国においては異常気象による食料インフレの動きが顕在化しているほか、年明け以降も熱波が頻発しており、同国においても1-3月のGDPでは農林漁業関連の生産が大きく下振れするなど供給懸念を理由とする食料品価格の一段の上昇が懸念されている(注2)。さらに、昨年後半以降の中東地域の緊張感の高まりを受けた国際原油価格の底入れの動きはエネルギー価格の上昇を招いており、生活必需品を中心に物価上昇圧力が強まるなど幅広く国民生活に影響を与えることが懸念される。こうしたなか、年明け以降の国際金融市場では米国におけるインフレの粘着度の高さがあらためて確認されるとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)による政策運営に対する見方が変化したことに加え、中東情勢を巡る混乱の懸念も重なる形で米ドル高が再燃して幅広く新興国通貨に調整圧力が強まる動きがみられた。同国においては2月の大統領選で勝利したプラボウォ次期政権による財政運営に対する不透明さに加え、ルピア安を受けて中銀はスポット市場、ルピア建ノンデリバラブル・フォワード市場、債券市場の3市場での『トリプル介入』を実施しているが、その原資である外貨準備高は国際金融市場の動揺への耐性に充分とされる水準をわずかに下回ると試算されるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが懸念される状況にある(注3)。結果、ルピアの対ドル相場は中銀が昨年10月に通貨防衛を目的とする利上げに動いた際を下回る水準となり、輸入インフレへの警戒感が強まったことで中銀は先月の定例会合で6会合ぶりの利上げに動くなど、再び通貨防衛に舵を切った(注4)。しかし、その後の国際金融市場では米ドル高の動きに一服感が出ており、足下のルピア相場も先月の利上げ実施直前の水準まで底入れするなど落ち着きを取り戻しつつある。よって、中銀は22日の定例会合において政策金利である7日物リバースレポ金利を2会合ぶりに6.25%に据え置く決定を行っている。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「インフレ、資金流入動向、ルピア相場の安定化に向けた取り組みに資するもの」との考えを示している。その上で、外部環境について「米国経済が力強さを維持するなかで国際金融市場を巡る不透明感は高い」としつつ、「米国のインフレ動向は米FRBによる今年末の利下げの可能性を高めている」との認識を示す。また、同国経済について「世界経済を巡る不確実性にも拘らず堅調」とした上で「今年の経済成長率は+4.7~5.5%になる」ほか、「先行きは資本流入の回帰を追い風に対外収支の改善が見込まれる」として「今年の経常赤字のGDP比は▲0.9~▲0.1%になる」といずれも従来見通しを据え置いている。また、ルピア相場についても「中銀の政策対応や外部環境の変化により強含んでいる」、「先行きは同国資産の収益性向上を追い風に一段の強含みが期待される」とした上で、「インフレ率は目標域で推移する」との見通しを示している。会合後の記者会見に臨んだ同行のペリー総裁は、ルピア相場について「日々の動きを受けて混乱すべきではない」とした上で「今後は安定から強含みすることが期待される」との見通しを示した。そして、「先行きの政策金利はデータ次第」としつつ「先月の利上げは米FRBが年内に利下げに動かない可能性による影響の低減を図ったもの」とした上で、「毎月動向を見直しており、足下の状況は先月に比べて良い」と述べるなど通貨防衛の必要性が後退していることを暗に認めている。なお、国際金融市場における米ドル高の動きに一服感が出ていることを反映して足下のルピア相場は底打ちしているものの、4月のルピア安に際して外貨準備高は大幅に減少しており、国際通貨基金(IMF)が国際金融市場の動揺に対する耐性の有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」を下回ると試算されるなど厳しい状況に直面している。今月に入って以降のルピア相場の底入れの動きは外貨準備高の積み上がりを促しているとみられるが、状況が劇的に改善しているとは見通しにくい。よって、先行きのルピア相場や金融政策は米FRBの動向など外部環境がカギを握ることは避けられず、引き続き自立的な政策運営を行うハードルは高い展開が続くであろう。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ルピア相場(対ドル)の推移
図 2 ルピア相場(対ドル)の推移

図 3 外貨準備高と ARA(適正水準評価)の推移
図 3 外貨準備高と ARA(適正水準評価)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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